第53話 激戦①


 この世界の歴史上において、【太陽の槍】を持つ聖女は二人存在した。

 大聖女、マルベール。農作物の聖女、オリヴィア。


 大聖女と呼ばれたマルベールは複数の聖遺物を所持し、魔法教会を作り上げた一人でもある。


 それに続くように、【太陽の槍】に選ばれたオリヴィアも、飢餓が続く地を旅し、人々を救って来た聖女であった。彼女によって救われた人々は、オリヴィアを天女と呼んだ。


 また、その行いは、まるで大聖女マルベールであると。


 ただし、歴史のマルベールは、史実とは異なっている。

 歴史を歪められ、改変させられた事実を人々は信じた。


 『晩年のマルベールは持病により亡くなった』のだと。


 魔法教会が歴史を隠ぺいし、大聖女の名前を守った。 

 そうして偶然にも【太陽の槍】を持つ者たちは同じ運命を辿ったのだ。


 マルベールとオリヴィアの共通点────どちらも、魔族と手を結んだこと。


 大聖女マルベールの最後の言葉を知る者は、もはやこの世界に生きてはいない。


 『この世界はこんなにも醜くて汚い。私の目指して望んだ世界とはかけ離れていた。だから、誰かが正さなければならない……私は、そのために魔族と手を組んだのだ』

 

 真面目で責任感が強く……誰よりもマルベールは慈愛に満ちていた。

 

 決して、狂気に染まった笑みを見せることはない。

 そう、歴史では語られている────。

 

「アハハハッ!! そらぁ!」


 オリヴィアが槍を投擲した。


 炎によって包まれた赤き槍が怒号を鳴らし、風を切り裂く。

 その余波で地面が割れ、穂が一直線にノアへ走った。


 オリヴィアとノアによる数回の衝突によって、空間を支える巨大な柱は何本も折られている。


 巨大な柱を貫いたところで、【太陽の槍】の威力が弱まることはない。


 ノアが思う。


(さっきから魔力がうまく練れないな……この変な空間のせいか。『虚空魔法』が使いづらい……なら、スキルか)


「『虚刀術』────虚影」


 灰色をしたもう一体のノアが出現する。

 性質はリオンが使う影魔法の『影分身』と同じであった。 


 虚影によって作り出したもう一体のノアが、槍に貫かれる。


(やっぱりあの槍、追従型だ。投げたら自動で狙ってくる……『瞬歩』での回避はしなくて正解だな。しかも当たるまで追いかけてくるし……ッ!?)


 ノアは見てしまう。【太陽の槍】に直撃した分身が、槍に吸い込まれて行く。


 そうして塵となって消えた。まるで太陽の光で焼かれたように。


(虚影は俺と同じくらいの強度がある。影分身と違うのはそこが強いからだ。それを一瞬で……触れたらヤバいかもな)


 魔力耐性があっても貫く槍、とノアが認識する。


「分身か! 小癪だなぁ!」


 槍が軌道を描いてオリヴィアの手に戻る。

 その類まれな造形美の槍に、オリヴィアは恍惚とした笑みを漏らす。

 

「美しいだろう……私の槍は」


 聖遺物ブリューナク。

 かつて太陽の神が使っていたとされる、伝説の槍。

 

 それを持つ者は世界を照らし、正しい道を示すと言われている。


 その槍とノアは数回だけ刃を交えた。たったそれだけの戦いで、既にこの空間は半壊状態である。


 ノアがようやく、地面に足を着く。


 槍の投擲によって破壊された柱が、一気に音を立てて崩れ始めた。


「どうかな。俺には酷く、歪に見えるよ」 

「侮辱するか、お前」


 煽ったつもりはノアにない。

 ただ純粋に、ノアは歪だと思っていた。


(槍から距離を取ると投げられる……)


 ふと視線を背後に向けた。


 ミネルバが唖然とした表情でその戦いを見ている。


「凄い……」


 そう声だけ漏らし、口を開けている。


 ノアの視線が鋭くなる。

 

(他の人を巻き込む可能性もあるな。他の【十二の魔法使い】も邪魔だ。ミネルバを守りながら戦うのも簡単じゃない)

 

 スキルに思考を回す。


「『虚刀術』……二刀虚絶」


 ノアの手に、もう一本の虚で作られた刀が出現する。


 『並列思考』、『観察眼』、『身体強化(特殊)』……。


 続々とスキルを無言で発動していく。


 届かないのなら、届くように努力する。それがノアの信条である。

 

「その程度で……」


 『身体強化(特殊)』はかつて、第三十三代魔王スオとの戦いで使用した。

 反動が大きく、ノアもあまり好んで使うことはない。

 

 その瞬発的な身体能力の向上を……オリヴィアは知らない。


 虚刀術で作られた刀が飛んで来る。


「ッ!!」


 オリヴィアは冷静に槍で弾く。

 火花が散った。


 刀を弾いた先に、ノアの姿はない。


「どこに────」


 オリヴィアの視界が暗転する。

 ノアは誰の視界に映ることなく、オリヴィアの横顔を蹴り飛ばした。


 爆音を響かせ、オリヴィアの体は柱に衝突する。


 砂埃が舞った。


「美しさなら、俺の筋肉も負けちゃいない」



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ちょっと書くのむっちゃ時間掛かるので、更新ペースもっと遅くなります。

(2日じゃ間に会わぬ……)

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