第44話 教室


 儂が教室へ入ると、地獄のような光景が広がっていた。

 いつもは細目だが、それを見たらつい目を見開いてしまう。


「あら、セシル様。私の邪魔をするのですか?」

「そういう聖女様こそ、学園の生徒ではないのにどうしてこの場へ?」

「魔法教会より申請を送り、入学の許可は頂いておりますので」


 バチバチと火花を散らしながら、教室の中央でやり合っている二人が居た。


「なんで聖女までおるねん……」


 あれ、名簿にはなかったはずじゃがなぁ。パラパラと確認する。やっぱり名前はない。

 入学したとしても、おそらく違うクラスじゃな。


「なぁ、聖女ミネルバ様や。たぶんじゃけど、クラスちゃうやろ」

「何か問題でも?」

「えっ」

「何か、問題でも?」


 何、なんやその威圧。怖いんやけど、有無を言わさないその顔……なんで手にじゃがいも持っとる!?


「あぁ、いや……なんでもあらへんわ」


 生徒に屈した。儂、負けてしまった。

 くぅ……そもそも、どうして争っとるんや。


 セシルが腕を組み、鋭く睨む。


「婚約者でもなんでもない聖女ミネルバ様が、どうしてノアに付き纏うんですか?」

「許可は頂いております。ノア様の御父上へ手紙を送り、セシル様がお認めになるのなら構わないとのこと。『我が息子を愛してくれてありがとう』だそうです」

「……お義父様。覚えてろよ」

 

 ノアくんのお父さん、悪いこと言わん。もう王都に戻ってきちゃいかんで。あんたの義理の娘、殺気が本気や。


「では、私は認めません! ノアの嫁は私一人で良いんです!」

「あら、随分と視野の狭いことを仰るのですね。ノア様の妻として、その視野の狭さはどうかと思いますが?」

「ぐっ……!」


 女って怖いなぁ。

 肝心の本人、ノアくんはどうしとるんやろ。


 ふと、ノアに視線を向ける。


「まず筋肉の育て方なんだけど……初心者はプランクとかプッシュアップから始めて」

「おぉ……! そうすればあの試験のような動きが……!」

「お、俺、もっと話が聞きたい……!」


 なんで筋トレの話しとるんや! お前の後ろで修羅場が起っとるんやぞ!

 

 あかん、非常にこの流れはあかん。

 

 頼りにしていたセシル・エドワード嬢は完全に獣みたいになっとるし。

 聖女もなんかヤバそうな空気あるし……このクラス、間違いなく崩壊する。


 そうや! おるやん! 他に頼れる人!


 アーサー・ミリアムくんや!


 キョロキョロと探して、金髪の青年も見つける。

 ……なんかヨダレ垂らしてるけどええわ。


「君、アーサーくんやろ? 儂はシノ・アレイスタードや、担任やで」

「担任? あっ、よろしくお願いします!」

 

 おっ、元気な子やな。

 うん、悪くない感じや。


 だけど……朝の授業は植物学のハズや、なんで何も机に置いてないん?


「アーサーくん、朝の授業、何やるか知っとる?」

「わかんない!」


 あれ、なんか……嫌な予感がするな。

 儂は引き続き、問いかける。


「分かんないか~、良い笑顔じゃなぁ。まず、植物学の教科書開こうか」

「はい!」

「ええ返事や。ところで、教科書は?」

「忘れました!」

「そうか~、廊下立っとき~」


 はい、終わり! このクラス終わりや!

 頼みの綱が一番馬鹿じゃった!


 うぎゃぁぁぁっ! どうなっとるんや! クラス始まる前からクラス崩壊しとるやん!


 セシルの声が聞こえる。


「分かりました。では今年の王都剣術大会で、私に勝てたら認めてあげましょう」

「争い事は、あまり好まないのですが」

「私は剣士です。己が大事なことを決する時に、剣で決める。これが認められないのなら、絶対に認めはしません」


 ミネルバの表情が冷たくなる。


「良いのですか。私は仮にも聖女、聖遺物所持者なのです。剣でどうこうできるほど、弱くはありません」

「負けた時にその言葉を思い出して、恥をかきますよ」


 どちらもノアくんの横を譲りたくないのは分かったんじゃが……教室で本気の殺気を出し合うのはやめてくれんかなぁ。


 他の生徒たちもガチビビりしとる。


 唯一、ノアくんだけ平然としとるが……なんやねん、ほんまアイツ。てか、試験の時にばら撒いてたダンベルとかいうので筋トレするな。

 

 すべての元凶はお前やぞ。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る