第48話 予選の勝者
観客席に座っていた俺に、セシルが声を掛けた。
「ノア、止めなくても良いんですか……? あの相手、【十二の魔法使い】だと名乗りましたよ」
「そうだニャ! 止めないとマズいニャ!」
俺は静かに観戦しながらも、周囲を警戒していた。
ただ眺めているだけではない。この会場に他の魔法使いが居る可能性もある。
アーサーは本来、もっと早い段階で覚醒していなければならなかった。
それを自分が遅らせてしまった。避けられなかったとはいえ、俺はそれに少なからず責任を感じていた。
「大丈夫、何かあったら止める」
「ノア……」
アーサーが珍しく頭を使って、相手を煽った。
相手をシュコーと名付けていたが、カウンター型のスキル持ちだ。自分から攻めるのではなく『かかって来い』と煽ることで、相手から攻めさせようとしている。
だけど、アーサーは防御に関しては紙だ。一点突破型の閃光流では分が悪い。
しかし、相手のシュコーも簡単には攻めようとしない。
「あのシュコーって人。ずっと俺のこと警戒してる」
「え? ノアをですか?」
「うん。会場に来てから……俺が隙を見せたら首を取りに来る勢いだよ」
アーサーを警戒して攻めないんじゃない。
俺のことを警戒しているんだ。
手出しするつもりもないし、邪魔する気もない。相手はそんなこと知らないと思うけど。
シュコーと互いに目が合う。
ピリついた空気を肌で感じる。警戒心マックスなのを俺に向けているのは構わないんだけどさ……アーサーを舐めすぎだ。
「でも、アーサーじゃ勝てないような気がします……」
「まぁ、実力差でいえばはっきりとアーサーの方が下だよ。でもね……戦いって必ずしもそういう物じゃ決まらないよ」
スオと戦った時もそうだった。俺のステータスはスオよりも低かった。
それでも勝つことができた。
結局、戦いに大事なのは……。
「勝つ意思だよ、セシル」
「勝つ……意思……」
何か思う所があるようで、セシルの視線が落ちる。
心配しなくてもいい、アーサーは勝つ。
*
……私、【獄門の魔法使い】は、この会場で、セシル・エドワードの殺害、がメインとされている。
No1からの命令、絶対。
本選で殺す。人々の前で堂々と殺す。
それが、正義の裁きの証明であると、No1は言った。
でも、難しい。
あの男がいる。
禍々しい力を感じる。私よりも、間違いなく強い。
勝てない。不意を突きたい。
何度も幻影の殺気を送った。何度やっても首斬れない。
代わりに
No1が言ってた。
最有力の実力者筆頭……ノア・フランシス。
絶対にアイツだ。
アイツに仲間、たくさんやられた。
警戒する、全力で。
アイツは……これまで戦ってきたターゲットの中で、一番ヤバい。
でも……弱い。
No1よりも、弱い!!
教える。No1に教える! 警戒しなくて良い。そのまま殺せばいいって!
そしたら褒められる!!
でもその前に……この金髪ザコ。
瞳から明かりが消える。
邪魔、殺す。
*
鎖鎌が煌めいた。
シュコーの両手に持つ鎌が、ジャラン……と揺れる。
本来、鎖鎌とはミドルレンジが最も戦いやすい距離であった。
シュコーが呟いた。
「動くな、上手に殺せない」
中距離から二対の鎖鎌が飛んで来る。
アーサーは刃を見切り、身体を柔軟に動かす。
(しっかり見切ればこの程度は大丈夫……!)
しかし、アーサーはふと足元に違和感を覚える。
(足首が、一瞬だけ鈍くなったような……あれ、腕も重い……)
少し喜んだような声音で、シュコーが言う。
「この鎌、毒ある」
「毒か! なるほど!」
アーサーは溌剌と答える。
「毒、死はなぜかみんな躱す。麻痺なら、当たる。不思議」
「そりゃあ、人間って直感力に優れてるからな! この鎌から死の匂いがしなかったぞ!」
「……ウザい」
シュコーがギンッ! と鎖鎌を引っ張る。
鎖が収束し、またアーサーを襲う。
(死ぬような毒じゃないけど……! 頭がぼんやりとする! 腕も重いし……!)
躱すよりも、抑えつけることを選んだアーサーが剣を振るう。
「鎖を断ち切ればいい! 閃光流剣術……」
剣を頭上に構え、タイミングを合わせて振り下ろした。
「イカヅチ!」
まるで雷が落ちたような光を放ち、鎖鎌の鎖を断ち切る。
「これで……厄介な投擲武器は……ッ!?」
鎖を断ち切り、宙に浮いた鎌をシュコーが掴んでいた。
人を殺すのに躊躇いのない動き。
圧倒的な経験値不足。その差が油断を生んだ。
アーサーが誘い、相手から攻めさせようとも……この結果は変わらなかった。
「口だけの、ザコ」
(これなら、肩に直撃。終わったな)
迷いなくその一閃が、アーサーを貫いた。
アーサーがにやりと笑う。
「言っただろ。潰すって」
「ッ!! お前、馬鹿か!」
目前に、手のひらを貫通した鎌があった。
「肩をやられたら、剣が握れなくなる。手のひらなら関係ないだろ」
「クソッ! 離せ! この馬鹿力!」
「ノアは俺より力あるぞ!」
(なぜだ、おかしい。なぜ瞳の色が……黄金になっている……!?)
