第40話 感謝の品


「何か、感謝の品を贈りたいな」


 仕事に一区切りついて、気分転換に廊下を歩くエリクがぽつりと呟く。

 言葉の通りだった。


 ここ最近、生活環境も体調も仕事の効率も目に見えて良くなってきている。


 全て、ヒストリカのおかげだ。


 感謝の言葉は毎日伝えているつもりではいるが、言葉だけでは返しきれないほどヒストリカには助けられている。


 言葉だけじゃなく、日頃の感謝を込めた贈り物という形で何かを送りたいとエリクは考えていた。


「しかし急に渡すのもな……ちょっと勇気がいるし……うーん……」

「誕生日プレゼントを、渡せばいいんですか?」

「そうか、誕生日プレゼント。その手があっ……」


 不意に鼓膜を叩いた第三者の声に驚き、ばっと振り向く。


「ソフィか……」

「こんにちは、エリク様」


 恭しく、ソフィはお辞儀をした。


 ソフィとは先週の夜に言葉を交わして以降も、顔を合わせるたびにちょくちょく会話している。

 ヒストリカとは真逆の属性だが、ソフィは使用人として非常に優秀でかつ、誰とでもすぐに仲良くなれる特性の持ち主だろうと、エリクは認識している。


「しかし誕生日か。確かに、そのタイミングで渡すのはなんの問題もないね」

「そうでしょう、そうでしょう」


 うんうんと、満足げに頷くソフィが衝撃的な事を言う。


「ちなみにヒストリカ様のお誕生日は、三日後です」

「三日後!?」


 あまりに喫緊過ぎてぎょっとしてしまった。


「ヒストリカは、そんな事一言も……」

「興味ないんでしょうね、誕生日に」

「それはまた、珍しいな……」

「誕生日に良い思い出が無かったら、そうなるんでしょうね」

「……と、言うと?」


 エリクが尋ねると、ソフィはどこか寂しげに目を伏せて言った。


「ヒストリカ様、今まで誕生日をろくに祝われた事がないので……」


 その言葉を聞いて、思い出す。

 

 ──あの人たちは……そもそも私の料理なんて、興味ないですし。


 いつだったか、ヒストリカはそう言った。


 その言葉と、先ほどのソフィの発言を鑑みるに、ヒストリカは親との関係がよろしくないように思えた。


 婚約を申し入れる前に入手した範囲では、ヒストリカと親の間に確執があるという情報はなかった。

 だが上級貴族を目指している家となると、なるべくネガティブな情報を表に出さないようにするのは当然の事と言える。


 ……そもそも、親からたっぷりの愛情を受けて育ったなら、今のヒストリカのような人格にはならないのでは、という考えに行き着いた。


 あの、周囲に対して常に緊張感を張り詰めている感じというか、根本的な部分では誰も信用してなさそうな雰囲気というか……。


 また、ヒストリカの言葉が浮かぶ。


 ──子供の頃から、両親に書庫の本を全て読むように言われて読んでいたのですが……。


 頭の回転が速いエリクは、今までの情報を纏めて一つの仮説に考えついた。


 陞爵か何かのために、子供の頃から厳しく勉学を叩き込まれ、親からの愛情らしい愛情を受けてこなかった、という仮説に……。


(似たもの同士、か……)


 もしそうだとすると、自分にも通ずるところがあって胸の辺りがぴりりと痛んだ。


「私としても、ヒストリカ様の誕生日をちゃんと祝ってあげたいのです」


 いつもの明るい調子はなりを顰め、真面目な表情でソフィが言う。


 お付きとしてではなく、良き友人としても祝ってあげたい。

 そんな空気を感じ取った。


 エリクの答えが出るのに、時間はかからなかった。


「うん、やろうか、誕生日会」


 どのみち何かお礼をしたいとは思っていたのだ。

 エリクの言葉に、ソフィは表情を綻ばせて。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……」


 深々と、心の底からの感謝を体現するように頭を下げた。

 

「しかし、誕生日か……」

 

 まだ一緒に住み始めて二週間くらいしか経っていないのもあり、ヒストリカの好みがわからない。

 そもそも女性にプレゼントを贈った経験に乏しいエリクは、ヒストリカは何を贈れば喜ぶのか見当もつかなかった。

 

「何はともあれ、あと三日となるとオーダーメイドのドレスや特注の宝石は間に合わないか……盛大にパーティをするには、今から人を集めるのは難しいし……いや、そもそも人を集める事自体微妙か、うーん……」

「そんな大金をかけたものじゃなくても良いと思いますよ。ヒストリカ様も、ギラギラしたものは趣味じゃないので」


 そう言うソフィに、エリクはちらりと目を向ける。


「もしかして、ヒストリカの好みや嗜好を把握していたりする?」

「ヒストリカ様のお付きになって、もう三年は経つので」


 得意げに言うソフィが救世主に見えてきた。

 わからない事は人の手を頼る事を方針としているエリクは、ソフィに力強い言葉を投げかける。


「協力、してくれないか?」

「はい、なんなりと!」


 満開の花が咲いたような笑顔を浮かべて、ソフィは大きく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る