第14話 不眠の原因

「一緒に寝ますよ、エリク様」

「待て待て待て待て」


 大きな枕を脇に挟んで言い放つヒストリカに、エリクは掌を差し出して言った。


 何か? と言わんばかりに首を傾げるヒストリカに、エリクは尋ねる。


「一旦確認させて欲しいんだけど、一緒に寝るって……誰と誰が?」

「私と、エリク様がです」

「何故?」

「それが、エリク様を就寝へと誘う最善手だと考えたからです」


 やっぱり訳がわからないと言わんばかりの表情をするエリク。

 そこでヒストリカはハッとした。


「申し訳ございません。説明が抜けておりました。」

「急に積極的になるから、びっくりしたよ」


 苦笑するエリクに、ヒストリカが続ける。


「私の知識と照らせ合わせると、今のエリク様おそらく『自律神経失調症』という病気にかかっているのかと」

「ジリツシンケ……なんだって?」

「自律神経失調症です。隣国で発見された病気ですね」


 そう言って、ヒストリカは言葉を続ける。


「まず前提として、人間には二つの大きな線が通っています」

「二つの、大きな線?」

「はい」


 指を一本立てて、ヒストリカは説明する。


「一つは交感神経と呼ばれる線。興奮した時……走ったり、仕事に追われていたりと、何かしらストレスがかかった時に機能する線です。心拍数が上がったり、汗をかいたりするのは、その線が活発になっているからです」


 もう一本指を立てて、ヒストリカは続ける。


「もう一つは副交感神経と呼ばれる線。交感神経とは逆に、寝ている時やお風呂に入っている時など、身体を休めている時に機能する線です」

「それは……初めて聞く単語だね。人間の身体にそんな線が入っているなんて、聞いた事がない」

「その線は目に見えないくらい細いらしいので、私も本の知識でしか知りません。この国ではまだ、神経の概念が広まっていないため、私の話は荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが……」

「信じるよ」


 ヒストリカの目をまっすぐ見て、エリクは言う。


「何せヒストリカは、僕が貧血で倒れた時もその豊富な知識で処置を施し、すぐさま回復させてくれた。それに、君がくだらない嘘をつくような人間じゃない事はわかってる。だから、信じる」

「……ありがとうございます」


 今まで、自分を肯定される機会に乏しかったヒストリカから、自然と感謝の言葉が漏れてしまう。


「それに、いい加減僕もこの不眠症にはうんざりしていたんだ。色々な医者に診てもらって、薬を貰ったりしたけど、治らなかった。だから、少しでも回復の糸口が欲しいんだ」


 それで?

 と、エリクが続きを目で促す。


「えっと、本来であれば夜になると自動的に副交感神経が優位になって、身体がリラックスしていき眠る事が出来るはずなのです。しかし、エリク様の場合は交感神経の方、つまり興奮作用がある方の線が常に活発なままなので、不眠になったのだと推測します」

「つまり……」


 しばし黙考してから、エリクは言葉を口にする。


「ずっと仕事に追われて常にストレスを受けていたせいで、交感神経とやらがずっと興奮状態のままになって、副交感神経への切り替えがうまくいかなった、という解釈で合ってるかな?」

「流石、理解が早くて助かります」


 感心したように頷いた後、ヒストリカはジト目で言う。


「あとは、興奮作用を高めるエネルゲン・ドリンクの飲み過ぎも原因かと」

「うっ……」


 エリクが居心地悪そうに目を逸らす。

 ヒストリカは小さく息をついた。

 

「飲み過ぎたら毒になる典型例ですね」


 エリクが言うと、ヒストリカは微かに目を丸める。


「纏めると、エリク様は自律神経失調症の典型症状を引き起こしております。交感神経を抑えて副交感神経を優位にさせないと、どんどん身体がボロボロになって、それで……」


 微かに目を伏せて、ヒストリカは言った。


「最悪の場合、死に至ると考えられます」


 エリクが息を呑んだ。

 ただでさえ血色の悪い顔から、さーっと血の気が引いていく。


「…………僕は、どうすればいい?」


 震える声で尋ねると。


「ご安心を。この病気は治らないものではありません。ようするに、交感神経が優位になっている今の状態を、副交感神経優位にすれば良いだけです」

「つまり……休めと? でも、寝ようとしても全然寝れないから、どうしようもないんじゃ」

「そこなんですよね。なので、少し荒療治にはなりますが」


 そう言って、ヒストリカはスタスタとエリクのベッドに歩み寄る。

 それからエリクの枕の隣に自分の枕を置いてから、ベッドの脇に腰掛けた。


 そして、ぽんぽんと自分の横のスペースを叩く。


 ここに座って。

 というジェスチャーだと察して、エリクもベッドに腰掛けると……。


「失礼します」

「なっ……」


 ぎゅ……と、ヒストリカがエリクの背中に両腕を回してきた。

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