第61話 アーサーとデブ助とシュコー
フランシス家の屋敷では、まだ学園に復帰していないアーサーが居た。
訓練場でもある庭園を使っていて、ストップウォッチを手に持っているリオンが、カチッと音を鳴らした。
「5分過ぎました。そこまでです」
「はぁぁぁ~! 死ぬかと思った~!」
水バケツから、アーサーが顔を出す。
これは息を止め、肺活量を増やすための訓練だ。
「次です」
「おう!」
それをシュコーとデブ助が眺めている。
「なぁ……デブ助。アイツ、なんであんなに頑張っている?」
「ノアがまた強くなってたニャ。それが悔しいらしいニャ。強くなりたい理由があることは、良い事ニャ」
「ふーん……強くなる理由か……」
シュコーが視線を落とす。
ふと、フランシス家の地下室にいるNo.1との会話を思い出していた。
…………
……
…
私に与えられた名前は、No.2。それが、私にとって初めての名前だった。
名前と呼べるものではないだろう、と他の仲間からは言われたが、私には凄く嬉しいことだった。
数字が少ない方が偉い。私よりも下の数字の仲間は、私が守らなければならない妹や弟のようなもの。
私はお姉ちゃんだ……と思ったりもしたことがある。
そして、そう考えるのであれば、自然と私が唯一甘えられる相手も……。
「No.1……」
「お前か」
自分たちは敗者である。
【十二の魔法使い】は崩壊した。
もうナンバーに意味はない。
「ごめんなさい……」
「何を謝ることがある」
「私が負けたから、【十二の魔法使い】は崩壊した」
私の家は、壊れてしまった。
「……No.2。お前、今はシュコーと呼ばれているそうだな」
「えっ。うん……アーサーに名付けられた」
「嫌か?」
少し考える。
シュコーという名前は安直だと思うし、アーサーはアホだ。
それでも、アーサーとの会話を思い出すと、あいつはいつも笑っている。
それがウザく感じるほどに……。
「悪い気は……しない」
アーサー本人に、こんなことを伝えることは恥ずかしくてできない。
どうせ、『シュコー! お前は本当に可愛いな!』と言って頭を撫でられてしまう。子ども扱いするな。
思い老けていると、私の言葉にNo.1は思う所があるようだった。
「……シュコー、謝るのは私の方だ。私は【十二の魔法使い】を家族とは思っていない」
「……知ってる」
それでも良かった。
自分の居場所があるだけで、私は幸せなんだ。
「本当にリーダーに相応しいのは、シュコーだったのかもしれないな」
私がNo.1に拾われたのは三歳の頃。物覚えが非常に悪く、友達もできなくて、スキルの影響で言葉すらまともに喋れなかった。
そうして戦争で焼け焦げた家の瓦礫に埋もれ、死にかけた。
それをNo.1が助けて、ここまで育ててくれた。
きっと、No.1が助けてくれなかったら、私は今頃ここには居なかった。
「No.1は言った。『美しい世界を作りたい』って。私はそれを信じてついて行った」
「シュコー……?」
ああもう。本当に嫌になる。こんな風に、前は言わなかったはずなのに。
私はアーサーの傍に居過ぎたらしい。
「諦めないで」
諦めずに必ず立ち上がる人間を、私はたくさん知っている。
知ってしまった。
…
……
…………
「どうしたニャ? シュコー」
「なんでもない」
シュコーが顔を上げると、そこにはノアが組んだ鬼のようなトレーニングが開始されていた。
リオンはあくまで保護監督だ。
そうして、模擬戦が開始された。
アーサーの頬から汗が落ちる。
「【十二の魔法使い】の総戦力……!」
アーサーが思う。
(No.1がいなかったり、シュコーやデブ助はいないとはいえ……)
「無理じゃん、これ……!」
アーサーの直感通り、まともな戦いにもならず敗北する。
芝生の上で仰向けにアーサーが倒れた。
「ダメだ~! 調子でない!」
9対1。
部外者から見れば、訓練ではなくただのイジメに思うかもしれない。
リオンが悩む素振りを見せた。
「ふむ。今日は、アーサーの調子が少し悪いですね……」
