第51話 本選の初戦
王都の街中で、外食を済ませた俺たちは街中を歩く。
セシルが、たまに後ろを振り返っては幼女であるシュコーを気にしていた。
「私、負けない! お前ら、敵!」
シュコーが屋敷に連れて来られてから、彼女の面倒はアーサーが見るようになっていた。
朝起こして朝ごはんを用意したり、昼はお昼寝させ、夜は絵本を読み聞かせる。
アーサーは意外と面倒見が良いようで、世話を欠かしていなかった。
「可愛いな! シュコー! ほら、高い高い」
「うぎゃー! やめろ! 降ろせ!」
「怪我が治ったら降ろすぞ~」
アーサーがシュコーを肩車し、ポコポコと頭を叩かれている。
うーん、完全にこれは可愛がっている。
アーサーの足元を歩いているデブ助は不満げに「にゃ、にゃ、にゃ」と鳴いている。
大抵の不満は食べ物で許すデブ助でも、こればかりは許せないらしい。
「アーサー! 私も抱っこするニャ!」
「おう! 任せとけ!」
デブ猫を片手に、空いたもう片方に幼女を抱っこする。
「アーサー……お前、それで良いのか?」
「何が? ノア、変なこと言うんだな」
変なのはお前の両手にいる奴ら!
デブ猫と幼女ってどんな組み合わせだ。
まぁ、本人がそれで納得しているのなら構わないんだけどさ。
少々羨ましそうな眼付で、セシルが「はっ!」と何かに気付く。
「ノア……私も、その……手で良いので」
「足でも怪我した? おんぶする?」
「……違います」
あれ、心配したけど違うらしい。
手だけ握ってどうするんだろ。
おんぶしても大丈夫なんだけどなぁ、スオは俺の頭に乗せてるし、九官鳥状態だけど。
「キョエー! 人間の食べ物美味い!」
スタスタと歩いていると、抱っこされることに慣れたシュコーが言う。
「ノア……お前、呑気」
「そうかな?」
「No1が、お前、狙ってる。いつ来るか、分からない」
それは分かっている。
呑気に俺がアーサー達を連れて外食しているのも、理由がある。
それを理解していたスオが、流暢に喋り出してしまう。
「馬鹿な小娘だ。常に動き続けてこちらの動きを探らせる。ノアは、その動きを感知し狩るつもりなのだぞ」
「ノアの鳥、賢い」
「あっ、キョエー!」
「急に馬鹿になった」
そんなやり取りをしながら、剣術大会の会場に到着する。
「ノア様」
「リオン先生、お待たせしました」
「大丈夫です、本選の対戦相手が出ましたよ」
予選はすべて終えて、これから本選が始まろうとしていた。
あれから数日もの間、結局【十二の魔法使い】達からの急襲はなかった。
準備しているような感じであったものの、こちらから探すこともできないし、見つけられない。
リオン先生が裏で動いて情報を集めているものの、No1についてのことすら分からなかった。
シュコーに聞いてみたものの、能力や名前は知らないそうだ。ただ、【
聖遺物……だろうか。どこかで聞いた覚えがあるのだが、思考すると筋肉が邪魔をする。
仕方ない、もっと筋トレするか!
トーナメント表を見る。
50人近い人がいる中、一番最初の名前が目に入る。
ノア・フランシス-VS-ツヴァイ・エビルインライト
「あ、初戦は俺か」
「これはノア様の威厳を示す時が来ましたね」
「えぇ……別に俺、威厳示したくないですよ」
他にもセシルは自分の名前を確認していく。
「あっ……私、クレー様とだ。順調に勝ち進んで行けば、決勝前で……じゃがいも聖女と当たる」
セシルが自身の拳を握りしめていることに気付く。
どうやらセシルたちとは結構離れた位置にあるようで、俺は知り合いの誰とも対戦相手は被らなかった。
うーん、ちょっと残念だけど、まぁ良いか。
アーサーが笑顔で告げた。
「ノア! 俺の分まで頑張ってくれよ!」
「分かった。頑張るよ、アーサー」
アーサーはこの前の戦いで怪我を負い、それが治っていないから無茶をしないと決めたそうだ。
身体を労わる。それはとても重要なことだ。
デブ助が、会場限定の肉まんを食べていた。
「あむあむあむ……」
「おい、邪魔だぞデブ猫! フンッ!」
「ニャッ!?」
デブ助が蹴られて、ベチャッと床に肉まんが落ちる。
「ニャ~!! 肉まんが~!」
シュコーが駆け寄る。
意外と二人の関係は良好なようで、シュコーも元【十二の魔法使い】であるデブ助を仲間だと認識しているようだった。
デブ助がペットにされて可哀想、と思ってそうな気がするのは気のせいだろうか。
「デブ助、大丈夫か?」
「肉まん……」
涙目になって、デブ助が落ち込む。
「お前、失礼だ。デブ助、蹴るな……」
少々怒りを見せ、殺気を放つシュコーに対し、青年が睨みを利かせた。
「ハッ! 薄汚いブタ猫と小娘がッ。僕を誰と心得る! 僕はツヴァイ・エビルインライト! エビルインライト家の次期当主だ!」
シュコーが首を傾げた。
「エビフライ……?」
「エビルインライトだ!」
傲慢な態度で、自尊心の強そう青年だ。肩にお洒落ぶって白い毛皮のマントを付けている。
