第二章 私、猫として暮らします

第9話 王宮暮らしのはじまり

アーサーのカウンセリングをする事になったとはいえ、アーサーの私室にそのまま泊まる訳にはいかない。

私はアーサーに案内してもらって、私用の部屋を宛ててもらう事になった。



「ここだ」

「わあ……」



部屋は、もともとの私の家の私室よりも広々としていた。二倍……いや、四倍は面積があるだろう。あまり物を置かないようにされているようだが、ベッドや調度品は質のいい物が使われている事が見受けられる。前世でいうところのホテルの部屋のようだ。それも私が絶対泊まる事が出来ないようなランクの高い場所の。

私は部屋の中とアーサーの顔をちらちらと見ながら確認した。



「……で、殿下。私などがこんなに綺麗な場所で過ごしてもいいのでしょうか……」

「無論だ。君は俺が招いた客人なのだから。……何か気になるところでもあるのか?」

「い、いえ!部屋自体は素晴らしい場所なのですが、私の今までの暮らしからすると落ち着かないといいますか……」

「む……では、そうだな……少し待ってくれ。こちらに」

「……?」



アーサーは私を連れて、近くの部屋へと案内した。こちらは先程入った場所よりも小さく、実家の部屋に近い感じがする。調度品の質が比べ物にならないから、やはり家というよりはホテルのような非日常の場所に見えるのだけど。

アーサーはこちらをちらりと見つめて言う。


「ここは今は誰も入っていない空き部屋だ。こちらはどうだろうか?」

「あ、はい。どちらも素敵な部屋ですけれど、私としてはこちらの方が落ち着いて過ごせそうです。こちらの方が実家の私室に近いので……」

「わかった。では、こちらはミーシャの第二の部屋としよう」

「第二?」

「先程の広い方の部屋とこちらの部屋、どちらも使って欲しい」

「えっ!?……ど、どちらもですか!?」


これでは、私の要望で負担を増やしてしまったかのようだ。私が遠慮しようとすると、アーサーは首を振って私に微笑む。


「良い住環境は良い仕事へと繋がる。君がきちんと働いてくれるための投資――といったら納得してくれるだろうか。個人的には君にはしっかりした設備の場所で過ごして欲しいものだが……まあ、部屋とは落ち着いて過ごせるのが一番だからな。好きに使ってくれ」

「……そうですね。仕事、仕事で必要なら仕方がないですね。……わかりました!では二部屋とも使わせていただきます!」

「ふふ、思えばミーコもそうだった。豪華な広いベッドを届けた時も、プレゼントのベッドには目もくれず、自分の使い慣れている古びたベッドの方を愛用していたものだ。ミーシャもそうというのは不思議ではない……」



……アーサーは何やら感じ入っているようだ。私は曖昧な笑顔を見せながら頭の中で考える。

幼い頃のアーサーはミーコの事を大切に思っていた。けれど離れ離れになってしまった。話しを聞いた限りでは、彼らが再び会うのは難しいのだろう。

飼い猫の寿命は平均十五年だと聞いた。そして、アーサーとミーコが離れ離れになってから十年以上経っている。アーサーに猫の呪いが無かったとしても、再会は恐らく難しいのだ。

だから、仮初の猫であっても、アーサーを満足させられるのならば喜ばしい事だ。そう思って取り組むようにしよう……。



「――では、俺はそろそろ私室に戻る。ミーシャ。慣れない事は色々あるだろうが、どうか脱走しようとは思わないで欲しい」

「し、しませんよ……」

「それなら良かった。あと、夜の運動会も騒音になってしまうかもしれないから、自重してくれるとうれしい」

「はい」

「……あ。だが、もしも一人で寝る事が寂しいのならばいつでも俺に言ってくれ。飛んできて一緒に眠ろう」

「い、いえ、殿下。流石にそれは……」

「ミーシャ。無体な事はしないと約束する。俺は飼い主であり君は飼い猫だ。その道から外れるような事はしないと誓おう。だから……」

「で、ですが、他の人はそうは見ないですよね……?」



独り身の男性が夜遅くに独り身の女性の部屋に入って出てこなかったら、私でもそういう関係なのだろうと見なすようになるだろう。しかも、王宮という場所で王子という立場の人間がやったらその重みは段違いである。

アーサーは私の疑問に、肩を竦めて呟いた。


「……そうだな。カウンセリングという仕事の事を説明しても、流石に昼も夜もずっとにいるとなると怪しまれるかもしれない。致し方ない。寝室は別の場所にしようか」

「そうしましょう」

「……でも、可能な限りは一緒にいたいものだな。俺の部屋に今後の予定を書いている。急に予定が変更される事もあるが、スケジュールに添って進めるよう努力している。俺が部屋にいるときは君も部屋にいるようにしてくれると嬉しい」

「なるほど……わかりました」

「ああ、だが、君が無理して部屋に居続ける事はないからな。むしろ猫というものは自由できままで色々な場所に行って、思わぬ場所にいて、何を思ってそんな場所に!?という所に収まっているという事もままある事で、むしろそういうところも魅力だと俺は認識している。……ああ、擬似的にでも猫と一緒に生活するというのが俺の悲願だったんだ。今世で叶うなんて、フフフ……。おやすみ」

「お、おやすみなさい……」



夜なのにテンションが高まっている様子のアーサーを見送って、私は深々とため息をついた。

……一応やる事は決まったとはいえ、これからどうなるんだろう?

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