第56話 おっぱい



 それは一瞬の出来事であった。

 『虚空魔法』で相手のスキルを崩し、『氷魔法』で凍結する。

 

 【十二の魔法使い】は咄嗟にスキルを使い、身を守るも『虚空魔法』で崩される。


 氷漬けにされ、その場にいた誰もが思う。


(((あの一瞬で、立場が逆転した────ッ!!)))


 *

 

 俺は静かに視線を落とす。

 どうやら、第六感というスキルが入手できたようだ。


 専門家ではないが、第六感はいわば霊感に近いスキルだ。

 見えない物や電波を受け取ったり、勘とも言われている。


 『並列思考』のリソースをすべて集中に割いたことで目覚めたのか。


 ふーん……空間把握の役割も持っているんだな。いつもより視界がクリアに見える。


 ただ、身体強化と並列で使おうとするのは難しいかもしれない。


 これの訓練は必須だな。同時に使えた方が良い。

 

 第六感による魔力波長の操作……勘でやってみたが、うまくいった。


 俺のイメージとしては、ネジをくるくる回した感じだ。ビビッと反応があった場所で止めたら魔法が使えるようになった。


「……ノア……やはりお主……」

「うん? なに、スオ」


 スオが頬を引き攣らせて驚いていた。

 それほど大したことはしていない。

 

 地下空間を氷で閉じ込めてしまえば、【十二の魔法使い】は捕らえることができる。

 殺すことはしない。あくまで彼らはアーサーの強化で必要な素材だ。


 それに、後味も悪いしな。


 あと裸のせいもあるだろうけど……。

 吐いた息が白くなる。


「寒っ」

「寒いならなぜ氷魔法を選んだのだ……」

「虚空魔法と組み合わせれば、溶けない氷になるからね。それは実験済みだよ」


 氷は不純物が入っているほど溶けやすくなる。

 その原理を利用し、『虚空魔法』ですべての不純物を消し去る。一緒に使うことで氷の強度、零度を極限まで高めることができた。


 だから、彼らはこの八寒大牢獄からは逃れられない。


 ただ一人を除いて。

 

「スオ、もう離れてた方が良い」

「よ、良いのか……!?」

「うん、ありがとう」

 

 スオが羽ばたいて飛んでいこうとする。

 

 その刹那、閃光が走る。


 俺が放った氷の牢獄から、槍が飛んできたのだ。


 その軌道はスオを狙っていた。


 スオが叫ぶ。


「ひょえっ!?」


 穂が寸でのところで止まる。

 俺が槍を掴んでいた。

 

 氷魔法を手元に展開することで、触れてることは避けている。


 オリヴィアの冷静な声が響いた。

 

「本当は魔法使いか、貴様」

「いや、違う」

「ははっ、なら規格外だな。信じられんよ」


 刃を交えながら、俺は理解しつつあった。

 オリヴィアは、何かが狂っている。


 ミネルバの様子から見て、彼女を助けようとしていたのは言うまでもない。

 昔は仲が良かったはずだ。


 オリヴィアがなぜここまで変わってしまったのか。


 その理由を知る……必要はないな。


 迷ったら負ける。


 魔力制限もない今、やることは互いに一つだ。


「その鳥がそんな大事か? せっかく串焼きにしてやろうと思ったのに」

「スオは俺の家族だ」

「ノ、ノア……」

 

 スオはフランシス家で引き取った。その責任は最後まで俺が見る。

 その覚悟がなければ、この場に立ってなどいない。

 

「来いよ、オリヴィア」


 軽い口調で笑う。

 

 スキル第六感。

 どこまで通用するか、俺も確かめたい。


 息を整える。

 

 落ち着け。

 

 条件は分かっている。


 俺が直接触れることは禁止。

 相手はまだ手を隠している。


 傷も見受けられない。それでも、オリヴィアだって慎重になるはずだ。


 俺が『虚空魔法』を使えるようになった以上、前よりも積極的には攻められない。


 勝利条件は単純、どちらかが倒れるまで────いや、もっと簡単な方法があった。


「【太陽の槍】」


 俺の手から槍が引き寄せられていく。


「行かせない」


 槍を掴んだまま、踏ん張る。

 ぬおっ、うおおおっ!


「き、貴様っ!? 何を考えている!? 私の槍を離せ!」

「嫌!」


 この槍さえ奪ってしまえば、こちらの勝利は確定だ!


