第12話 アーサーが私を雇った理由は…
今日は珍しい催しがあった。
王宮の中で演劇団が演劇を行うというのだ。
とはいっても、娯楽作品としての演劇を行う訳ではない。ベルリッツの歴史を演劇仕立てで学ぶという、どちらかといえば社会学習に近いようなものだ。
王宮の古参の人間ならば既に広く知られている事であっても、新しく仕える者にとっては未知の事かもしれない。そのため、定期的にこういった催しをして、知識を共有するようにしているのだ。
新参者というのはまさに私にも当てはまる事で、私もお願いして演劇の客として会場に入った。
「……ふう」
演劇は見事なものだった。勉強という意識を持って見に来たのだけれど、舞台に使われている音楽も演者の演技も素晴らしくて、ただただ見入ってしまった。私は力いっぱい手を叩いて舞台上の演者に称賛を示す。
村で家族と一緒に過ごしている時も生活に満足はしていたけれど、こういう文化的な催しは王宮に来なければ経験出来なかっただろう。村の近くにある街は然程大きいものではなく、こういった娯楽施設は無かったからだ。
家族が今も健在だったら、皆をこういう場所に連れて行く事も出来たのだろうか……。
村に竜が攻めてきた時の事を思い返して、私の心はずきりと痛む。家族は家の下敷きになって、遺体が悪い状態になっているからと最期の姿を見る事も出来なくて……。
――やめよう。
自分自身を苦しめるような考えに溺れていても仕方がない。今の私は私に出来る事をしよう。
私の今、やるべき事……。
私は、猫だ。
猫として、アーサーを癒やすのだ。
…………。
改めて考えると、これは中々難しい注文である。
アーサーと部屋で二人きりになれるのならいいのだ。そうしたらアーサーは私の髪を撫でたり、エア猫を幻視したりして、私が特別な事をしなくとも勝手に癒やされてくれるから。
だが、アーサーと二人でいられる時間というのは存外少ないのだ。
アーサーは公務で王宮の外に行っている機会も多く、私室に戻ってくるのが夜遅くという事も多い。
時にこういう場所でアーサーと一緒になる事もあるが、私は基本的に隅っこにいるようにしている。
それに比べ、アーサーは責任ある立場だから、色々な人と話し込む事が多い。
基本的に、私室以外の場所でアーサーと話込める事は少ないのだ。
だから、猫として私が仕事をする時間はごく短い。
まあ、一般的な飼い猫だって飼い主と接する時間は一日の比率でいえば短いのだろうから、私が殊更珍しい訳では無いのだろうけど……。
私の立場の場合、色々と考えてしまう事があるのだ。
本物の猫ならば、誰もいない間は眠っていたり遊んでいればいい。
私もアーサーが用事でいない場合は、部屋で待機したりうたた寝したり本を読んだりしている訳だけど……。
有り体にいって、暇――なのだ。
寝て起きて、ちょっと本を読んだりして、ちょっと運動して、また寝る。
休日ならばまだしも、こんな生活をずっと続けていていいのかという恐怖心が心のどこかに常にある。前世でもアルバイトに精をだして、今世でも家の手伝いをしていたからだろう。
あと、シンプルに太りそうだし……。
アーサーは肉付きが良くなったミーシャも可愛いとか言い出しそうだが、それは私を猫と重ね合わせているからであって、人間としては無闇に太らない方がいいと思う。そもそも、猫も病気の事を考えると、肥満になるのは避けた方がいいのであって……
「――ミーシャ」
「あ。殿下、お疲れ様です!」
ぐるぐる考えているうちに、アーサーが私のもとに来た。
今は周りの目もあるからか、私達二人で部屋にいる時のような挙動不審な様子は見られない。
ベルリッツの王宮は王家とその従者だけが住む場所ではなく、一部の貴族達も共に住んでいる。彼らも演劇を観に来ていて、相応に着飾っている。結果として舞台だけでなく観客席も華やかな彩りを見せていた。
そして、アーサーはその中でも目を惹く美しさを放っている。
演劇鑑賞に相応しい服に身を通し、柔和な笑顔を浮かべているその様子は、主演として舞台上に立っていてもおかしくなかった。
アーサーは私を見つめ、小声で聞く。
「君はこういう催しは初めてだったな。満足してくれたかい?」
「ええ!以前住んでいた場所ではこういうものを観た事が無かったものですから。……学習のための演劇という事ですが、純粋な舞台作品として本当に感動しました!」
「ふふ、それは良かった。ミーシャには王宮を居心地の良い場所だと思って欲しいからな。今月以降も同じような催しがあるから、その時は……」
「殿下!」
私達に遠くから声をかける者がいる。ハイネさんだ。
「これから演者と記念の撮影があります。また、殿下と歓談したいという人も見えています。こちらへ来ていただけますか」
「……ああ、わかった。……ミーシャ、すまない。俺はこれから諸々の用事がある。先に戻ってくれ」
「は、はい。わかりました」
私は頷いて一歩下がる。アーサーは演者や貴族達のもとへと歩いていった。アーサー様、殿下――、と、アーサーを賑やかに出迎える声がする。
そんなアーサーを見て、周りの人間たちがひそひそと囁く。
「殿下は災厄討伐もあるのにこういった催しにも出て、精の出ることですわね」
「陛下とご兄弟が政治で手を離せない事が多いから、それを埋めるようになるべく出席するようにしているんですって」
「それなら、日常で色々な方に会うのでしょうね。……例えば、懇意な方を見つける事は無いのかしら?」
「代々王家はそういった事には気をつけているそうよ。王家の人間に特別に目をかけられていると知られたら、良くも悪くもその貴族に周りの目が集中する。その貴族に取り入ったり、反対に妬んだりするものが出るかもしれない。だから、心から気に入った人間でも無ければ、交際を申し込む事も少ないんだそうよ」
「まあ……。並大抵の人間では彼の心は射止められないというわけね……」
――知っている者の噂話を聞くというのは、いつの日も落ち着かないものだ。
でも、これでアーサーが私以外に猫役を探さない理由がなんとなくわかった気がする。
立場ある人間が特別に誰かを探すと、自動的にその誰かが注目の的になるのだ。貴族間のパワーバランスを崩さない為に、あえて探さないようにしているのだろう。私は平民出身だから、勢力争いのライバルにはなり得ないから問題ない――そういう事だろう。
アーサーの噂を聞いて、私はどこか居心地が悪くなって、目を泳がせつつも演劇の会場を後にする事にした。
演劇を見るのにもドレスコードが必要ということで、私は観賞用の衣装に着替えていた。衣装部屋で普段着に着替え、私は再び外に出る。
……これからどうしようかな。
アーサーもじきに部屋に戻ると考えると、私もこれからアーサーの部屋に行くか。それとも……。
――そんな事を考えながら廊下を歩いているうちに、私は鈴を転がすような声に呼び止められる。
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