アルバスが鼻を高くする。
「なんだか、凄く優越感を感じるな」
リサもそれに同調した。
「これまで戦ってきた相手が悪いのよ」
「俺たち、ちゃんと強い」
「そういえば……」とリオンが口を開いた。
「あなた方の仲間に、影魔法を使う人が居ましたよね」
アルバスが答える。
「奴は逃げた。元々、奴は【十二の魔法使い】ではなく人手不足のために雇った殺し屋だ。我々も詳しくは知らない」
「そうですか……まぁ、影魔法なら、逃げるのも容易いでしょう」
リオンは個人でも追っているものの、その人物の詳細すら掴めていない。影法師の一族から、そのような不届きな人間がいるとはあまり考えたくはなかったようだった。
アーサーが叫んだ。
「リオンさん! もう一本やりたい!」
「ダメです」
「えぇ!? なんで!?」
「がむしゃらに戦っても、それは訓練とは言えませんよ。考えて戦わないと」
今日のアーサーは、調子がどこか悪かった。
「ふむ……ノア様であれば、調子の出し方は分かるのですが……」
「ノアならどうやるんだ?」
「ダンベルとか、筋トレすれば元気でます」
「いつものことじゃん……」
リオンは、アーサーの師ではない。アーサーの師は、リオンの友人でもある王国騎士団の団長である。
「ノア様に保護監督を任されていますし、努力はしますが……」
この場において、誰よりもアーサーに詳しいのは……と、リオンが視線を向ける。
「デブ助とシュコーですか」
視線を向けられた二人が、ビクッと背筋を伸ばした。
「こ、怖いニャ……」
「私、あいつ嫌い」
勝てない訓練が楽しくないようで、いつも元気なアーサーはやる気が出ず、眉間に皺を寄せていた。まるでブラック企業で何徹もしてきたような疲労感が漂っている。
休憩中にも拘わらず、アーサーが地面に絵を描いている。
「筋肉~……じゃがいも~……」
シュコーが頬を引きつらせる。
「アーサーが壊れた」
「いつものことです。それよりも、アーサーの調子をどうやったら出せるんですか?」
「わ、私に聞かないで欲しいニャ……」
デブ助は餌付けされているだけである。
その結果、ブクブク太った猫になった。
「シュコーは?」
「…………分かる」
リオンが静かにシュコーを見る。
負けずに、シュコーも見返していた。
「……なるほど。欲しい物があるようですね。言ってみてください」
「……ぬいぐるみが、欲しい」
「良いでしょう。王都のマスコットキャラクター、筋トレくんをあげます」
「それはフランシス家のマスコット! 私が欲しいのは可愛い奴!」
筋トレくんという単語に、近くにいた筋肉集団が僅かに反応する。
「筋トレって言った?」
「良い単語だ」
「むね肉?」
彼らの言葉を無視し、リオンが眉を顰める。
「珍しいですね。あなたがぬいぐるみを欲しがるなんて」
「……前に使っていた奴は、なくなった。ぬいぐるみがないと、上手に寝れない……」
子どもらしい一面だが、リオンが徹頭徹尾表情を変えない。
「分かりました。可愛い奴ですね」
「ダメだ、お前の言葉は信用ならない。あの金髪令嬢か、ノアの妹に選ばせろ」
「セシル様かキアラ様ですか……まぁ、良いでしょう。今はノア様の期待に答えなくてはいけませんからね」
契約成立である。
リオンにここまで強気に出るシュコーに、他の【十二の魔法使い】たちはあわあわと怖がる。
「シュ、シュコー……凄いな」
「リオンは怖いけど、怖くない。みんながそこまで怖がる理由が分からない」
「ポーションバケツ……あぁ、ポーションバケツ!」
「リオンさんシュコーには甘い! 許せない! ブーブー!」
またも、デモ活動が起こる。
「あなた達……私が幼女相手にそんなことをすると思っているんですか?」
リオンは、誰よりもモラルに溢れ、真面目である。
「アーサー。あなたもよく相手を観察していれば、戦いの中でも、相手が幼女であると気づけたはず。無暗に幼い少女の体に刃を向けるような真似は、二度としてはいけませんよ」
