第62話 デートの約束


 学園の教室で、俺は落ち込んでいる婚約者ことセシル・エドワードをどう励ますべきか悩んでいた。

 あまりの落ち込み具合に、今は放っておくのが正解かもと思った。でもキアラやフレイシア先生から、放置するのはあり得ない、と言われたためセシルの機嫌を取っているのだ。


 女心が分からない以上、こういう時は女性の意見は大きい。筋肉集団に聞いたところで、ダンベルとか肉渡しておけば回復するって回答だしね。


「セ、セシル。大丈夫、元気出して行こうよ。ほら、ダンベルでさ」

「ダンベル……そうですね、ダンベルですね……私も、筋肉になりたいです」


 参った、重症だ。

 いつものセシルなら『ダンベルで元気は出ません』と返してくるはずだ。


 ヒソヒソとクラスメイトの声が届く。


「剣術大会で第七聖女ミネルバ様に負けたことが、相当来てるみたいだ……」

「まぁ、あの二人はいつも嫁争奪戦みたいなことしてるからね。どっちが優れてるか決まっちゃったね」

「ノアやアーサーが棄権してなかったら、分からなかったと思うよ」

「準優勝でもすごいと思うけどなぁ」


 各々思うことを口にしている。


 俺は彼らに向かって、シーッ! と指を立てる。

 あっ、セシルの耳がピクッと動いたら、また深いため息吐いた。


 やっぱり、相当落ち込んでるみたい。

 でも、そこまで悔しがることなのだろうか。


 セシルは俺にトレーニングをお願いするくらい、全力は出し切ったと思う。

 日々の研鑽だって、俺はよく知っている。

 

 もちろん、負けることは悔しい。誰だって負けたくない。


「セシル」

「はい……」


 セシルは突っ伏したまま、上目で俺を見た。


「次、頑張ろう。負けることは、悪いことじゃない」

「……はい」

 

 聖女ミネルバ、その強さは本物だ。

 本人は『私は戦闘タイプの聖女じゃないので、弱いです』と言っていたが、そんなことはない。


 そもそも、聖女自体がこの世界だと上位の強さに入る。

 

 聖女は全部で七人。

 つまり、少なくともミネルバ級か、オリヴィア級が後七人いると考えるべきだ。


 彼女たちの姿を思い出し、ふと豊満な胸にミネルバ級と名付けたくなる。

 真剣に名前を悩んでいると、アーサーが声を掛けてきた。


「そうだぞ! ノアの言う通りだ! 次頑張ろう!」

「…………っ」


 あれ、セシルがなんか妙な顔してる。


「あの、ノアは何も言わないんですか?」

「え? 何を?」


 アーサーのことだろうか。

 何か変な姿しているかな。


「全身包帯巻きになって、ミイラみたいな姿になってるアーサーですよ?」


 横を見ると、全身包帯巻きにされたアーサーが居た。

 ニコニコ笑顔でこちらを見ている。意外と歯が綺麗だ。


 ……犯人はセバスだな。


「アーサー、その感じだと訓練は順調みたいだな」


 俺がアーサーに課した訓練はスパルタもいいところだ。

 正直、【十二の魔法使い】全員を相手にしろ、なんて訓練は自分でもどうかと思う。


 普通の人ならば文句を垂れてすぐに逃げ出す。それを正面から受け止められるのは、やはり主人公の鋼のメンタルというべきだろう。


「結構楽しいんだ。シュコーが俺を褒めるのが上手くてな! すげえやる気になるんだ!」

「そうか。楽しいなら良い」


 早く強くなってもらわないとな。

 ゲームの仕様上、俺だけじゃ魔王軍は倒せないし。アーサーが単騎で魔王軍を全滅させられるほど、敵は甘くない。


「あの、アーサー。あなたはどうして、そこまで強くなりたいんですか?」

「強くなりたい理由?」


 セシルの問いに、俺もつい考えてしまう。

 俺は破滅を回避し、妹のキアラを守るために強くなろうとした。

 

 それに対して、アーサーは誰かを守りたい訳でも、世界を守りたい訳でもない。 

 アーサーが強くなりたい理由ってなんだろう。


 だって勇者の責務も、魔王を倒すという目標もまだぼんやりとしているはずだ。


 セシルの言う通り、そこまでして強くなりたい理由は見当たらない。それなのに、どうしてアーサーはあそこまで過酷な訓練を受け入れているんだろう。


 どんな回答が来るのかな。


 いや、アーサーのことだから意外と『何も考えてなかった!』とか言うかもしれないな。


 しかし、そんな俺の予想とは裏腹に、アーサーは真顔で、真剣に答えた。

 


「────ノアの隣に立ちたいから」



「「っ!?」」


 あまりにも予想外な言葉に、俺とセシルは虚を突かれる。


「それ以外に理由がいるか?」

 

 俺はアーサーに、主人公としての貫禄を始めて見た気がした。

 そして、徐々に湧き出してくる感情に笑みがこぼれた。

 

「ふふっ、あはは!」

「な、なんだよノア! ダメか!?」

「ごめんごめん。まさか、それが理由だとは思わなくて」


 俺は嬉しかった。

 アーサーにとって、俺は良き友であり良きライバルでありたいと思っていた。


 まさか、アーサーもそう思ってくれているとは思わなかった。


「おう! 俺が強くなりたい理由はノアの横に立ちたいからだ。それで? セシル嬢の強くなりたい理由は?」

「私も……」


 落ち込んでいる今のセシルに、アーサーは少し明るすぎるような気がした。

 アーサーは絶望を知っていて、それを乗り越えた過去がある。


 セシルはこれまで、あまり壁に当たったことはなかったのだろう。連覇してきた剣術大会で初めて負けた。

 それがどれだけ、セシルの心にダメージを与えたかを推し量るには十分だ。特に相手は負けたくないと思っていたあのミネルバだ。


「……いえ、今の私に強くなりたい理由はないかもしれませんね」

「よし! じゃあそれを見つけるところからだな!」

「そうですね」


 セシルの表情から見ても、嘘を付いているのは明白だ。

 強くなりたい理由はあるはずだ。でも、アーサーの前だと言えなかったのだろう。


 まぁ、アーサーは良くも悪くも明るすぎる。だから、無意識に自分と比べてしまう。

 誰かと自分を比べると、大抵は壁にぶつかる。劣等感や焦りに繋がって、本当に自分がしたかったことを分からなくしてしまう。


 セシルは今、そういう状況にいるのだと思う。

 本当は自分で乗り越えて欲しいけど、いつまでもセシルが塞ぎ込んでるとキアラが心配しそうだしなぁ。


「よし、決めた。セシル」

「は、はい。ノア、なんですか?」

「放課後、デートしようか」

 

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ク~リスマスが今年もジム!

イエス・キンニクは筋肉の子であり、それが受肉して筋肉となった、真の神であり真の筋肉である。

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