第47話 ゲームの主人公は、これだけは譲れない


「アーサー・ミリアム選手。次どうぞ」

「おっ! はい!」


 元気な返事をして、俺はウキウキと歩き出す。


 室内から野外へ出ると、陽の光が眩しくて驚いた。


 うへ~、快晴だな~。デブ助だったら、『良い昼寝日和ニャ~』って言ってそうだな。


 予選会場は、まるでコロシアムのような場所だった。観客席もぼちぼち人が居て、本選になればもっと増えるのだろうと思った。


 中央に広間があり、そこで俺たち予選参加者は戦って勝敗を決める。


「アーサー! 頑張るニャ~」

「あっ! デブ助来てたのか! それにノアとセシルお嬢も!」


 俺は大きく手を振る。


 なんだ! 俺が勝てるか心配で来てくれたのかな。

 ノアってやっぱり良い奴だよなぁ。俺は好きだ!


「頑張れ~、アーサー」

「おう! ありがとうなノア!」

「相手、相当強いぞ~」

 

 うん? 

 まったく気にしていなかったが、俺はそこで相手に気付いた。


「……マスクしてる?」


 予選とはいえ、それほど強い相手がいるとは思っていなかった。

 これでも俺はフランシス家の人間達が一番強いと思っている。


 相手がノアやリオンさん……フランシス家の人間じゃなければ負けない自信もある。


 だが、目の前の相手は……。


「どうしてマスクしてるんだ?」

「……」


 相手は返事をしない。

 ……全身真っ黒に、マスクをして顔を隠している。


 無口でマスク……。


「あっ! 体調悪いのか!? もしかして風邪引いてるとか!?」


 すると、相手のマスクから声が漏れた。


「シュコー……」

「そうなんだな!? 体調悪いのなら戦っちゃダメだろ! 休んでなきゃ!」


 本選に出たいって気持ちは分かる。俺もノアと手合わせしてみたいし。

 だけどさー……体調悪いならダメだと思うんだ。


 無茶するっていつか自分の体を壊すことに繋がるからさ。


 ノアなんか、『体って壊したら強くなるでしょ?』って言ってるけど、それは筋肉の話だと俺は思う!


「だから休め! よし、喋れないなら俺が言う! すみません審判さ────」


 俺の見える太陽が人影で隠れた。

 

 目前に鎖鎌が迫る。


「……ッ!!」


 対戦相手が容赦なく、鎖鎌を振り翳した。


 ────『閃光』。 


 ビリ……ビリビリ……!


 身体から稲妻が走る。


 刃が当たる寸でで、大きく距離が離れた。


 足元がへこむ。閃光の速度に耐えられるほど、丈夫ではないようだ。


 ……こいつ、強いかも。


 おまけに容赦なしか。


 額から血が垂れる。


 掠った……油断した~! 俺の馬鹿ぁ!


 まぁルールでも、相手と向き合った時点で戦闘開始とは言われているけど……あれ、そうだっけ。ルール読んだけど忘れちゃった。


 まぁ、いいや! 


 血を拭う。


「なぁ、喋れないのか? 名前とかってなんて言うんだ?」

「シュコー……」

「シュコーって言うのか! 変わった名前してんなぁ」


 対戦相手の名前くらいは知っておかないとな。

 シュコーさん……うん、覚えた。明日忘れてるかもしれないけど。


「体調も悪くないみたいだし、元気そうだ! 良かった良かった!」


 心配したんだ。病人に剣を振るうなんてこと、したくないしさ。

 だけど……病人じゃないのなら。


 空気が変わる。


 ────悪いけど、倒すぞ。


「ハァァァ……」


 息を深く吐く。

 呼吸を止める。


 剣の柄に手を伸ばす。


 一度でも瞬きをするな。


 瞳孔を開け、相手を見ろ。


 抜刀の構えを取る。


 小さな動きも、見逃すな。


「閃光流剣術……雷光白虎」


 姿勢を限界まで低くする。

 

 カチッ……と剣から音が響いた。


 ────行くぞ、シュコーさん。


 観客の誰かが叫ぶ。

 俺の知らない人だ。


「き、消えた!?」


 低姿勢からの急加速……そうして俺が出現したのは対戦相手の足元だった。


「白虎」


 雷光で距離を縮め、白虎の爪のような鋭さでとどめを刺す。

 俺が使える中でも、最速で瞬間的な攻撃だ。


 突然、マスクの中から小さく弱々しい声が聞こえた。


「『獄門』」


 その声を耳にし、背筋がゾクリッとした。


 なんか嫌な予感がする……! 剣を振り抜いちゃダメだ!


