第57話 ごり押し
オリヴィアは下にいる人々を見下ろし、奥歯を噛み締めた。
「ゴミ共が」
俺たちは地下空間から飛び出し、会場の真上で向かい合っていた。
今日は天気が良い。こういう日は庭で筋トレするに限るんだけど……と。俺は『虚空魔法』で足場を作り、着地する。
オリヴィア、どうやってアイツは浮いてるんだ? 足元に魔法を展開している訳じゃない。槍の力かな……。
原理は不明だが、一つ分かったことがある。
オリヴィアは口が悪い。
「ゴミ共って……」
「何か間違えているか? ノア・フランシス。貴様はそれだけ力があって、どうして世界を変えようとはしない」
「……そういう話、嫌いなんだけど」
「責任から逃げるな。力がある者は変化を齎さなければならない」
そんなこと言われたって……。
屋敷に籠って、毎日筋トレやランニングしてるだけだよ、俺。
そんな人間がいきなり『俺は世界を変える!』なんて、おかしいでしょ。昨日まで筋トレしかやってこなかった奴がさ。
「力を持つのならば、世界を変える義務がある! なぜ分からない……!」
この世界ってそういう義務あったっけ……覚えてないや。
プレイした経験があるとはいえ、大ファンって訳でもなかった。
それでも、善悪の基準はどちらの世界も変わらない。
オリヴィアのやり方は間違っている。
「それが、聖女オリヴィアが変わった理由か?」
俺は、なにも彼女を知らない訳ではない。名前は知っていたし、外見も見たことがある。だから、彼女がオリヴィアであるとすぐに分かった。
その手に聖遺物を持っていることも。
聖遺物は所持者の思考回路を歪ませ、その聖遺物が持つ意思に変化させられる。
ミネルバがそうだ。
彼女はじゃがいも聖女などと言われているが、あれは聖遺物の影響によるものだ。
昔は健気で、純粋な女の子だった。じゃがいもなどと連呼は決してしていない。畑で育てていたじゃがいもが大好きだったらしいが……。
もちろん、可哀想と言う意見もユーザーの中ではあった。
でも、それは違う。本人たちは望んでその力を手に入れた。
聖遺物は元より神の物だ。悪しき存在のはずがない。
聖遺物の考えに同調したものが手にする……それがこの世界の聖遺物だ。
オリヴィアが歪んだ原因は、本人の意思によるものなのだろうか。
違うとすれば、何が原因だ?
例えば、そう────聖遺物が悪しき意思を持っているのなら……あり得る話だ。
「私は変わってなどいないよ。何一つとして」
「人は変わるもんだと思うけど」
「貴様如きに主観で、私を語るな」
互いの考えが合わない。
それは当然だ。
どちらも環境も育ちも親も血も違う。
すべて違う者同士が、分かり合うことは永遠に不可能だ。
だから剣を交える。殺し合う。戦争が起きる。
至極当然の原理だ。
だがそれは……お互いに何も知らない場合でのみ成立する。
俺は彼女を救う方法を知っている。
アーサーですら、成し遂げることができなかった方法だ。
ゲーム内において、それは可能とされていない。
オリヴィアの攻略にも、不可能と書かれている。
────彼女を救うことはシステム上、絶対に無理である。
「ここは、ゲームじゃない」
「は? なんだ、唐突に」
【太陽の槍】と引っ張り合いになった時、筋肉は負けた。
一度負けたからといって、諦めるほど俺の筋肉はやわではない。
おそらく、これは屋敷のみんなが聞いたら『やめろ』と言うはずだ。
仕方ないけど、それしか方法がない。
ミネルバとも約束をした。任せて、と。
その結末が、オリヴィアの命を奪うことは俺が認めない。
認めてなるものか。
だから、俺が勝手に救う。
*
ノア・フランシスの感じが変わった……何を考えている……?
