第55話 激戦③


 ────聞いていた話と違う。


 それが気絶する直前に思ったこと。

 最初に倒された【黒縄の魔法使い】は、気絶から目を覚ます。


「はっ!」


 まるで高速で押し寄せる壁に激突されたような痛みと、はっきりとしない意識の中、単身で突っ込んできた男を確認する。


 ノア・フランシス。


 ただの子どもである彼に、苦戦を強いられている。

 研ぎ澄まされた肉体を見せつけられ、眼を奪われる。

 

 ここまで仕上がった肉体を見たことがない。

 それに対抗できる存在は、オリヴィアしかいない。


 そのはずなのに……と【黒縄の魔法使い】は思う。


「誰も……攻撃が当たらない。身体能力だけで躱しているのか……?」


 化け物。そう言葉が漏れそうになった。

 

 ノアから受けたダメージが大きすぎるため、もはや戦線に戻ることはできない。

 

(この空間の魔法は封じた! スキルしか使えない! それでもなお、我々の総力を持ってしても届かないというのか……! この一人の男に)


 呆然と、その光景を眺める他なかった。

 

 *


 攻撃を回避しながら、スオがノアに魔法を教える。

 スキルによる連携攻撃や連撃、それらすべてを距離を取りいなす。


 とてもではないが、簡単なことではない。


 【十二の魔法使い】の戦力は、一つの王国を潰すには十分すぎるほどの力を持っている。

 それを単騎で相手し、あまつさえ凌いでいる。

 

「よく考えてみよ、ノア。お前の師であるリオンはなぜ影魔法が使えた?」

「……そういえば、リオン先生は魔法が使えてたね」


 他にも、ミネルバを攻撃する時に影魔法を使ったやつがいた。

 影魔法は普通の魔法とは違う。

 

 影法師の一族でなければ使うことができない魔法だ。


「奴らの魔法は影を走る。空中ではない」

「……どういうこと?」


(うーん、勉強の話になってきたな……よく分からないから嫌なんだけど)

 

 ノアは魔法の原理をそこまで理解していない。おそらく、フレイシアやスオの得意分野なのだろうと思う。

 ノアは体術や剣術を中心に戦いをする。が、この空間においては近距離戦は相手のスキルを諸に喰らう可能性があった。


(下手に近距離戦をして【支配】みたいなスキルで脳を支配されると厳しいからね……)


 そのため、魔法を使う必要性があった。

 

「空気中の魔力の話だ。この空間において、地中に存在する魔力は障害の影響を受けない」

「なるほど……」


 簡単に言えば、ファイアやサンダーといった外に作用する魔法は、空気中の魔力が結合せずに発動しない。それを阻害されている状態が今であった。


「理解はできても、解決はしないよ。うおっ! あぶね」


 攻撃を躱し、さらに大きくノアが後退する。

 スオは自慢気に言う。


「我にしか出来ぬこと。それは魔力波長だ」


 スオは魔力の波長を合わせることにおいて、天性の才能を持っていた。

 人間が魔族から姿を隠すために産み出した『気配察知』を無効にする魔妨害鉱石も、スオの前では通用しない。


「妨害されている波長を体内で調整し、魔力を結合させる。そうすれば魔法が使えるぞ」

「あぁ、そういうこと……」


(アンテナの周波数を変えるイメージだろうか。って、そんなことできるのか?)


「ふふんっ、不可能であろう? 我にしか出来ぬことだ」


 スオは翼を腰に当て、自慢気にしている。

 ノアが半眼で見上げた。


「それ無理じゃん。魔族じゃないと、しかもスオにしかできない芸当だよ」

「言ったであろう、我にしか出来ぬと」

「まったく……」


(人間がテレビの電波を感じ取って、その周波数を変えろと言っているようなものだ)


 スオが言う。


「ノアでは不可能だ」


 きっぱりと告げると、槍が飛んで来る。

 閃光のような軌道で確実にノアを狙う。


「この攻撃が一番面倒臭い……」


 ノアは『虚刀術』で分身を作り、攻撃をいなす。

 オリヴィアの冷徹な声が響いた。


「まだ話しているのか?」

 

 ノアが地面に足を着けると、周囲を【十二の魔法使い】が囲む。

 オリヴィアが鼻で笑った。

 

「はっ。大方、魔力周波の話だったのだろう? 無駄なことだ」

「魔法が使えた方が楽だからね」

「人間の身で、かつ魔法使いでもない貴様には無理だ。諦めろ」


 ノアの眉がピクリと動く。 

 嘲笑の声が漏れ始めた。


「その九官鳥だけでは我々には勝てない」


 スオが苦しい顔をする。


「うぐっ……」


 事実、この場において圧倒的劣勢な立場にノアは立たされている。

 援軍を呼んでもまともに戦える人間は少ない。


(……集中しろ)


 ノアが身体強化を解く。

 スオが首を傾げた。


「……? な、何をしておるのだ、ノア!?」


(並列思考に割いているリソースをすべて、第六感に集中させる……)


 オリヴィアが呟いた。

 

「身体強化を解除した……? 何のつもりだ、諦めたか?」


 今のノアは、身体強化(特殊)を解いている。

 今まで回避できていたのは魔力を使わない身体強化(特殊)のお陰である。


 それがなくなった今、ノアに攻撃が当たるチャンスであった。


 ────今しかない!


 ノアが何を考えているか分からないものの、【十二の魔法使い】は全員飛び出した。


 スオが酷く焦った様子でパタパタと頭の上で羽ばたく。


「ノア! ノア!?」


 しかし、ノアは動かない。

 

(届かないのなら……届くように努力する。それが俺の信条だ)


 諦めろ、と言われた。

 不可能だと言われた。


 そんなこと、昔から言われ慣れている。

 だが、俺はかなりの負けず嫌いだ。

 

 無理って言われて諦められるのなら、初めから努力なんかしちゃいない。


 集中……集中……と、意識を暗闇の奥へ落とし込む。

 第六感でならば、感じ取れるはずだ。


 魔力の本質を────波長を合わせろ。


 そうして、ノアは指を弾いた。


「「「ッ────!!」」」


 *


 突如、空間が歪む。

 ノアの吐いた息が白くなる。


 その空間一面が銀色の世界へと変貌した。

 スオが目を見開いた。


「ッ!! なぬ!? ま、マジか……こ奴……!!」


 ────『虚空魔法』×『氷魔法』。


「八寒大牢獄」

  

 一瞬にして、地下空間をノアが支配した。




───────────────────

お久しぶりです。

他の締め切りがひと段落付きそうので、ようやく更新できました。

書いてて楽しいから、もっと筋肉書きて~。


明日4/18日

私が漫画原作の

【世界最強の執事】第二巻が発売されます~。


買ってくれると応援になりますので、よろです(ピース)。


あと、よかったら下の星ください。嬉しいです。


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