第43話 キャバクラ


 王都にウィズさんがやってきて、さっそく事件を起こした。それは屋敷のメイドを口説くことから始まった。美貌も年老いているとはいえ、イケオジのような風貌をしているお陰か、女性陣も満更ではない。

 

 それを見たリオン先生が迷わず剣を振り抜いたのは、言うまでもない。あれは本気の殺気だった……。リオン先生が真面目なのは、この人のせいなのだろうな……と察するにあまりあった。


 そうして、ウィズさんは俺へもちょっかいを掛けてきた。


「なぁノア、王都で良い女が集まる場所知らねえか?」

「あっ知ってますよ」

「本当か!? じゃあ行こうぜ! いやぁ~お金持ち貴族が行く場所だから、良い女もさぞ多いんだろうなぁ~」


 何を想像したのか、「うへ、うへへっ」とウィズがよだれを垂らす。

 この人、本当に元剣聖なのか……性剣の間違いじゃないか? 顔とか完全にアホ面になってる。


「じゃあ、男性陣みんなで行きましょうか」

「あん……? 筋肉どもと……?」


 俺は喜んでウィズの提案を受け入れた。

 ウィズさんが望んだことだ、逃げることはすまい。


 その日の夜、王都の一角で俺たちは「かんぱ~い!」と杯を交わす。

 キャバクラ形式のような場所で、俺もこういう場所は初めて来た。筋肉集団は凄く満足気にお嬢たちと会話をしている。


「えぇ~!? ちょっとあんた良い筋肉し過ぎじゃなぁい?」

「あなたも良い筋肉をしているではありませぬか……!」

「分かる~? 触りっこしちゃう?」


 和気あいあいとしている空気の中、ウィズだけが不満げな顔をしていた。

 

「おいノア……」

「はい?」

「なんで、なんでマッスルバーなんだよ! おかしいだろ! 見渡すどころ胸どころか大胸筋の群れじゃねえか!」

「良いですよね~! やっぱり筋肉です!」


 ここの人たち、意外と筋肉の質が良い。女性といえども、筋骨隆々なのは美しい。必ずしも美しさとはスレンダーだったり、グラマーである必要はない。そう、筋肉こそが……。


「筋肉こそが肉体美!」

「ちゃんと女って言葉を知ってる? 性別くらい分かるよな?」


 むー……酷い言い草だ。

 

「それくらい分かりますよ。俺は胸が好きなんだから……あっ、これ言うとセシルに睨まれる……」


 あれ、セシルいないよね。今日のことは教えてないからいないはず。

 でもたまに、ふと後ろを振り返るとセシルが居る。素で俺の『気配察知』を潜り抜けてくるの、どういう理屈なのだろうか。


 ストーカーのスキルでも持っているんじゃないか、とたまに思うんだ。


「お師匠様、あまり筋肉にツッコんでも仕方ありませんよ」


 静かにリオン先生がお酒を飲み干す。


「なんだよ……お前はやけに慣れてるじゃねえか」

「当然です。かれこれ長いこと一緒にいるんです。嫌でも慣れます……私はノア様を信仰しているので筋肉に汚染されることはありませんが」

「リオン先生までそんな言い方するんですか!」


 俺は立ち上がる。

 抗議だ抗議!

 

 筋肉は素晴らしいのだ! 


 ウィズが半眼で見上げていた。


「知っていますか! 我々の体内にある半分は水で出来ています!」

「それがなんだよ」

「残り半分は筋肉です!」


 俺は服を脱ぐ。

 そうして、筋肉集団たちも服を脱いだ。


 リオンも半眼になる。


「お師匠様、見ていてください」

「あぁん……?」

「普通、こういうキャバクラ的な店で、男性が服を脱いだら……お嬢たちが悲鳴を上げるか、警備員を呼ばれるかの二択です」

「だろうな、俺も昔やって出禁になった」


 ただこの場所では……とリオンの言葉を途切れた。


「うおおおおおおおおっ! 凄いじゃないお客さんたちぃ~!」

「良い筋肉してるわね……! 丸太みたいな上腕三頭筋、綺麗……!」


 ウィズが頬を引き攣らせた。


「お、おい……逆に魅了してるぞ、どういうことだ……」

「これは弟子としての忠告です。フランシス家は筋肉、じゃがいもと我々を狂わせようとしてきます。狂ったら終わりです」

「その中で正気を保ってるお前が一番狂ってるわ……」

「はい?」


 リオン先生に睨まれ、ウィズが引き下がる。


「いや、なんでもねえ……」

 

