第67話 決闘の申し込み
アブソリュート学園はその日、大騒ぎであった。
「余である!」
ノアたちのクラスの戸が勢いよく開かれ、そこには白銀の美青年が立っていた。
同性異性問わず、ヴィンセントの美貌は認めざるおえないほど整っている。
女性からは「カッコいい!」という黄色い声が聞こえてくるほどだ。
ぐぬぬ……イケメンやはり許すまじ。
……いや、現実を否定するのは良くないな。
認めよう、ヴィンセントの美貌は俺の筋肉美に並ぶかもしれない、と。
「ノア、アーサー!
アーサーの顔がパッと明るくなる。
「なんだ! お前もこの学園に入ったのか!」
敬語ではなくタメ口で接するアーサーへ、周囲が一瞬だけ青ざめた。
ヴィンセントは特に気にすることなく、笑顔で返す。
「うむ。体験留学という奴だ。少ない時間ではあるが、余とアーサーは同じ学び舎にいるのだ。皆もアーサーと同じように、余に気を遣いすぎなくて良い」
違うんです殿下。アーサーは気を遣わなさすぎるんです。
まぁ、それがアーサーの良い点でもあるけどね。
「だが……余がなによりも一番嬉しいのはノア、貴公にまた会えたことだ」
教室に緊張が走る。
内心で思う。
あぁ、嫌な予想はいつも当たる。
もう隠す必要もなくなったのか、ヴィンセントは明確に俺へ狙いをつけていた。
「今度こそ、逃がしはしないぞ?」
「……そうですか」
ヴィンセントの目的はなんなのか。
なぜ俺を狙うのか。
何かヴィンセントの恨みを買うようなことをしただろうか。
そんな疑問が浮かんでくる。でも、俺はヴィンセントの表情をよく知っている気がした。
俺がこれまでにもしてきたことだ。
虚空魔法、虚刀術……欲しいスキルがある時、何が何でも手に入れようとする。
その時の顔と、よく似ている。
必要だから欲しい────。
ただそれだけのこと。
俺は破滅を回避し、魔王を倒して世界平和さえできれば、あとはのんびりと暮らすんだけどなぁ……。
帝国の配下に置かれて、俺の余生のんびり筋肉人生計画を壊されてしまうのは嫌だ。
きっとヴィンセントは、俺へ策略が通じないとみるや力技に攻め方を変えてきたのだろう。
これまで苦手な攻め方をされてきたが、王道で来るとなるとそれはそれで何か策略を巡らしてきそうだ……と続くヴィンセントの言葉を待った。
*
このアブソリュート学園には、面白い校則がある。そこに目を付けるのは、ヴィンセントらしい作戦ではあった。
かつて、ゲーム内のノア・フランシスがアーサーへ嫌がらせのために用いた校則だ。
「アブソリュート学園にある決闘の校則は知っておろう?」
誰かが叫んだ。
「決闘……!?」
「一年生の中だと、まだどこも決闘は起こってないだろ!?」
「入学してちょっとしか経ってないのに……!」
なぜなら、別にクラスごとに差がある訳ではない。同じ設備で、同じ先生で、貴族も平民も分け隔てなく教わる。
だが、一つだけ違う点があった。
それは人材の差である。
年に一度、アブソリュート学園では一年~三年生までを含めた総合の体育祭のようなものがある。そこでクラスが好成績を修めることができれば、卒業する時に優位に働くのである。
平民であれば、武勲や功績を立てやすい所へ行けたり、仕事によっては生涯安泰といったものに就ける可能性が高い。
貴族であれば王宮へ重用されたり、将来性を見込まれて良い婚約話が来るかもしれない。
一度振り分けられたクラスは、もう二度と卒業まで変わることはない。
そのため、出来る限り優秀な人物を集めたい、というクラスが現れる。
貴族であっても平民であっても、優秀なら階級問わず使え、集めろ、という教えにも繋がっているのだろう。
「余はノアのクラスと決闘を申し込む」
迷いなく告げたヴィンセントに、教室が静まり返る。
全員、ノアの言葉を待っている。
「……望みは?」
「余のクラスが勝ったら、ノア・フランシスを貰おう」
同じクラスであるアーサーとセシルが眼を見開く。
「「────ッ!!」」
ノアは予測していたからこそ、それほど驚かない。
