第58話 休息


 剣術大会の棄権を申し出て、俺は全身包帯巻きにされていた。

 スオと戦った後にも似たような姿だった気がするんだが……? 一体、屋敷の誰が俺に包帯を巻いているのか、後で聞かなくちゃ。


 怪我もある程度引いたことで、俺はまたトレーニングに戻っていた。 


「わ~!」


 ダンベルを持って屋敷の庭を走り回る。

 まだ全快ではないため、全力疾走はできない。

 

 そのため、仕方なくダンベルを持って走っている。


 トレーニングとは、やはり気持ちが良い。


「ノア坊ちゃま!」


 屋敷の窓からセバスが顔を出す。

 手には紅茶やケーキを持っている。おそらく、午後ティーの時間だったのだろう。


「ごほんっ……ノア坊ちゃま? なぜ走り回っているのですか。まだ安静にしていなければいけないのでは?」

「……俺、ノアじゃないよ。ダンベルを持って走ってるミイラだよ」

「ノア坊ちゃまが私たちの言う事を聞かないことは昔から変わりませぬな……」


 ひょいっと窓からセバスが飛び出し、懐から包帯を取り出す。


「もう少しキツく縛っておきましょうか」


 包帯の犯人お前か!

 毎回すげえキツいと思ったら、拘束具の意味もあったのかよ!


 ぐぬぬ……!


「さぁ、大人しくしてください!」

「ぬあ~!」


 情けない声を漏らしながら、なすすべなくさらに包帯を巻かれる。

 流石に今の状態では、まともに太刀打ちができない。


 動きづらい……。


 セバスの奴、昔よりも筋肉増えてる。お陰でスーツの背中部分がピチピチだ。

 そのままセバスに背負わされ、病室へと連れて行かれる。


「誰か助けて~! もう外に出たい~!」


 フランシス家次期当主であるノア・フランシスは情けない声を響かせていた。

 

 *


 フランシス家の屋敷には警護もいるが、リオンとフレイシアはノアが心配だからということで庭に座っていた。


「今、ノア様の声がしましたね」

「あんた、やっぱ地獄耳ね……何も聞こえなかったわよ」

「ふむ、そうですか」


 あの戦いから、王都で緊急警備強化が発令された。

 剣術大会で起こった謎の大爆発と、会場の破壊。

 

 フランシス家の迅速な動きと、ノアの希望により証拠はすべて隠滅している。


 フレイシアが空を見上げる。


「ノアの功績を考えたら、普通は隠そうなんてならないと思うけどねー」

「フレイシア。剣術大会の会場だけでも数億、地下空間も含めたら数十億以上もの大金が使われているのです」

「……へっ?」

「流石にそれを『俺が壊しました』とは言えないでしょう」


 フレイシアが頬を引き攣らせながら納得する。


「そ、そういうこと。確かに弁償できないわ……」

「私たちは正義の集団ではありませんからね」


 あくまで、フランシス家という貴族の一組でしかない。

 その中でうまく立ち回らなければ、貴族どころか国そのものを敵に回しかねない。


 リオンは思う。


(ノア様の立ち回りを支えて下さっているのは、セシル様です。エドワード家も協力してくれたからこそ、かなり助かりました)

 

「幸いにも怪我人はおらず、ノア様も火傷と傷だけだったのが幸運でしたね」

「丸焦げで落ちてきた時はビックリしたわよ」

「もう一人の方もですけどね……」


 オリヴィアの治療が最も難航した。

 幸いにもフランシス家は優秀な人物たちの集まりだ。


 筋肉集団の中にも医者はいる。


 彼らに治療を任せ、一命は取り留めていた。


「そうよそれ! 他に捕まえた【十二の魔法使い】! どこにいるの!?」

「……」


 リオンが半眼で下を指さす。


「なにそれ、地獄送りにしてやったってこと……? 可哀想じゃない?」

「違いますよ、地下室です。私の事を何だと思ってるんですか」

「ここの!?」

「はい」

 