アーサーの覚醒は、瞳の色が変わることであった。
誰かを守りたい。誰かの役に立ちたい。
こいつに、負けたくない。
その純粋な心が限界値に達した時、アーサーは覚醒する。
全身に雷を纏い、雷帝と呼ばれるモードに達する。
「『獄門』……!」
「『閃光』」
(私の体ごと持っていかれた! 獄門の出現位置をズラされた!)
パッと、シュコーが鎌を手放す。
大きく距離を離す。
「お前、馬鹿! 鎌が突き刺さった、麻痺が身体に回るの、早くなる!」
「構わん! 気にしなければいい!」
「本当に馬鹿か!?」
「俺って不思議なんだ! 考え事をすると、いつも筋肉とじゃがいもに思考を邪魔される」
シュコーが『開門』と口にする。
スキル【獄門】はこうしてリセットしなければならない。
一度、門を出現させた位置に固定され、開かなければ固定されたままになる。
「だから、俺は考えない! 頭を使わない! 思ったまま生きる!」
アーサーが自身の手に突き刺さった鎌を抜く。
「やっぱり煽ってみたりとか、駆け引きとか……俺には無理だ!」
「だから、正面から、来る?」
「そうだ! 正面から行く! 正面から潰す!」
正々堂々と、アーサーは告げた。
シュコーは混乱していた。
数多くの冒険者や戦士を殺してきた。国の要人や時に他国の姫を攫うこともあった。
だが……こんな相手はいなかった。
こんなはっきりと正面から挑むと言う相手など。
「意味が……分からない。なぜ、相手に動きを教える?」
「分かりやすいだろ」
「なおさら、意味が分からない。お前は、私を、馬鹿にしている……」
薄黒い魔力の渦がシュコーを包む。
「私を、舐めるな」
パチンッ!! と両手が合わさる。
「スキル『獄門』、二ノ断罪者────」
シュコーの背後から二体の魔物が出現する。
相手の技を吸収し、跳ね返す攻撃はあくまで基本的な能力でしかない。
本来の『獄門』が持つ能力は、異空間から強力な魔物を召喚することにあった。
「私を倒さねば、この最強の門番は消えない」
魔族を素体に作られた二体の魔物は、超高速の回復力と驚異的な腕力があった。
一体一体が、王国騎士団を壊滅させられるほどの力を持っていた。
誰から見ても、この戦いに勝機はない。
アーサーが、突如服を脱ぐ。
「よし!」
「は……?」
「ノアがいつもやってるんだ! 筋肉鍛えてる奴って、服を脱ぐと強くなるんだろ?」
ふと、それを見たノア達が溜め息を漏らした。
呆れたような声が聞こえた。
「お、お前は……本物の……阿呆だ……」
「おう! でも、さっきから体が軽いんだ。今の俺なら、何でもできる気がする……これが服を脱いだ効果なんだな!」
(絶対に違うと思うが……でも、奴の目の色、黄金になってから動き変わった)
だからといって────。
「その程度で、私には勝てない。ザコ」
「勝つさ。今度こそ」
アーサーが構えた。
「『閃光』」
足を蹴り、アーサーが飛び出す。
「馬鹿の、一つ覚え! 同じ技、効かない!」
そうして、アーサーは想う。
なあ、ノア……俺さ。フランシス家に拾われてから、色々と驚いたんだ。
フランシス家には、たくさんの人がいる。それぞれみんな、人種や立場……経歴が何もかもが違うのに、あの屋敷に居るとみんな同じだ。
対等の存在として扱ってくれる。
それってさ、ノアが中心だからだと思う。
「二ノ断罪者」
二体の強力な魔物が割って入る。
「閃光流剣術────雷光白虎ッ!!」
同じ技は二度も通じない。
そんなこと、俺も分かってるぞ。
二ノ断罪者に刃が通らず、さらに拳を剣に当てられる。
────キィィィ……ン、と剣が折れる。
デブ助が叫んだ。
「ア、アーサーの剣が折れたニャ!!」
誰の目から見ても、勝負は完全に着いた。
アーサーの敗北である。
ただし、アーサーは違った。
俺が見てきたのは、フランシス家の日常だけじゃない。
ノアの戦いもだ。
どんな訓練をして、どんな考えを持ってきたか。
いつもそうだ。ノアはいつも、ただひたすらに。
食らいつく!
「なっ……!!」
折れた刃を、アーサーが掴む。
修羅にも思える執念に、シュコーから驚愕の声が漏れた。
手から熱い痛みを感じる。血が噴き出している。
今は戦いに集中する!
勝つことだけを考えろ!
二ノ断罪者を力づくですり抜け、その先にいるシュコーへ抜き身の刃を振り下ろす。
「狂犬か、お前……!」
その刃は、深々とシュコーの肩を貫いた。
シュコーに馬乗りになり、アーサーは「はぁ……はぁ……」と何度も息をする。
この至近距離での馬乗りに、刃物が突き刺さった状態。
先ほどまでの優劣は一気にひっくり返る。
「俺の、勝ちだな。シュコーさん」
勝負の女神は、アーサーに微笑んだ。
「そろそろ、そのマスク取れよ。顔くらい見せてくれ」
アーサーがシュコーのマスクをはぎ取る。
すると、そこには幼い少女の顔があった。
「え……女の子……?」
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