第68話 再戦
クラス対抗決闘。
それは5VS5で行われる対戦であった。
場所は学園内の森林。体育の授業や試験などで使われる会場だ。
決闘の承認としてシノ・フォレイスタード。フレイシア先生の師匠に当たるアブソリュート学園の校長の二名によって正式なものとして認められた。
ノアが勝利した場合、帝国式筋トレ器具一式。
ノアが敗北した場合、ノア・フランシスはクラスを転移して、ヴィンセント・レ・キルシュタイルのクラスに所属する。
こちらの選出は俺、アーサー、セシル、他二名。
相手の選出はヴィンセント、ミネルバ、他三名。
「キョエー! キョエー!」
俺の肩に乗っている九官鳥が叫んだ。
「おっ、ノアのペットだな! 家に居なくて良いのか?」
「それが、どうしても付いて来たいみたいでさ。先生に確認を取ったら、『使役している魔の者は数に数えない』ってことで、参戦しても良いって」
「そうなのか! あれ、じゃあデブ助も参加できたのかな……」
デブ助が果たして戦力になるかどうかは置いておくとして……。
少し離れた場所で準備しているヴィンセントと目が合う。
「ほぉ、旧魔王があのような姿になっていようとはな」
俺としては、筋トレ器具は絶対に欲しいが、スオを巻き込むつもりはなかった。
まさかスオが、あんなことを言うとは思っていなかったからだ。
「良いかノア、お主だけではあのヴィンセントには勝てないぞ」
「……だよなぁ」
自分でも薄々気付いている。
俺はおそらく、ヴィンセントに負けるだろう。スオもそのことを理解しているから、救援に駆けつけた。
ヴィンセントの持つスキルの能力が全く持って分からない。
間違いなく俺の上位互換のスキルも持っていることを考えると、あまり有利な戦いにはならない。
「ノアのためではないぞ。我は奴のような男を嫌いなのでな」
「え、なんでさ」
「あの現魔王のようで腹が立つのだ。自分を天才だと分かっておる奴の眼だ」
じゃあ俺は今から、天才を相手にするということになる。
だってヴィンセントを抑えられるのは俺だけのように、俺を抑えられるのもヴィンセントしかいない。
「セシル」
「はい、ノア」
俺たちも無策で挑む訳じゃない。
セシルはミネルバと戦うことは避けるべきだ。
だから、まずミネルバにはアーサーをぶつける。
「それと相手に人数有利を作らせないことが、この戦いの肝になる」
1対1を繰り返す。
各個戦力で見れば、こちらの方が上だ。
セシルが相手の無名生徒を倒し、アーサーの援軍へ。アーサーとセシルでミネルバを倒し、俺の元へ合流する。
「なるほど! 確かにノアの作戦ならうまく行ける自信あるぞ! 俺も強くなったからな! 時間稼ぎなら余裕だぜ!」
アーサーは頼もしいな。これならミネルバの相手も任せられそうだ。
「ノア……」
セシルが不安そうな声で名前を呼んだ。
「お願いがあります」
*
ヴィンセントは森の地図を広げながら得意げに話す。
「ノア・フランシスであれば1対1を繰り返そうとするだろう」
堅実で成功確率の高い作戦であることに間違いはない。
だが、相手とて戦力差があることは承知していた。
「余を止められるのはノアしかいないように、ノアを止められるのは余しかいない」
大将同士の衝突であることは、誰であれ言わずとも知れていた。
じゃがいも聖女は不満げな面持ちをする。
「私がノア様の相手をしたかったですね」
「アーサーが相手をしてくれるさ。そこで、作戦を伝える。余の言う通りにすれば、ノア・フランシスを手に入れられるだろう」
手に入る。
それは勝利を意味している。
「戦力差ではあちらに分があるかもしれない。だが、各個の戦力でみれば余らの方が高いのだ」
ヴィンセントはノアよりも強い自信があった。
ステータスでみれば、ヴィンセントはノアよりも低い。しかし、必ずしも数字が低ければ負ける世界ではない。
そして、この場においてミネルバはノア・フランシスの次に強い人物だ。
「アーサーは時間稼ぎの動きをしてくる。アーサーはかなり良い動きをするだろうから、守りに入ったアーサーを倒すのは容易ではないぞ」
「私に出来ないと?」
「しろとは言っていない。その逆だ、逃げよ」
各々がヴィンセントを見た。
自信に満ちた顔を崩さず、話を続ける。
「アーサーの目的とはなんだ?」
「時間稼ぎをして、私たちの無名生徒三人を倒したのち、セシルさんと合流……2対1で私と戦う……でしょうか」
「そうだ。流石にアーサーとセシルが相手では、第七聖女とはいえど厳しい戦いになるだろう」
ミネルバは否定ができなかった。
戦闘タイプの聖女ではないことは、彼女自身が自覚していたからである。
もしもこの場にいるのがミネルバではなくオリヴィアであれば、ノアの勝利は限りなく0に近かった。
「ミネルバがセシルの方に合流した場合、セシルが一気に厳しい戦いを強いられる。なんなら、勝てるだろう」
「そうならないために、アーサーは攻めるしかないが……その時にはもう間に合わないということですね」
「ああ。つまりミネルバ、セシルを倒すことを目的として欲しい」
一度倒した相手なのだろう? と挑発するようにヴィンセントは笑う。
「良いでしょう。ノア様を手に入れるためです」
「それで良い。ノアは飛びぬけて強くとも、戦略家ではない。このノアの作戦も悪くはないが、相手が余であったことが敗因だ」
ヴィンセントは学園での決闘も計画的であった。
これがフランシス家総員であれば、ヴィンセントは絶対に勝てないと判断したからだ。
ノア・フランシスは最も警戒すべき人物である。その次に警戒するべき人物、【影法師のリオン】を参加させないことを考えてのことだった。
彼ら二人が揃って戦場にでれば、例えヴィンセント・レ・キルシュタイルが全力を以てしても勝利はない。
それほどまでに、あの師弟二人は恐ろしい存在だった。
だからこそ、ヴィンセントはノア・フランシスを手に入れたかった。
「さぁ、戦いの時間であるぞ」
ヴィンセントの予測は当たっていた。
ノア・フランシスはヴィンセント・レ・キルシュタイルと対面した。
大将同士の戦い。
その空気はもはや、学生の決闘の枠に当てはまらない。
しかし、いくつか誤算があった。
大将同士から離れた場所で、二人は出会う。
「……ヴィンセント様。私の相手はアーサーくんではなかったようです」
「私も違う人だったらどうしようかと思っていました」
剣術大会での試合がまだ新しい記憶の中、二人は再戦する。
「……少し予定は違いますが、ここ逃げてアーサーくんを倒しに行けば良いのでしょうね」
「私に負けるのが怖いのですか?」
ミネルバは鋭くセシルを見た。
女として、負けられない戦いが目の前にある。
「私の方が優秀なのに、どうしてノア様はあなたを傍に置いておくのでしょうか? 婚約者だからですか? 私の方がこんなにも愛しているのに」
「私は頭がおかしくないからでしょう」
「あらあら、あなたは愛を知らないのですね」
シィィィン……とセシルが剣を抜いて行く。
同時に、ミネルバも聖遺物を構えて見せた。
「エドワード流剣術使い、セシル・エドワード」
「魔法教会第七聖女───ミネルバ」
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