「そちらが負けた場合は?」
これは賭け事だ。
ノアが了承しなければ、決闘は成立しない。
「余を与えよう。余も貴公らを友として生涯守ろう」
クラスメイトからすれば驚きの連発であったようで、様々な声が漏れた。
「マジか……!?」
「なんだよ急に!」
「どういうこと? え、どういうこと?」
「次期皇帝がウチのクラスへ!?」
「ヤバすぎる……!」
いくら小さな国とはいえ、次期皇帝ともなりえる人物と交流は持っておきたいだろう。
それは地位や家柄を重視する貴族ならば、なおのこと。
しかも、生涯守るといった。それは将来の安泰を意味している。
おそらく、普通ならばこの場にいた誰もが二つ返事で許諾するだろう。
勝った時のリターンがどれほど大きいか、それは計り知れない。
負けたとしても、将来皇帝になる人間に仕えることができるのだ。最高の経験と言えるだろう。
誰もが、ノア・フランシスの言葉を待った。
誰もが貴族である彼は受け入れるだろう、と予測した。
そうして、ノアは落ち込んだ様子でボソッと口を開いた。
「い……いらない……」
まず、ヴィンセントが口を開いていた。
その数秒後、クラスメイトが叫び出した。
「「「えぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
ノアは思う。
(ヴィンセントをクラスメイトにするって、すげえ疲れるじゃん……俺が。常に緊張しながら誰かと会話するって、むちゃくちゃストレスになるし、ストレスは筋肉の敵なんだ)
「ふむ、余は正面から断られたのか」
冷静に分析するヴィンセントは、いつものように悩む素振りを見せる。
「まぁ、その可能性は少しばかりあった、ほんの少しだが、いや、本当にほんの少しだ。余の魅力を考えれば、本当に……」
まるで自分に言い聞かせるように繰り返す。
「よし、セカンドプランは考えている。余のクラスメイト、頼むぞ」
「はい」
セカンドプランに身構えたノアだったが、その背後からできてきたのはミネルバであった。
「お前のクラスだったのかよ」
「ノアよ、ミネルバは恐ろしい聖女だぞ。余がクラスに入ったら、『じゃがいも?』『じゃがいも』『じゃがじゃが?』しかクラスメイトは口にしない。これは余を救うための決闘でもあることを忘れないでくれ」
「……」
ノアは何か言いたいことはありそうだが、口を閉じた。
(分からん。なに、俺を狙った決闘じゃないの? え、まさか自分を救い出して欲しいから決闘を挑んできたの? どっち?)
「ノア様。私はノア様が必ず決闘を受けて下さる条件を持ってまいりました」
ノアが身構える。
ついに、俺が欲している条件を言うのか……! と。
「私が勝てば、ノア・フランシス様を下さい」
ここまでヴィンセントと条件は一緒である。
「私が負けたら、このミネルバを差し上げます」
「いらないです」
「なっ────!」
やはり口を開けて固まるミネルバに、セシルが喜んだ。
「よく言いましたノア! やっぱり必要なのは私だけでいいんですよね!」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「はい? 違うんですか?」
ノアはそういう意味で言った訳でないが、失言をしたことで双方から挟まれることになる。
この日、決闘が成立することはなかった。
それは学園内で大騒ぎとなり、ノアのクラス担任である騒ぎを起こしたくないシノが胃を痛めて突っ伏していたことは、言うまでもない。
しかし後日、この決闘は成立する。
ヴィンセントがフランシス家から回収した密偵が、筋肉に洗脳されていたのである。そのことから、『もしかしてノアに、帝国の筋トレ器具を用意すれば決闘を承諾するのでは?』と考えたヴィンセントの策略によって、成立したのだ。
ヴィンセントはさらに頭の中が「?」と混乱するが、とりあえずは決闘が成功したことに満足したのであった。
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