第25話 昼食
ヒストリカの提案によって、昼食は外で摂る事になった。
「ずっと家の中にいたら気分が参ってしまいますからね。気分転換が大事です」
とのこと。
本日の天気は清々しいほどの快晴。
心地よく暖かい空気に混じって、庭園に咲き誇る花の香りがほのかに漂ってくる。
使用人のコリンヌの案内でやってきたのは、提案にある屋根付きのカフェスペース。
ガゼボという小さな白い建造物で、庭園を眺めながらランチやお茶を楽しめる場所とのこと。
「もっとも、エリク様が当主なので使われることは滅多にございませんが」
とコリンヌが言っていたあたり、宝の持ち腐れと化しているようだった。
「おお、凄い……」
四人ほど座れる丸テーブルの上。
大皿に盛られた色とりどりのサンドウィッチを前に、エリクが感嘆の言葉を口にする。
「もしかして、これもヒストリカが?」
「午前中、特にやる事もなかったので調理場をお借りしました。もちろん、シェフの方にも手伝って貰いましたが、具材の考案は私ですね」
「なるほど……なんか、悪いね」
「お気になさらず。暇でしたので」
すまし顔でそう言うヒストリカだったが、もちろんこれも『旦那様の健康を改善しよう計画』の一環である。
エリクにストレッチを伝授した後、気分転換も兼ねて昼食は外で食べて貰おうとヒストリカは思いついた。
いそいそと調理場へ赴き、栄養がバランスよく摂れてすぐに作れてかつ、外でも食べやすいものは何かと考えた結果──実家にいた頃、勉強をしながらよく食べていたサンドウィッチに決定した次第である。
「午後の仕事に差し支えないよう油分の多い具材は控えていますが、栄養のバランスは考えて作っています。お好きなものからどうぞ」
「本当に、何から何までありがとう……じゃあ、いただきます」
まずはオーソドックスに、卵サンドから齧り付くエリク。
「うん、美味しい」
「良かったです」
表情は変わらないが、ヒストリカは小さく安堵の息をついた。
「使ってるソースは何だい? 初めての味だ」
「オリーブ油と卵黄、それからレモン汁を混ぜたソースです。これを潰した茹で卵と混ぜると、美味しくなるんですよ」
「へええ、その調味料の組み合わせでこんな味が……」
感動すら覚えているような表情で、エリクは深く頷いた。
あっという間に一つ目を平らげたエリク。
卵サンドはもう一つあったが、胃の容量には限りがあるので他の味を楽しもうと二つの目サンドウィッチを手に取る。
「これは……」
「アボガドとチーズのサンドウィッチです」
「うん、美味しい。アボガドの甘みと、チーズの酸味の組み合わせが良いね」
これもペロリだった。
次のサンドウィッチに手が伸びる。
「これは……」
「チキンとトマト、オムレツのサンドウィッチです」
「これも美味しい。ガッツリだけどくどくなくて、マスタードとよく合うね」
言うまでもなくぺろり。
次の……。
「これは……言われなくてもわかるよ、うん」
「たっぷりキャベツとハムのサンドウィッチです」
ヒストリカが言うと、エリクは「ゔっ……」と不協和音みたいな声を漏らす。
「緑は……あんまり……」
「ダメです。野菜も食べないと、栄養が偏ります」
「うう……それはわかってる、けど……」
「騙されたと思って一口食べてみてください。大丈夫です、ちゃんと美味しいので」
エリクは逡巡していたが、せっかく作ってくれたのに食べないわけにはいけない。
やがて意を決して、緑たっぷりのサンドウィッチに被りついた。
目をぎゅっと瞑ってシャクシャク。
しかし、すぐに驚いたように両目を開いて呟く。
「あれ、美味しい……なんか、さっぱりしてて癖になるというか……」
「キャベツはそのままだと味が淡白なので、塩で揉んだあとにごま油や酢で味付けをしています。ハムもしっかりと味がついているので、キャベツと合って美味しいかと」
「凄いっ……これなら食べられるよ……」
「何よりです」
エリクの感激したような声に、ヒストリカは先ほどよりも大きく安堵の息をつく。
同時に、胸のあたりにポッと温かい何かが宿った。
(この感覚……なんでしたっけ……)
勉強もピカイチに出来て、知識も膨大になるヒストリカだったが、こと自分の感情に関しては幼児並みの解像度しか持たない。
自分の作ったサンドウィッチを「美味しい、美味しい」と夢中で食べてくれるエリクを見て、胸から込み上げてきた感情の正体をヒストリカはまだ言語化する事が出来なかった。
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