 他に良い場所も見つからず、彼らは王都フランシス家の地下室に収容されていた。

 

「ある意味、王都ではここが一番安全ですからね。療養中とはいえ、ノア様も居ます」

「た、確かに……」


 リオンは必要なことだけを伝えると、剣を腰に据える。


「では、少し出かけてきます」

「もう行くの……? 久々に二人で話せたのに……」

「はぁ、そうですか」


 リオンが明らかに面倒臭そうな顔つきをする。

 恋人に対してする表情ではない。


「こ、こっちは恥ずかしい思いして言ってんのにその態度は酷くない!?」

「仕事中です」

「うぎゃぁぁぁっ! ええそうよ仕事中よ! それでもラブラブしたいと思っちゃいけない訳!?」

「あの、大人なんですから、ちゃんとした方が良いですよ」


 自分よりも年下の恋人にそう言われ、フレイシアは半泣きになる。


「もういい! 好きにどこにでも行けばいいじゃない! リオンなんか嫌い!」

「では、屋敷の警護は頼みますね」


 慣れた様子で、リオンが踵を返す。

 その後ろ姿にフレイシアが疑問を抱く。


「待って。行くってどこに……?」


 振り返ったリオンは、剣の柄に手を置く。

 強風が吹き、数秒の思考ののち、リオンが口を開く。


「魔法教会に呼び出されたので、私とセシル様で行くんです。本当は行きたくないんですけどね……会いたくない人もいますから」

「会いたくない人? リオンが? ウィズ以外にもいたのね」

 

 その人物を思い出したようで、リオンが溜め息を漏らす。


「はぁ……いますよ。お師匠が元剣聖であることは言いましたよね。その跡継ぎです」

「ってことは、今の剣聖!?」

 

 そう、今回の一件には魔法教会も絡んでいる。でなければ、フランシス家とエドワード家だけでは今回の事件は隠しきれなかった。

 元とはいえ、オリヴィアは聖女であった。


 元凶が聖女でした、とは魔法教会としても言いづらい。隠したい事実だ。

 その点で利害が一致し、協力関係となった。


 だがオリヴィアが持っていた【太陽の槍】を壊したノアに、矛先が向かない訳がない。

 

 信仰する神々の物を壊した。

 

 理由はどうであれ、これは明らかな魔法教会への敵対行為である。


 もちろん、ノアはそんなことなど知らない。心配すらしていなかった。

 なぜなら魔法教会はどのルートであっても敵対しないからである。


 それが今、狂おうとしていた。

 

 *

 

 セシルとリオンは、王都魔法教会に到着した。

 ミネルバが居たような小さな教会とは異なり、本部は装飾品の荘厳さが際立つ。


 まさに、豪華な装飾は金と権力の象徴である。


 重圧な扉が開かれ、その先に一人の人物が見える。

 快活とした面持ちに、鮮やかな短い赤髪が揺れる。


 威圧感など一切感じない。飄々とした態度のまま、笑みを浮かべる。


 彼こそが、現剣聖アル・アタッシュフェルトであった。


「やぁやぁやぁ! リオン! 会いたかったよ~!」


 温かく向かい入れてくれたアルは、両手を広げてリオンに抱き着く。


「……チッ」


 小さく舌打ちしたことに対して、セシルが驚く。


「リオンさんが明らかに嫌がってるのは初めてみた……」


 リオンとセシル。その二人だけであるとアルが確認すると、眉を顰める。


「おや? ノア・フランシスくんは居ないのかい?」

「ノア様は療養中ですので、僭越ながら私、リオンが代理を」

「なぁんだ、そういうことか。寂しいなぁ、会ってみたかったなぁ、ねぇリオン?」

「そうですか。あなたが居るということは、大教祖様は中ですか?」


 リオンに問いかけに対し、アルが微笑んだ。


「そうだよ、中に居るよ。くれぐれも失礼のないようにね。あの人はじきに王になる方だから……」

 

 セシルが呟く。


「王……?」

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る