 氷魔法で手元をカバーし、足元も固定!

 他の魔法も使えるだけ使い、引力に逆らう。

 

「筋肉ゥゥゥッ!!」


 全然衰えねえ! 引き強ッ!


 糸や物理的に引っ張られているのではない。かといって、魔法の力ともかけ離れた引力によって、俺の身体は宙に浮いた。


 引っ張られないように、渾身の力を込めていたはずだ。


 だが、それが逆にバネの役割を果たしていた。


 ヒュンッ……! バァァァンッ!!


 一瞬にして視界が暗転する。

 槍の溜まった反動によって、俺とオリヴィアは共に宙を浮いていた。


 槍は……! よし、まだ手放してな……。


「えっ?」

「あっ」



  

 その光景を見ていたスオは、呆れていた。


「何をやっているのだ、ノアは……」

 

 おそらく、この場にセシルが居れば叫んでいただろう。


 自身の婚約者が、見知らぬ女性に突っ込んで、顔を胸に押し付けている。

 ミネルバと同じ白銀に、より年上でもあったオリヴィアはさらに大きかった。

 

「はぁ……まったく」


 そもそも、神の槍を奪おうなど常識外れであった。

 踏ん張るなどということすら、思いついても実行しようとはしない。


 その結果が招いたアクシデントが、目の前で起こっていた。


 激戦のさなか、ノアがオリヴィアの胸に顔を埋めている。




「っ!?」


 お胸、柔らかい。

 それが俺の偉大なる感想であった。


 咄嗟に距離を取る。


 俺の恥じらいなど他所に、オリヴィアは無表情を貫いていた。


「なんだ貴様……童貞か」

「ど、どど、ど、童貞ちゃうわ!」

「……ふっ」


 俺は筋肉に童貞を捧げている。つまり経験者だ。

 鼻で笑われる筋合いはない!


 ちょっと傷つくんだぞ! そういうの!


 俺が悔しがっていると、オリヴィアが攻撃を再開する。


「一度も経験せずに死ぬとは、憐れな男だ」

「そういうあんたは、聖女の癖にあるのかよ……」


 てか、なんでそんな話してるんだ俺は……。

 これ、仲良くなってからする話じゃないのか? 


「残念だが、私は処女だ……穿て、【天創衝天フラガラッハ】」


 え? じゃあこいつ、なんで俺のこと笑ったの……?

 酷くね? 


 スキル────第六感、発動中。


 脳内で警告が響いた。

 その瞬間、空間を地響きがするほどの爆風が包む。

 

 八寒大牢獄が吹き飛ばされ、天井から太陽の光が差し込んでいた。


 そして、俺とオリヴィアは地下空間から飛び出した。


 *


 地下空間は、剣術大会会場の下にある。

 その地上である会場で、司会者が選手を説明する。


「剣術大会第二回戦! 次の対戦は、地方で伝説のBランク冒険者! その実力は折り紙付き! 王国騎士にも並ぶと言われているザニア選手!」

「うおおおっ!」


 屈強な大男が叫ぶ。


「いけー! ザニア~!」


 観客の熱狂ぶりは、会場全体に響いている。

 ノアとオリヴィアの戦闘による地響きも、自分たちによるものだろうと人々は考えていた。


「ザニアの対戦相手は、優勝候補の一人! 【星天】の異名を持つセシル・エドワード!!」


 さらに嵐のような歓声が響く。

 ザニアがあざ笑うように、口角を歪めた。


「天下無双の俺に、前回優勝の貴様相手だ。おもしれぇ」


 セシルの金髪が揺れた。


「天下無双って……田舎ですよね」

「あぁん?」

「一回戦目の対戦相手の骨も全部折ったとか……剣に誇りがないのであれば、握るべきではありません」


 会場が揺れ始める。

 その振動はゆっくりと、だが着実に大きくなっていく。


 観客は小さな揺れに気付くことはない。


 そして、衝撃はやってきた。


「女の癖によく言うじゃねえか! お前の骨も全部折って分からせてやるよ……今から泣き顔が楽し─────」

 

 バァァァン──────ッ!!

 

 突如、ザニアの真下から会場の床がぶち抜かれる。

 天高く舞うザニアと、砂煙に観客と司会者たちが叫んだ。


「「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」

 

 セシルが数歩下がる。


「な、何事ですか!?」

 

 目の前で起こったことを理解するよりも先に、空高く何かがいることに気付いた。


「……え? ノア……?」


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