Apex Area ~魔都へ挑む冒険者たち~

久吉 龍

第1話 魔都と冒険者

この世界に総てを解決してくれる都合の良い英雄様はいない。


かつてガキの頃、テレビゲームに居た『ゆうしゃ様』は、存在しない。

その代わりに


テレビゲームに居たような、怪物は存在する。


「走れぇええ!!」


誰かが叫ぶ。

言葉に反応して数名が走り出す。

蜘蛛の子を散らすように散り散りに。



「バカ、おい走れ!」

「え…あ」


同行していた中でも年若い女が、仲良くしていた男に引っ張られてようやく走りだした。

だが、怪物はそんなのろまな獲物を逃がさない。

無造作に腕が振り下ろされ、男女は悲鳴も上げずに動かなくなった。

魔都からもたらされたものと、現代科学を組み合わせた技術によって、人の形はとどめている。


とどめているだけである。


「う、うわあああああ」


悲鳴を上げて腰を抜かす者

何も言えず、立ち竦む者


それらを見つけ次第怪物は子どもが虫で残酷に遊ぶように獲物を蹂躙する。


何度も見た。

彼らのことを甘いだとか、半端な覚悟でここに来たからだとか、そんなことは思わない。

ただただ、間が悪かっただけだ。


「かく乱する。怪物の方を絶対に見るな。生きてる奴は全力で身を隠せ」


俺は、同行者たちに配られていた通信機に聞こえるように淡々と告げ、特殊弾頭をランチャーに詰めて、岩壁から身を乗り出してすぐに引き金を引く。

弾頭はひゅるるると放物線を描いて怪物の目の前に落ちる。


閃光が走り、爆発音が響き、煙幕が噴きあがり、辺りを埋め尽くす。


逃げている同行者も、自分も、怪物も覆う煙幕は、長い時間滞留する。

怪物はうめき声をあげながら、その暴力をところかまわずに振り回す。

地響きが何度も起こる。


その間に俺は走る。

あの男女が持っていたものを回収する。そのためにひた走る。

たしか右肩に背負っていたはずだ。位置を頭の中で反芻する。

すぐそばで怪物が暴れている。


わかっている。

おそらく素の俺の能力では、回収している間に怪物につぶされるだろう。

わかっていた。

この瞬間は嫌いだ。何度やっても気分が本当に悪くなる。

走りながら、俺は心臓の位置に装着していた、叩きつけると起動する注射器のようなものに拳を振り下ろす。

すぐに薬液が注入される。


瞬間的に景色がゆがむ。

気持ち悪い。

自分の体が自分のものでなくなる感覚。

こんな世の中になるまでは一回も味わうことのない得も言われぬ気持の悪さ。


それとは別に身体は加速する。

さっきまでとは段違いのスピードが、一歩一歩踏み出すたびに出る。


恐らくこんな速度で効果を発揮し、こんな効果を体に及ぼすこの薬液は、劇薬なのだろう。

だが、こういったものに頼らなければ生き抜くことさえ難しい。

ここはそういう場所なのだ。

薬液で加速した思考でそんな無駄なことを思いながら、ひったくるように荷物を回収して、すぐに踵を返してまた全速力で走る。


息も切らさずに、俺は走り続ける。

同行者たちはどうなっただろうか。

わからないが、構ってもいられない。


すぐ後ろには死が存在するのだ。



これが、冒険者と呼ばれる今の世の中の一攫千金を狙う者たちの日常。

華麗で果敢で雄大な英雄たちは存在しない。

仲間の死骸を残し、怪物の脅威をかわし、この魔都に存在する糧になりそうなモノを漁る。


それが、魔都へ挑む冒険者の日常だ。





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