「ごめん……ごめんよシュコー……」
近くにいたフレイシアが目を見開いて、リオンを見ていた。
「私も同じくらい大切にしてくれないの? ねぇ、してくれないの!?」
リオンが手を叩いて、仕切り直す。
「さぁ、シュコー。任せましたよ」
「う、うん……」
リオンのひざ元で「リオン~! 私も甘やかせぇぇぇっ!」と必死になっているフレイシアを無視し、シュコーが落ち込んでいるアーサーへ近寄った。
「ア、アーサー……お前、分かってるのか」
「何を……?」
「9対1の訓練、ボロ負け」
「おう……」
「でも勝てたら、一番恰好良い」
「!」
アーサーが顔を上げる。
「勝てたら、お前が今日、一番カッコいい……」
「カッコいい……!」
「それに、ノアがきっと、お前を褒める」
「ノアが俺を褒める……!」
「この世界の名声、全部、アーサーのもの」
「俺のもの……!」
ゾクゾクと背筋から登って来る何かに、アーサーは興奮する。
「よっしゃぁ! 次は勝つぞ!」
9対1の模擬戦の再開である。
アーサーの取扱説明書を持っているのは、シュコーである。
これまで調子の悪い日はとことん不調なアーサーだが……それを絶好調に持っていく方法をシュコーは知っている。
それがどれだけアーサーのさらなる成長を促すか、リオンは身をもって理解している。
9対1の結果────【十二の魔法使い】を一人倒して、アーサーの敗北である。
背中から倒れながら、アーサーは両手を伸ばした。
「よしよしよ~し! 肉じゃが!」
圧倒的に不利の中で、一人倒した。
とてつもない成長である。
「……ふむ、なるほど」
「アーサーは、褒められるのが好き。観衆から『凄い』と言われれば、さらに調子が上がる」
人はそれを単細胞と呼ぶ。
「アーサーの諦めの悪さは、褒めて欲しさにある」
「シュコー……あなた、随分とアーサーに詳しいですね。アーサーの部屋で一緒に寝ているからでしょうか」
リオンはたまに、アーサーを起こしに部屋へ行くことがあった。
いつもアーサーは、シュコーとデブ助に囲まれて眠っている。
だから、アーサーだけを起こすのが少々大変であった。
「私もノア様と一緒に寝ればさらに詳しく……!?」
「…………それは、違うと思う」
その光景を見ていたデブ助が焦る。
「わ、私の立場がどんどん追いやられて行くニャ……! そのうち、ベッドじゃなくてケージで眠らなくちゃいけなくなるかもしれニャイ……! それだけは嫌ニャ……!」
デブ助が想像する。
『デブ助はお留守番な~、ケージ入っとけ~』
『ニャ!? 待つニャ! 今日は肉まんの特売があると聞いたニャ! 私も連れてって欲しいニャ!』
『今日はシュコーとデートだから。なっ、シュコー。たくさん肉まん食べような~』
『うん』
『デブ助は、キャットフードな』
『ニャァァァッ! 肉まん! 肉まぁぁぁんっ!』
デブ助が頭を抱える。
「ニャァ……ニャァァァッ! それはダメニャ! 肉まんは全部、私のニャ……!」
何かを決意した表情で、シュコーを見つめる。
その視線にシュコーが気付く。
「……な、なに? デブ助」
「肉まんは、全部私のニャ……」
「なんの話……?」
「ニャッニャッニャッ……」
(シュコーも太らせて、デブシュコーと呼ばせてやるニャ……私の方が食べると分かれば、きっと私の方が大事にされるニャ……! 私は天才ニャ!)
数日後。
栄養不足で逆に細すぎたシュコーは、デブ助のお陰で標準程度の体形になり、かなり健康になった。
肉がついたことで、シュコーはさらに可愛くなったのだが、デブ助本人は太らせることに成功したと満面の笑みであった。
そうしてシュコーは、セシルとキアラが選んだぬいぐるみ。リオンとの取引で貰ったクマのぬいぐるみを大切に抱いていた。
「このぬいぐるみ、可愛い……!」
それがシュコーの人生で、一番大事な宝物となったのは言うまでもない。
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