第52話 とんでもない奴ら/No1


 全ての組みの一戦目が終わり、観客は王都の日常へと戻っていく。

 その戦いの噂は素早く広まって、各々思ったことを口にする。


 その日、観客たちは酒場で騒ぐ。


「お前、初戦見たか?」

「あぁいや。興味なかったから、見なかったわ。なんか凄かったんだろ?」

「何が起こったか何も分からなかった……」

「マジか。俺はセシル・エドワードの試合だけ見たわ。やっぱすげえ剣筋だよなぁ」


 そうして、一部の観客たちは集まって意見をまとめた。

 誰が最も強いか。今年の優勝者は誰か。


 ・ノア・フランシス。

  初出場にして、何が起こったのか誰も分からない。今年のダークホース枠。

 

 ・セシル・エドワード。

  初戦は王女であるクレーと剣を交えるが、無事勝利。

  お互いに美しい剣術であり、流石との賞賛の声。


  今年の優勝も彼女で決まりか。


 ・聖女・ミネルバ

  初出場にして、ノア・フランシスと同じく何が起こったのか不明。じゃがいもで対戦相手を倒す。

  観客の一部が「じゃがいも」と謎の洗脳が発生していた。


  第二のダークホース枠。


「……予選だと、勇者アーサーも相当凄かったらしいぞ。狂犬ってあだ名が付いてるしな」


 今年はヤバい。いつもと何かが違う。


 *

 

 剣術大会の地下室。 

 そこは大きな空間になっており、巨大な円柱の柱が何本も立っていた。

 

 小さな蝋の明かりだけが頼りで、天井まで光は届いていない。


 会場を支える膨大な空間の地下室を知っている者は、関係者の一部しかいない。


 ただ広く、静かな場所で……聖女ミネルバは人影を目にする。


 水滴が落ちる。ピチャ……とその音が響いた。


「ここで何を、しているのですか」


 その人影は、槍を背負っていた。

 【十二の魔法使い】のNo1が持つ槍。


 ミネルバには、その槍が重荷に映る。


 重さの話ではない。

 まるで担ぎたくもない物を担がれ、仕方なく持っているような……可哀想に見えたのだ。


「ミネルバ。お前こそ、なんの用だ」

 

 愛想のない声音でも、ミネルバは気にしない。

 

「とても、とても懐かしい気配を感じたので、その確認です」

「そうか。相変わらず大層なことだ……魔法教会の犬め」

 

 ふと、ミネルバはその人物をノア・フランシスと比べてしまう。


 お互いに比肩するほどの力を持ち、世界を統べるに相応しい者たち。だが、ノアの周りにはいつも誰かがいる。

 その明るさと比べて……槍を背負った彼女はとても暗かった。


「ここは、息苦しいな」


 彼女がフードを脱ぐ。そこには白髪の女性が居た。

 ミネルバが言う。


、ノア様に手を出すのはやめてください」

「聖遺物に選ばれた時点で、私は使命を果たすのみだ。奴も例外ではないだけのこと」

「今のお姉様は一人で暴走しているだけです。戻ってきてください……農作物を司る、太陽の聖女として」


 太陽の聖女と血の繋がりがミネルバにはあった。

 自分の姉が目の前で魔法教会を裏切り、【十二の魔法使い】で悪行を働いている。

 

 到底、ミネルバには許せることではなかった。


 だが、それを姉である彼女は鼻で笑った。


「魔法教会が間違っているから離反した。正義が私にあると信じたから【十二の魔法使い】を作った」


 サー……と、ミネルバの瞳から明かりが消えて行く。


「お金で人を殺すことが正義ですか」

「金の循環は国の血流だ。誰かが動かさねばならん。誰かが何かを作り、法を作り、新しい制度を作る。それによって人が動き、金が動く。それで経済が回るのだろう? 金で子どもは豊かになる」

「御託を並べて正当化しないでください」


 狂っている。 

 その考えは絶対に間違っている。


 どれだけ御託を並べようとも、人を殺して良い筈がないのだ。


「話し合いは無駄だと分かっているだろ。ミネルバ」


 それでも、ミネルバは話し合いで止めたかった。


「あなたが何をしようとしているのかは知りません。でも、ノア様やこれ以上他の人を巻き込むのなら……聖女として、その務めは果たします」


 自身の聖遺物であるじゃがいもを取り出す。

 

 乾いた笑い声が響く。


「はっはっは……過去に数度、聖女同士がぶつかった歴史があるが……その結末はどれも悲惨な物だ。どちらかが必ず死に、国が滅びた」


 神が残した物の遺物。その衝突は、神同士の戦いに等しい。


「【太陽の槍ブリューナク】」

 

 槍を手に取る。


 そうして、彼女はミネルバに対して正面に向いた。

 

「なぁ……ミネルバ。お前は、こんな私でも姉さんと呼ぶのか?」

「────ッ!?」


 彼女……姉オリヴィアの半身は、既に人間のものではなかった。

 嫌悪感でミネルバが数歩下がる。


「何を……したんですか……」

「少々魔族からお力を借りたのさ。ノア・フランシスの試合を見て思った。あれは今のままでは勝てない。確実に葬る必要がある……その用意に時間が掛かってしまってな」

「そこまでして……!」

 