 だが、閃光は急には止まれない。


 キィィン……!


 間に合わなかったし弾かれた……! 何に弾かれたんだ!?

 剣が見えない壁にぶつかった。


「『開門』」


 目の前に謎の門が出現する。

 自身が放った一撃が、門から出現した。


「くっ……!」


 辛うじて剣で防ぐも、その強さは自分自身がよく知っている。

 威力を殺しきれない……! 


 剣を地面に突き刺し、勢いを完全に殺す。

 額に血が垂れる。


「はぁ……はぁ……」


 まさか……予選でここまで苦戦するとは思ってもいなかった。

 きっとノアなら、こんな相手簡単に倒せちまんだろうなぁ……やっぱすげえや。


 俺も筋肉とか育ててきたつもりだけど、まだまだだ! うん、まだまだ!


「だけど……参ったなぁ、これ。勝てないな」

 

 相手の能力が分からない。俺は戦闘中に思考をするのが苦手だ。


 だから、一本道で正面から突き進む閃光流剣術が得意なんだ。


 何も考えず、最速で倒す。相手に考える時間を与えちゃいけない。


 シュコーさんの能力がもしもカウンター型ならば……アーサー、俺にとっては相性最悪だぞ。


 つまり、俺から攻めるのはダメ……。


 俺が思考を巡らせていると、ようやくシュコーが口を開いた。


「私、【十二の魔法使い】、No2」

「へぇ……! フランシス家の屋敷にいる【十二の魔法使い】か!」

「【獄門の魔法使い】、だ。私の、スキル、防いだ。褒める……シュコー……」


 喋り慣れていないのか、それとも声が悪いのか……聞き取りづらい。

 だけど、屋敷にいる【十二の魔法使い】って、こんなに強かったんだ。


 くぅ……屋敷の奴らとはちょっと仲いいけど、こんな強いなんて知らなかったぞ!


 最初に戦った【魔猫の魔法使い】……まぁ、デブ助から聞いたけど本人っぽいんだけどさ。その時より圧倒的に強い。

 

 ノアは……このクラスの相手を二人同時にしても、勝てるんだろ。


「ハハ……」

「何を、笑っている」

「いや、遠いなぁってさ。俺、実はとある凄い人に認められたいんだけど、これじゃあまだまだだなって」

「……」


 返事はない。

 当然だ、俺の独り言だ。


 俺はノアの横へ立ちたい……いや、違う。もっと本心に従えよ。


 前に立ちたいんだろ。


 そうしてノアが与えてくれた居場所を守りたいんだ。守られるだけの存在は嫌だ。


 俺は、勇者アーサー・ミリアムだ。誰かを守るのは、俺の専売特許だろ。


 それは誰にも譲らせちゃいけない。


 例え、尊敬するノアであったとしても────。


「なぁ、シュコーさん。あんた、人を殺したことはあるか?」

「ある。何人も」

「そっか……」


 デブ助は新人だったらしく、まだ人を殺していなかったそうだ。

 その罪を背負って生きるっていうのは、大変だ。だから、少し嬉しかった。


 その罪は自分を蝕み、いつか破滅へと導く。


 デブ助にそんな重荷を背負って欲しくない。大事な人は、みんなそうだ。


 人を殺すなんて、あっちゃいけない。


「得意分野、だ。人、殺す」


 乾いた笑い声が漏れる。

 ノアがこの試合を見ているんだ。


 無様な姿は、これ以上晒せない。


「俺は人を守る剣が得意だ、白黒つけようぜ」


 得意なことがあるのは、お前たちだけだと思うなよ。


「かかって来い。潰してやるよ」


 

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