第8話 アーサーはちょっと怖い

「……殿下。それで、猫役というのは具体的にどんな事をすればいいのでしょうか。……生活の全てで猫のように振る舞うとか、ですか?」

「いや、そこまではする必要はない。やってほしい事は、ただひとつ。ミーシャは俺の飼い猫――そんな意識を持って欲しい」

「は。……殿下の、飼い猫……」

「飼い猫だから王宮の中に住んでほしい。時には俺の部屋にいてほしい。一日に一回は触れ合って、髪を触らせて欲しい。他の事は……まあ、君の生活をあまり縛ってもストレスになるだろうから、おいおい決めておこう。ただし、これだけはやめてほしいという事がある。ミーシャ――他の人間の飼い猫にはならないでほしい」

「それは心配しなくてもならないと思います」



思わず突っ込んでしまった。

飼っている猫が脱走して、他の家の子になる――みたいな事態を心配しているのだろうか。私は先程感じた疑問をアーサーに確認する。



「……殿下。私の事、本当に猫のように思っているのですか?あの、それはあくまで設定というか、想像上の事で……」

「大丈夫だ!それはわかっている。わかっているが……。すまない、君に会えた奇跡が喜ばしくて、君と猫がオーバーラップして見えるんだ……。俺には見える……滑らかな紅茶色の毛をした猫が……」

「で、殿下。私と一緒にいる事で殿下がおかしくなったと思われたらことです。やはり猫の話は辞退させてもらって……」

「――ミーシャ!大丈夫だ。現実と想像の区別はきちんとついている!……こほん。だが……、君と二人でいる時くらいは、俺の思いの丈を語らせて欲しい。俺の魔力の事情を知っている者は、王宮でもごく少数だからな……」

「そ、そうなのですか……」

「ああ。父上に兄上といった血を分けた家族の他は、共に戦う軍部の一部と、ハイネ……それくらいだな」



アーサーの言葉を聞いて、私は彼の境遇に思いを馳せた。

災厄討伐の主力とされているアーサー。

助けた人間には英雄と崇められるアーサー。

ベルリッツの王家は自らを神に連なるものとして神格化する事で人々からの尊敬を保っている。

そんな国としての立場を保つ為には、アーサーの弱みとなるような事を話せる人間はそうそういないのだろう。


それを聞いて、私はなんとも言えない寂しい気持ちになった。

私は今まで周りの人間には恵まれていた。生活費やらなんやらの心配をする事はあっても、私と同じように努力をして支え合う家族がいたから、辛さを感じる事は無かった。

アーサーはどうだったんだろう――と考えると、私の胸は痛んだ。

それを振り切るように、私はアーサーに提案する。



「……わかりました。私の前では全力で猫可愛がりしてくれて構いません!私は、貴方の猫になります!」

「――本当か!ありがとう……本当にありがとう……では早速!」

「んむっ」


アーサーががばりと抱きしめてきて、そして私の髪をすっと撫でる。先程も撫でてきたけど、今度は先程よりも力を込めている感じがする。今までは手加減していたのだろう。


「お、おお……」


私の髪を撫でるやいなや、アーサーが歓喜の笑みを零した。そんな彼の周りにきらきらと光が溢れている。これは魔力が上昇している事を示す現象だ。


私に触れることで、アーサーが物凄く喜んでくれている……。

本当に効果があるんだ……。

成果があって嬉しい……というより、ちょっと怖い。

私は懸命に笑顔を作り、そそそとアーサーから距離を取った。



「……む。ミーシャ、今の触れ方はまずかったか……?」

「い、いえ!そんな事は無いです。無いですけど……ちょっと私の方の心の準備が出来ていなくてですね……。で、でも、猫役になると決めた以上、離れるのはまずかったですかね……?」

「いや、そんな事はない!むしろ、自分の思うがままに距離を取ったり噛みついてくるのが猫というものだ。一日一回は触れ合いたいものだが――それ以降は、君の思うがままにしてくれていい」

「そ、そうですか……」

「ああ。――やはり、俺の目は間違っていなかった。ミーシャ。願いを聞き入れてくれて本当にありがとう!」

「はは……ははは……」



――こうして、私はアーサーの猫として生きていく事になった。

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