 明るかったオリヴィアの姿は既にない。

 そこにあるのは、化け物となった自身の姉だ。


「邪魔をするのだろ? ミネルバ……なら、お前も殺るか」


 初めて姉に向けられた殺意。

 自分は止めるつもりでいた。その認識の甘さが、ミネルバにとって恐怖を掻き立てる。


 仲の良かった姉。明るい笑顔を見せていた姉の姿はもうない。


 目の前にいるのは、力に溺れ、何を考えているか全く分からない化け物だ。


 止めねば。誰かがオリヴィアを止めねばならない。


「私がここでお姉様を……」

「足元を気を付けろよ。そいつは手癖が悪いんだ」

「なっ!」


 自身の足が影に沈んでいることに気付く。


(これは影魔法……!?)


土豆塊どとうかい!」


 自身の目前に四角く均等に切り分けられたじゃがいもを足元に出現させる。

 それが積み重なっていく。


 天井が高いことを活かし、まずは距離を取る。


(影魔法は引きずり込まれると抵抗ができなくなる……!)


「上も見た方がいいな。ミネルバ」


 オリヴィアの声に気付き、上を見上げた。

 そこには、複数のローブを羽織った魔法使い達がいた。


 全員、【十二の魔法使い】である。


(魔力が練れない! 聖遺物……!)


 全ての動きが間に合わず、ミネルバは攻撃を直撃する。

 

「きゃぁっ!?」


 斬りつけられ、服が破け散る。


「不思議だろう、ミネルバ。魔力がうまく練れない。お前の聖遺物も鈍い。当然だ、この場所はそのために用意した」


 『気配察知』を無効にする魔妨害鉱石と似通った物を使った空間こそが、この地下室であった。

 ノア・フランシスと戦うための空間。

 

「魔力を封じ、我々で襲いかかれば良い。ミネルバ、お前はなぜかノアと仲がいいからな」


 そのために、最初からわざとミネルバに気配を察知させた。


「お前は、餌だ。正義のための犠牲なのだ」


 ミネルバは涙を浮かべて行く。

 自分はただ、姉を止めたかった。数年間も会うことが出来ず、ようやく会えたかと思った姉の変貌に、恐怖した。


 自分が初めて好意を抱いた相手を、自分のせいで危険に晒す。

 その悔しさと、虚しさ。


 下唇を噛み締め、覚悟を決めようとする。


(覚悟が甘かったのですね……)


 死んででも止める覚悟が必要だ────。 


「ミネルバよ……しばし眠れ」

 

 【太陽の槍】が振り下ろされる。

 

 その刹那、かなり遠く小さな声が響く。


「影魔法流剣術────影伸法師……ノア様、お気を付けて」


 ミネルバの足元に影が走る。


 影魔法の使い手は、オリヴィアの仲間だけではない。

 ノアの師匠、リオンも影法師の使い手である。


 その専門分野の人間が、影魔法の発動を感知できない筈がなかった。


 黒く淀んだ空間から、ノアが現れる。


「────ッ!! お前は!」


 槍が弾かれる。


「ノア・フランシスッ!! 来たか!」


 ノアもまた、常に『気配察知』を広範囲に使っていた。

 

 オリヴィアのことは探知が不可能でも……他の【十二の魔法使い】であれば話は別である。

 この地下空間に入って複数の気配が消えた。ならば、ここだと決定づけるのは容易いこと。


 影から出現し、オリヴィアの槍を弾いたノアが呟く。


「やっと……見つけた。ストレスの原因」


 ストレスを感じ、寝不足気味となり、筋トレに支障がでていたノアは……少々苛立っていた。

 

 バサッと、ノアが服を脱ぐ。

 それを泣きかけているミネルバに被せた。


「ノア様……?」

「どっちにしろ俺は脱ぐからね。服が破けた状態じゃ、恥ずかしいでしょ」

 

 オリヴィアの口元が歪む。


「少々想定とは違うが、構わんか。我ら【十二の魔法使い】の宿敵よ、ここで別れだ」

「宿敵か……本来はアーサーで俺じゃないんだけどね」


 ミネルバが、ノアの服を握りしめる。


「ノア様……私がオリヴィアを止めるのです。どうか邪魔は……」

「大丈夫!」


 ノアが振り返って微笑む。


「俺に任せてよ。ただの姉妹喧嘩でしょ!」


 ミネルバの瞳に明かりが戻っていく。

 

(やっぱり……ノア様は……私の、光)


 オリヴィアが告げた。


「【太陽の槍ブリューナク】、正義を執行する」


 殺し合いを始めるはずの空間で、それを見ていたミネルバ、オリヴィア達は思う。


 ノア・フランシスから一切の殺気を感じない────。

 

「ここなら、全力で暴れても問題なさそうだ」


 

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