オリヴィアの体内でゾクゾクと何か蠢く。
魔族の力が強まっている……だが、これがなければ今頃奴の体術でやられていた……私は人間だ。魔族ではない。奴らほどのタフさは持ち合わせていない……。
この力はすべて望んで手に入れた。
今の立場も、現状もすべて私が望んだことだ。
何かが脳内で叫んでいる。
殺せ、進め、正義を執行しろ……それに従った。
あの過去に償いができるのであれば、と信じた。
私の手にあるのは、【太陽の槍】である。
槍から与えられた使命は『正義』。
間違いを正すために、私は存在するのだ。
不穏分子は殺す。私の邪魔をするノア・フランシスは消す。
でも足りない。
幾度も刃を交え、確実に殺したと思えてもノアは這い上がって来る。
奴を殺す覚悟が足りない。
あぁ、許せない……。
ミネルバはノア・フランシスを信じた。だから、彼に戦いを委ねた。
逃げたのだ……それを見た私の中で、とある感情が湧いたんだ。
羨ましい。
私が責任から逃れることは絶対に許されない。正義を死ぬまで全うしなければ。
だからあの鳥を殺そうとした時、ノアは『家族』と言った。
心底、嫌な言葉だった。殺してしまいたい。
ああ、殺してしまおう。
槍を握りしめる。
必要なものは、殺す覚悟だ。
ノア・フランシスを確実に……仕留める一撃を。
*
「【
燃え滾る、蒼い炎が空を包んだ。
魔を祓い、世界を浄化する炎である。
自身も魔族を宿すオリヴィアにとって、その炎は命を削る。
炎が当てられた空は、青よりも蒼く輝いていた。
地上からその光景を眺めていた人々が騒ぎ立てた。
戦っている人物が誰かは分からない。
「それ、オリヴィアも辛いだろ」
「ハハハ! この場において、貴様は自分よりも他人の心配か!」
オリヴィアは思う。
(ノア、この槍の力は貴様がよく分かっているはずだ! 広範囲攻撃……この空中では躱すことはできないぞ!)
ノアは考える。
(空中で追尾する槍を躱すことは不可能だ。障害物がないのだから、正面から受け止めるしかない!)
思考が重なる。
((この一撃で終わりだ))
「貫く────ッ!!」
オリヴィアが槍を構え、突進する。
雲を貫き、風の輪を形成していく。
ノアが構える。
「────ッ!」
(オリヴィア、神速抜刀並みに速い……!)
新しいスキルである『第六感』が危険信号を発している。
触れてはならない。回避は不可能。
どれも矛盾している。
回避はできない癖に触れるなと言う。
(手元を『氷魔法』で補助……! 踏ん張りを利かせるために『虚空魔法』で足元を固定させる……!)
蒼い炎は槍の効果を倍増させている。
範囲の拡大だけでなく、威力の増加にも繋がっていた。
神速よりも早い槍に、ノアは集中する。
(ここだ!)
飛んできた槍を正確に、かつ広範囲に氷魔法を展開させて威力を和らげる。
ガキンッ……! と金属音が響き、大爆発が起こった。
「蒼き炎は例外なく、物体を消滅させる……ノア・フランシス。終わりだな」
(この技は、私にも大きな負担を強いる……早く休まねば……)
オリヴィアは槍を引き抜こうと、引っ張る。
だが、槍は微動だにしない。
「……? ……!?」
煙幕が散ると、槍の先にノア・フランシスが居た。
「なぜ生きている!?」
オリヴィアは、驚愕して眼を見開く。
ノアは確かに、青い炎に包まれている。確かにダメージも受けている。
それでもなお、立っている。
「こんなんで燃えるほど……俺の筋肉はやわじゃない」
(なんだ、なんなんだコイツは!)
「よし、折る!」
「離せ……! くっ……離せこの!」
ノアが槍に手を掛けるも、そう簡単には折れない。
「うおらぁぁぁっ!」
(身体強化を使ってるのに折れない! まだ筋肉が足りないのか!)
少し前の引っ張り合いでも勝てなかった。
あれ、凄い悔しかったんだよな。
だから、今度こそ折る。
「死にぞこないが……! 神の槍を人間が折れる訳ないだろう!」
(折る! ここで折る!)
パキッ、パキ……と嫌な音がオリヴィアの耳に届く。
(貴様も傷は酷いはずなのに、なんだこの音は……まさか、まさか!)
ノアは自分に言い聞かせる。
(一度目の失敗は良い! そこから反省を得て二度目は成功させる! もっと絞り出せ! ここで、ここで決着を付ける!)
音が大きくなっていく。
(まずい折られる……! こんな男に……こんな男に!)
必死に抵抗するオリヴィアを無視し、ノアは容赦なく力を入れた。
「オラァァァッ!!」
パキ……パリン……ッ!!
酷く嫌な音を響かせ、槍が折れる。
その瞬間、二人は光に包まれる。
【太陽の槍】が貯めていた莫大な魔力の放出が起こっていた。
それは行き場を失い、大爆発を引き起こす。
バァァァン────ッ!!
地上にいたセシルが叫んだ。
「ノア!!」
地上からではノアの安否は確認できない。
爆発が収まると、二つの物体が空から落ちてくる。
次第にそれがノアとオリヴィアであることを認識する。
ノアはオリヴィアを抱きかかえ、頭を庇うように落下している。
そうして小さく呟く。
「リオン先生……」
その声にこたえるように、地上から影が走る。
「影魔法流剣術……弾影」
ノアの落下する地点に、巨大な影のクッションが形成される。
そのまま影のクッションへ落下したノアは、無事に生還するのであった。
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