第50話 新しい筋肉集団の仲間


 重々しい空気の中、フランシス家にあるノアの部屋を、誰かがノックした。『気配察知』によって、ノアはそれがセシルだと気づく。


「どうしたの、セシル」

「ノア」


 ノアは筋トレを一旦やめる。

 いつものように文句を言われないよう、服を着た。


「お願いがあります」

「急に畏まらなくてもいいのに。困ってることがあるのなら、そんなこと言わなくても助けるよ」

「違うんです、これは卑怯だと思うので」


 卑怯……? とノアが首を傾げる。


「私を、筋肉集団に混ぜてください」


 髪の毛をポニーテールにまとめ、運動服に身を包んでいたセシルに……ノアは眉を顰めた。


「それはつまり……筋肉になりたいと?」

「はい。じゃがいも聖女に勝つため……」

「そっか、分かった」


 これは、単なる花嫁争奪戦ではない。


 これは、筋肉とじゃがいもによる戦争なのだ。


「筋肉に、なろう。セシル」


 *


「筋肉! 負荷! タンパク質!」


 その掛け声が、筋肉集団から響く。


 あれから、俺はリオン先生達から謎の人物の話を聞いた。

 槍を持っていて、ウィズさん曰く『あれはヤバい』とのことだった。


 二人の剣戟を躱すほどの実力者だ。間違いなく、油断していると大事になる。


 俺が見つけ出して叩くことも考えたのだが、影魔法の使い手がいるようで、見つけ出すのは無理だろうと言われた。


 実際『気配察知』を最大限広げても、なんも引っ掛からなかった。


 こちらが先手を取れず、後手に回っている。

 ただ、相手はこれを正義の鉄槌だと言った。


 ならば、来るとすれば正面からだ。実際、シュコーも予選に参加していたし。


 俺が筋トレを頑張って、もっと強くなるしかないな。


「はぁ……はぁ……ノア、こんなに動いても、まだ息一つ上がってないんですね……」

「休む?」

「いいえ、まだ走ります……! ノアと一緒なら、頑張れるんです!」

「そっか」


 筋肉集団の仲間入りを果たしたセシルは、息も絶え絶えの状態だった。

 俺は時折速度を落として、セシルが倒れないように調整している。

 

 無理をし過ぎるのは良くない。それでなくとも、セシルは真面目すぎる。


「でも無茶はダメだよ。セシルが倒れたら大変だ」

「ノアは……自分には厳しい癖に、他人には優しすぎるんです……はぁ……」


 そうだろうか。

 そんなことはないと思う。俺は他人にも厳しいよ。


「セバスさんたち……やっぱり早いですね」


人にはそれぞれ成長のペースがある。だが、焦らなくていいよと言っても、焦ってしまうのが人間だ。


 俺は傍で支えてあげることしかできない。無茶させない程度にやるのは、俺の仕事だ。


「セシルが筋肉にやっと興味を示してくれて、俺は嬉しいよ」


 俺が微笑みながら言うと、ムーッと頬を膨らませた。


「違います。ミネルバに負けたくないんです。剣士としても、女としても」 


 アハハ……でも、張り合う相手がいるっていうのは、いいことだ。


 じゃがいも聖女……ミネルバと仲良くなって欲しいと思っていたが、こういう形も案外悪くないのかもしれない。


 セシルはそれから、俺の特訓にも申し出るようになった。


 

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