 ここは決してキャバクラやガールズバーなどという生易しい物ではない。

 筋肉集団たちの、筋肉たちによる筋肉談合だ。


「あ、それまじ負荷。分かる分かる~! タンパク質よね~!」

「はぁ……まともな会話してねえだろこれ……」


 ウィズが叫んだ。


「女~! まともな外見の女をくれ~! うわぁぁぁ~! 筋肉はやめろ~!」


 すかさず俺は近寄る。


「分かりました! じゃあ、あそこの子とかどうでしょうか!」

「おっ! なんだ可愛い子いるじゃねーかよ。清楚っぽい感じでおっとり系女子……しかも胸がでけえ! いいんか?」

「どうぞどうぞ!」

「へへっ。わりいな、ノア」

 

 そう言って、ウィズが足早に駆け寄っていく。

 ふと、リオン先生が「終わったな」と呟いた。


 聖女のような恰好をした女性の隣へウィズが座った。


「なあ、嬢ちゃん……一人かい?」

「私に……興味があるんですか?」

「もちろん、こんな綺麗な子が一人で飲んでちゃ勿体ねえ」


 その聖女は、ミネルバという。

 話し上手のウィズは、ちょっとしたことでも話題を作り出すのが上手かった。

 

「ところで、珍しいお酒飲んでるんだな、初めて見るぜ」

「これはじゃがいも汁です」

「……へっ?」


 ウィズへミネルバが詰め寄った。

 そうして俺には少し寒気がするほどの早口が聞こえた。


「じゃがいも汁には多くのビタミンが含まれていて慢性的な便秘に悩まされている人が飲むと効果てきめんなんです。さらにはダイエットや胃腸を整える効果まであってやはりじゃがいもは世界を救うのです。あなたもじゃがいもに興味があるんですよね? 私に興味があるんですからじゃがいもにもありますよね?」

「ひ、ひっ……!」


 ウィズが座席から転げ落ちる。


 俺はダンベルを手に持って近寄る。


「筋肉……筋肉……」

「じゃがいも……じゃがいも……」

「あぁ……頭が……なんだ、なんだこの感覚は……」


 リオン先生が冷静に言う。


「……地獄より地獄ですね」


 そうして、酒を飲み干した。


 その少し離れた場所で、オセロをやっている人型になったスオが居た。


「あっ! クソッ……! 我のコマがすべて白になったではないか!」

「弱すぎよ~、坊や、うっふん」

「も、もう一度だ! ……あぁぁぁっ! また黒が全て取られたではないか! どういうことだ!」


 元魔王スオは人間社会にすっきり適応し、人間のゲームにハマりつつあった。

 周囲は既に酔っていて、スオ本人だと気づくことはない。

 

「ノア! 意外と人間のゲームも楽しいな! 我は知らなかったぞ!」


 両手にオセロやチェス、簡単なボードゲームをいっぱいに持つ。


「どうしたのだ? なぜウィズは泡を吹いているのだ?」

「女狂いの末路だよ、スオもこうなっちゃダメだよ」

「ふんっ、我は女は好かん。それよりもノア! 我と一局勝負だ!」

「はいはい……」


 大騒ぎしているのはいいが、もはやキャバクラではない。完全に筋肉の宴会状態だ。

 

 だが……悪くはない。セシルやキアラ達も誘えばよかったかなぁ……。


 まぁ、セシルとは明日学園で会えるし、いいか。


 *


 次の日の早朝、アブソリュート学園の教室に向かう人物が居た。


「あぁ……胃が痛……なんで儂がノアくんの担任やねん。最悪やわ……」


(前から校長に『お前が責任を持って、ノアの担任やりな』って言われてたしなぁ……はぁ、試験官なんかしとうなかったわ)


 だが、いつまでも気を落としている訳じゃない。

 まだマシな部分がある。


「でもまぁ、勇者アーサーくんも無事入学できて同じクラスみたいやし……大丈夫やろ! 引っ張って行ってくれる!」


 シノ・フォレイスタードはのんびりとした歩調で教室へ向かう。


「それに、優秀と噂に聞くセシル・エドワード様もいらっしゃるらしいから。もしかしたら、楽かもしれんのぉ、ふっふ~」


 だが、シノは知らなかった。

 既に教室はノアによって汚染されていたことに────。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る