「薄汚いブタ猫が邪魔だったのでな、蹴っただけだ」
「お前、さっきから汚い汚いってッ────」
俺は少し嬉しかった。シュコーは俺達と敵だというし、アーサーに対しても反抗的だけど。
ちゃんと仲間を大事に思っている所があるんだ。
家族や仲間を捨て駒やただの戦力とは思っちゃいない。
「シュコー、任せて」
「ノア?」
俺がシュコーの傍による。
対面する青年は、俺の顔を見て驚いた。
「ほう! これはフランシス家の次期当主じゃないか。ちなみに、僕と君は対等の階級の人間だ。文句を言えると思ったかね?」
「言うつもりはないよ……ただ対戦相手として、よろしく」
手を伸ばすも、思っていた反応と違うことが気に食わなかったようで、パンッと手を弾かれる。
「お前が魔族を撃退したことは知っている。だが、どうせ強い護衛でも雇っていたのだろう。クズ貴族であると有名なお前のことだ、どんな卑怯な真似をするか分かったものではない」
あら、握手を断られてしまった。
まぁ、仕方ない。
久々にクズ貴族と言われて、そういう扱いを受けた気がする。
「僕はきちんと訓練を受け、強くなった人間だ。お前のように金だけで成り上がった貴族と同じにするな」
それだけを言い残し、エビフライくんは離れて行ってしまう。
ステータスは確認した。実力も把握した。
だが、油断はするべきじゃない。
「……一応、開始直前まで筋トレしとくか」
*
その初戦を、観客者たちは誰も期待していなかった。
解説の人間すらも、貴族同士の下手な試合であると考えていた。
「初戦から貴族同士か……去年もあったな。素人同士が剣振り合ってるだけのダサい試合」
「ハハハ! あったあった! 笑ったら怒られるもんだから、我慢してたわ!」
「正直、誰も期待してねえからなぁ。貴族なんてまともに鍛えてる奴の方が少ねえよ」
「やっぱ今年も【星天】セシルが優勝だろうな。去年圧勝だったし」
満員のこの催しは、もはや王国の三大イベントとも呼べた。
それだけ人気があり、人々は熱狂している。
一部の貴族たち以外に、観客は興味がない。
各々の想いを言葉に乗せて、ため息を漏らす。
早く初戦終わらないかな、と。セシルや手練れの戦いを見せろ、と。
誰一人として、ノアに期待などしていない。
「初戦はどう見る? お前」
「ツヴァイ・エビルインライトの勝利じゃねえかなぁ。一応、名門剣術家の出だろ? 性格はそこそこ悪いが……フランシス家ほどの悪名じゃない」
「だよなぁ、フランシス家はなんで出てきたんだろうな。魔族撃退の功績で調子に乗ったとか? どうせ運が良かっただけなのにな」
賛成、と一同が首を縦に振る。
「選手の入場です!」
やる気のない拍手が会場を包んだ。
余裕な笑みで、ツヴァイは堂々と真ん中に立つ。
「僕に対しての喝采か! 良いな!」
「……」
解説が続く。
試合の説明を行い、殺しはなしとのこと。
言葉は聞こえていたが、ノアは少し苛立っていた。
度重なる【十二の魔法使い】による奇襲、リオンやウィズの攻撃を簡単に躱したNo1という謎の人物。
常に周囲を警戒し、この会場にも紛れているのかもしれないというストレス。
おそらく、奴らはこれも作戦の一つに加えているのだろう、とノアが思う。
その作戦にうまく自分が乗ってしまっていること。
気にしないようにしていても、本人さえも気付いていない、無意識の焦りや不安。
セシルやリオン先生達を守るためとはいえ……。
「いい加減……鬱陶しくなってきたなぁ」
さっさとNo1を見つけて、叩き潰したい。
雑踏やゲラゲラと笑う声が聞こえる。観客席の人々はすでに、こちらに対して興味などない。
「開始ッ!!」
「行くぞノア! 僕の方が上であることを証明してやる!」
煙魔法、煙幕。
音魔法、超音波。
ツヴァイが二つの魔法を発動した。
ツヴァイが視界を使えなくするため、自身からモクモクと煙を出す。
さらに超音波の魔法を使い、耳を潰す。
実際、これで目と耳は使えなくなった。
「良いぞ~! エビルインライト家やっちまえ~! お前にたくさん金賭けてんだ~!」
「行け行け~!」
(愚民どもが僕を応援している! やはり、僕は偉いんだ!)
「ノア・フランシス! お前の後ろ取ったり……へっ?」
煙幕により視界を防ぎ、超音波で耳を殺した。
そうして後ろを取ったはずが、ツヴァイは煙の中でノアとしっかりと目が合ってしまう。
その恐ろしさを本能が理解し、ツヴァイの脳裏に焼き付いた。
ノアの刀が振り下ろす。
バァァァンッ!! と振動が会場に走る。
会場よりも高く、爆風が天高く舞った。
一斉に観客が叫ぶ。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」
ノア・フランシス-VS-ツヴァイ・エビルインライト。
その決着は、一瞬であった。
勝者、ノア・フランシス。
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