第2話 日常と異常
念仏が聞こえる。
「なんで…なんで二人ともあんな無茶なことしたんだよぉ!」
若い男の泣き声が聞こえる。
恐らくは友人だったのだろう。
『二人で金作って、結婚資金にするんです。親がちょっと認めてくれそうにないから…ふたりだけで、ね』
確かそんなことを言っていた。
受付に香典を渡す。
受付は、香典袋の厚さに少し驚いているようだ。
この光景も何度目だろうか。
「あ、あの…お名前は…」
「…すいません。書けないんです。これの関係で」
そういいながら俺は一枚の身分証を見せる。
そして、受付はハッとして
「あ、申し訳ございません。それではこちらは無記名にさせていただきますね」
「えぇ、お願いします。」
焼香はせずに、軽く手を合わせて斎場を後にする。
「こんな世の中になったのに、未だに神に祈るし、仏に手は合わせるし、冠婚葬祭やら、学校やら職場やらは無くならないってのは、人間のしぶとさを感じるよなぁ?」
玄関口から出たところで、聞きなじんだ、掠れた声がした。
「お前がこういう場に顔を出すのは珍しいな、木島」
「まぁ、俺が斡旋したからな。家族に一発殴られるくらいはしとこうかなと」
そういいながら木島は深々と刻まれた顔の古傷を掻く。
現職は公共機関の『探索斡旋屋』。かつては政府直轄の『探索部隊』に居た。
それがこの男がうそぶく過去だった。
「殴られるとしたら、おそらく友人だな。さっき棺の前で大声で泣いていた」
「あらら…若いよな?…加減してくれなさそうだなぁ…」
そういいながら木島は煙草に火をつける。
「…斎場に入るのに煙草ふかすのかお前」
「ん?あぁ、まぁ殴られて口切れる前に味わっておこうかなぁってさ」
へらへらと軽薄そうにしながら、木島はゆっくりと煙草を吸う。
「…しかし、本当に人間はしぶといと思うよ俺は」
「今更どうした?そのしぶとさを飯のタネにしてる立場で」
「ハハッ…言うねぇ…まぁ、『魔都』が急に湧き出して、インフラやらなんやら滅茶苦茶になって、ここだけじゃなくて世界中に『魔都』が溢れて、世界は終わりだぁなんて一時期は言ってたのに、今じゃ技術を発展させるための金脈とも呼ばれてる」
「…現場からするとずいぶんとのんきな意見だな」
「だよなぁ、でもなんだかんだ人間は図太く、まだなんもわかってない『魔都』を抱えながら、日常を生きてる」
そういいながら木島は空を見上げる。
「薄皮一枚でも隔ててしまえば、人間は日々を続けることができてしまう…なにが異常で、何が正常なんだか、わかんなくなってくるよな」
そう言う木島の目は、鈍色のどんよりとした空をそのまま見つめていた。
何故今思い出したのだろう。
恐らくは、感傷なのかもしれない。
だが、浸っている時間は無い。
防護装備に、ガスマスク、ヘルメット
今回の仕事にあわせた、恐らくできうる限りの準備。
今日も、仕事だ。
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