第69話 セシル・エドワードは知った
お互いの名乗りと共に、火花が散る。
剣術大会での戦いで、セシルは敗北した。
しかも、惜敗ではなく完敗であった。
セシルは現剣聖アル・アタッシュフェルトに言われた言葉、『負けても仕方ないよ。次があるさ、だから負けても落ち込まないでね』を思い出すのに時間はかからなかった。
「せいっ!」
「くっ!」
圧されながらセシルは思う。
あの時から見抜かれていた。
自分は負けるのだと。
それを悔しがらない人間がどこにいるのだろうか。
じゃがいも聖遺物は、土から発現させた根で相手を拘束し、魔力や生命力を吸い上げていくことを主な攻撃としている。
触手のように伸びた攻撃は、ある意味無数の手数になる。
剣術では捌ききれない数の攻撃に、私は完封された。
「距離をとっても無駄です。私の攻撃範囲はかなり広いですから。根張り!」
セシルに向かって、無数の根が放たれる。
一本でも掴まれれば、そのまま地面へ引きずり込まれる。
「また無数の根……!」
エドワード流剣術の一つである、七星歩を使ってうまく回避するも延命にすぎない。
ノアや【十二の魔法使い】たちと比べると、私の剣術は一般的だ。
それで彼女ら聖女のような存在にどう戦えというのか。
人間の中でも最上位に、私のような一般人が……と卑下し、ノアのようになれない自分に嫌気が差してくる。
誰かと比べて、落ち込んで、立ち止まる。
私は弱い人間だ。
いっそ、ノアの傍を離れれば楽になれるのだろうか。
努力する必要もなくなる。私を追いかけてくる黒い手が、心を掴むこともなくなるだろう。
ミネルバは私よりも強いし、きっとノアの力になってくれる。
私がいなくても……空いた席を誰かが埋めてくれる。
その瞬間、心の揺れが戦いに強く影響した。
「掴みました」
「くっ!」
無数の根がセシルの足を掴んだ。
そのまま土へと引きずり込まれていく。
この戦いはセシル自身が望んだことだった。
『ノア、お願いがあります。私をミネルバと戦わせてください』
ノアは驚いたのち、信じて『分かった。任せるよセシル』と答えた。
セシルは分かっていた。
自分がミネルバに勝てないことは、誰よりも承知の上だった。
さらにセシルは思う。
ヴィンセント・レ・キルシュタイルに、ノアを奪われると思った時、私は何も言えなかった。
ヴィンセントの眼に、私はノアを奪うための障害として映っていない。
婚約者なのに、ずっと傍にいるのに、ノアを守ることもできない。
【十二の魔法使い】との戦いでも、剣術大会でも、ヴィンセントとの戦いでも、私はまだなんの役にも立てていない。
それなのにノアは私を気遣ってデートまでしてくれた。
神様はきっと、その想い出に満足して身を引けと言っているのかもしれない。
それほど、私の心は追い詰められていた。
ノアに相談すれば、ノアは私の心を救い出してくれる。
ノアはきっと優しい言葉をくれる。たくさん認めてくれる。
ノアの優しさに甘えてしまえば……また自己嫌悪するだろう。
ああ……分かった。
私は浅ましい女だ。
ノアの傍に居たくて、ノアを支えたくて、聖女でも特別な人間でもないのに意地汚く婚約者の座に座っている。
認めるべきだ。
私はこれまで、守りの神髄であるエドワード流剣術に従って、誰かのために剣を振るってきた。
誰かを愛し、守ること。その慈愛に満ちた心が自分の生き方なのではないかと思っていた。
自分を愛するよりも、ノアのように他人に優しく守れるような存在になりたい。好きな人を支えて守れる婚約者になりたいと思っていた。
違うんだ。
私はノアにはなれない。
守る剣を使っている私が、ノアに守られてどうする。
ようやく気付いたんだ。
守る剣の神髄は、誰かを守る剣じゃない。自分を守るための剣だ。
私が守るべきもの、それはノア・フランシスの婚約者という座だ。
「エドワード流剣術────大星天守護」
かつてノアが見せた剣術を放つ。
カウンター型であった技を改良し、セシル流に攻撃型へと変化させていた。
「……ッ!!」
あの状態から出てくるとは思わず、ミネルバが驚く。
「あなたじゃなくても、ノアの婚約者は譲りません」
私はノアが好きです。
ずっと前から、私はノア・フランシスの婚約者であることを誇りに思っていました。
セシルは、静かに剣先をミネルバへ向けた。
「誰にも、この座は譲らない!」
それがセシル・エドワードに唯一残されたプライドだった。
*
離れた場所にいたヴィンセント・レ・キルシュタイルの【万物眼+】が反応する。
「……流れが変わった?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない……少々誤算ができたくらいだ」
そうは言いつつも、この大きな誤算を計算には入れていなかったヴィンセントはため息を漏らした。
「厳しい戦いになりそうだ」
この戦いは善悪を決める戦いではないことを、ノアは理解していた。
「だが、余はノアが欲しい。そうすれば、オリヴィアや旧魔王、フランシス家を戦力として加えられるであろう?」
「そこまでして俺が欲しい理由を聞いても?」
「秘密だ。余に勝ったら教えてやろう」
目の前の敵を倒す。
それ以外の説明は不要である、とヴィンセントは言っていた。
九官鳥が叫ぶ。
「キョエー! キョエー!」
スオによるサポートを含めたノア。
それはノアの力を引き出す上で、リオンには届かなくとも十分すぎるほどの助けだった。
決闘であるが故、大将同士は名乗り合う。
「フランシス家次期当主、ノア・フランシス」
「キルシュタイル帝国ヴィンセント・レ・キルシュタイル」
ノアが独自に産み出した剣術と、帝国式の剣術。
筋肉と知力のぶつかり合い。
そして、世界最高峰の二人が衝突する瞬間であった。
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