第45話 動き出す世界


 アブソリュート学園での中庭で、俺はタンパク質ヨーグルトを食べていた。

 意外とこういう物って貴重なんだよなぁ。もちろん筋肉のために食べているんだけど、朝とかもこれで済ませるだけでも全然違う。


 身体の調子がグッと良くなる。


 すると、クレーの冷静な声が聞こえてきた。


「辞めた方が良い」

「え……クレー様?」


 クレーがはっきりとセシルへ告げた。

 太陽が雲に隠れ、日陰が俺たちを包む。


「ミネルバは強い。ただのじゃがいも聖女だと思って侮るな」

「私はこれでも王都の剣術大会で優勝してます」

「それでもだ。セシルが弱いとは言わない。だが私にとって大事な友人だ。だから言わせて欲しい……やめろ」


 クレーは確か、ミネルバとも友人関係であると言っていた。

 あぁ……そうか。二人とも大事な友達なんだ。


 普通に考えれば、友達が剣を交えようとするのは嫌だろう。


 さらに、ミネルバの実力も知っているような口ぶりだ。


「クレー様。あなたは知っているはずです……剣士である以上、決め事は剣で決める。その誇りはエドワード家でも変わりません」

「……それはそうだが」


 僅かにクレーが視線を落とす。


 争い事が嫌い。それは王族として、とても良い考え方だ。

 戦争を好む人間が仕切る国など、住みたくないと思うし。

 

「分かった。ならば、私も参加する」


 えっ……え? ちょっとクレー王女様、どうしたの。


「私がミネルバ、いや……セシルに勝てば、二人が戦わないで済む。私にとっては二人とも大事な友なのだ」

「クレー様……」

 

 セシルが胸に手を当てる。


「だが、条件を出す。優勝したら私もノアとの婚約に混ぜてもらう」

「「えっ」」


 静観を決め込んでいた俺さえも、つい声を漏らしてしまう。


 何言ってんのこの人!? 

 この人……違う。王女様は常識人だと思ってたけど、違う!


「良いだろう、なぁノア?」


 思いっきり楽しんでる……! 俺の反応を見て弄ぶタイプの人だったのか!


「い、いやぁ……」


 ふと想像する。

 セシルとじゃがいも聖女……想像したくない。元推しキャラとはいえ、実物を見たらちょっと怖い。

 じゃあセシルとクレー……あれ、意外と悪くな────。


「ノア!」

「ふぇ!?」


 目の前にセシルの顔が迫っていた。


「私一人じゃ、満足できないんですか……?」


 思わず半眼になる。

 むー……困るんだよなぁ、そういうこと言われると。


 恥ずかしいじゃん。


「そういう訳じゃ、ないけどさ……」

「はっきりしないのは男らしくないな、ノアよ」


 ならば、とクレーが続ける。


「お前も参加したらどうだ。剣術大会とやらに」


 ……参加ね。

 正直、女性同士の争い事に俺が入っても、嫌な予感しかしない。


 まぁ、確かに……俺が優勝してしまえば、セシルとミネルバの喧嘩も白紙になる。

 白黒つけて欲しいのはあるが……仲が悪くなって欲しい訳じゃない。


 セシルにはクレーとキアラしか友達がいない。ミネルバには三人目の友達になって欲しいと思ったこともあったが……夜這いしてきたり、じゃがいも洗脳してくるから難しいよなぁ。


 かといって、俺がミネルバを否定して傷つけるのも違う。そんなことしたくないし。だからセシルに判断を任せていたのだが……。


「やっぱり、それはズルいか」


 他人に決断を委ねてしまうのは、卑怯者のすることだろう。


「良いよ、参加する」


 クレーが不敵に笑う。

 少し、その言葉を期待していたようだった。


「私は戦いは嫌いだが、己が強くなることは嬉しいのだ。ノア、お前とは一戦交えて見たかった」


 やっぱそれか。


「手加減しませんよ、クレー王女」

「望むところだ」


 *


 【十二の魔法使い】は十二人いてこそ、その名前を王国へ轟かせることができる。裏社会の最強の魔法使い達。数多の人を殺め、国を苦しめてきた暗殺集団とも呼ばれる。


 ────名を恐れよ、我らを恐れよ、死を恐れよ。


 ローブを深く被った人物が、瓦礫の頂点で胡坐をかく。


「我々は、何人減った。アルバス、ミーア、リサ、フラマ……我々は【十二の魔法使い】ではないのか」


 積み重なった瓦礫の下へ、数名のローブを羽織った人間が立っている。

 彼らも全員、【十二の魔法使い】に属する者たちである。その彼らですら、頂点に立つ人物の顔色を窺う。


 頂点に立つだけの能力、実力、残虐さ。はすべてを兼ね備えていた。

 

「弱者は死して謝罪し、その弱き罪を償う。弱さは罪だ……」


 【十二の魔法使い】の頂点に立つ人物は正義を信じている。

 何人殺そうが、それが国のためになるのなら構わない。


 国の流れを作り、人を動かす。それは金の循環を意味する。


 金が回れば国は豊かになり、子どもは食べるものに困らなくなる。大人はお金が増え、さらに国は豊かになる。


 その考えは酷く稚拙で不気味に歪んでいる。


「我らの仕事は……正義だ。悪ではない」


 口角が酷く歪む。


「人殺しは、正義だ」


 きっかけは些細なことだった。

 15歳で強き者……アーサー・ミリアムとノア・フランシスの殺害。そこからクレー・レオウルスの誘拐……それらも失敗に終わった。


 その小さな事件から、【十二の魔法使い】の瓦解は始まっていた。


 頂点に立つ人物が、コインを指で弾く。


「セシル・エドワード……フフ、アハハハッ……!」


 狙いは始めから、ノア・フランシスではない。

 

「ノア・フランシス……私はお前の強さは知っている。全て。弱さとは、必ずしも力とは限らない。大切な人が居る時点で、お前は弱者なんだ」


 聖遺物所持者は、聖女だけではない。

 魔法教会が聖遺物を管理するのは、悪者の手に渡らないようにするためだ。世界の均衡を壊しかねない物すらも存在する。


 そんな代物を、一国が管理するだけでは安全性が保障されない。だから、複数の国に拠点を構え、世界三大勢力とも呼ばれる魔法教会が守っていた。


 ただし────いつの時代にも例外は存在する。


「【太陽の槍ブリューナク】よ」


 頂点に立つ女は、太陽を手にしていた。

 自らこそが、正義である。


 その背中に背負った槍は、その証だ。


 酷く歪んだ瞳が世界を映す。


「正義を執行する」


 その歪んだ思想は、ノアへ向かっていた。

 

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ちょっと丁寧に書いて行くので、テンポ悪くなるかもです。

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