第5話 回収作業 part2
あの日のことを忘れることはないだろう。
20年前のあの日のことを。
その日、『魔都』が溢れた。
夏なのに晴れ間の無い、いやにどんよりとした重い空気の日。
それなのに気温と湿度だけはしっかりと高くて、べったりとした汗が出て、肌に服が張り付いて。
何の前触れもなく、それは起こった。
子どもだった自分でも、すぐにわかる違和感。
風景が、どろりと溶けた。
子どもが遊びで絵具を無理やり混ぜ合わせたように、目の前のビルと空とコンクリートと上り棒が、ぐにゃりとゆがむ。
自分の目がおかしくなったのかと思って、何度も目をこすった。
でも、それは止まることはなく、どんどん広がって、そして
溶けた隙間から、グロテスクな色をした鉄なのか岩なのかわからないその外側が、じわじわと現れた。
訳も分からずに泣きながら走った。
それだけは覚えている。
後から聞かされたが、自分は魔都が現れてから一週間後に救出された。
どこで、どうやって生きていたのか。
何も、覚えていない。
そして、今、自分はそうやって逃げ出した魔都に再び居る。
「よし…長野さーん!一応、ノルマ分は見つかりましたぁ!」
「そうか、じゃあそろそろ戻る準備するぞ」
そういうと長野さんはまるで準備してたかのようにテキパキと合金を回収用の箱に詰めていく。
「さすがに三年いると手際が違いますね」
「…真壁、お前もさっさと作業してくれ。いつまでもこんなところに居たくないだろ?」
「はーい…」
長野さんのいうことも、もっともだ。
言われたとおりに合金を詰める。
といってもただ箱に入れるだけではなく、傷がつかないように保護パッドをあてて、その上から特殊な密閉シートで全面を覆い、ラベルを貼ってから箱に入れる。
単純ではあるが、これがなかなか時間がかかる。
「あれ、そういえば残りの三人はどうしたんですか?」
「高山にはちょっと見張りを頼んでる。事前情報の通りだが、どうにも薄気味悪い気がしてな。風間と中島は、気になるものがあるといってそっちを探しに行った」
「あら、もしかして新区画狙いですか?新しいとこ見つけるとボーナスでますもんね」
少し、沈黙が続く。
そして、長野さんがゆっくりと口を開く。
「…出るのがボーナスならいいんだがな」
「やめてくださいよ、縁起でもない」
そういいながら合金を密閉する。
まるで、何かが起こってしまうようじゃないか。
何か、含みを持たせたような言い方じゃないか。
今回は、日帰りで終わるうえに、化け物もいない、簡単で割りのいい仕事。
そのはずでしょう?
どことなく、自分の中に湧き出したいやな想像をしまい込むように。
あの日の、あの魔都のように溶けだしてきそうな恐怖とともに。
合金を回収箱に詰め込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます