第42話 どちらが強い洗脳


 あれから、ウィズが自分の動きが見切られたこと。

 お互いに戦っても地形を変形させてしまうこと。


 その二つを理由に、ウィズは『降参だ降参。これ以上は無駄だ』と両手を上げた。


 俺が拳を受け止めた時点で、「こりゃ無理だな」と呟いていたし……ウィズの中で何かしらの答えが出たようだった。


「小僧、これをもってけ」

「手紙……?」

「リオン宛てだ。俺は手紙なんか返さねえからよ。リオンは昔っから事あるごとに『女癖は治りましたか』とか『寒くなってきました、どうか温かい恰好でお過ごしください』とか、小言は変わらねえ」


 ウィズが俺に手紙を渡してくる。


 俺は微笑んでしまう。


「だが、てめえについてだけは、やけに楽しそうに語りやがる」

「そうなんですね」

「てめえがそれだけ、すげえってことかもな」


 ウィズは意外にもあっさりと敗北を認めて、直々に剣術の指南をしてもらい、『虚刀術』に関する書物も読んだことでスキルを入手することができた。

 

 ───────────

 New!!

 『虚刀術』Lv1


 ───────────


 その軽さに、スオが頬を引き攣らせる。


「あの戦いは一体なんだったのだ……」

「誰にでも教える訳にはいかねえだろ。教えたとしても扱えねえしな」


 やっぱり、ウィズさんは戦う気がそこまでなかったようだ。

 女狂いでも、悪い人ではない。


「まぁでも、お前はつええ。それに正義感もある……刀を交えれば、強い奴同士ってのは気持ちが分かるもんだ」

「そう、ですかね……?」

  

 その考えは分かるようで難しい。俺がスオとの戦いで、スオの気持ちを察することができたのと同じことだろうか。


「ほら、さっさと出てけ。女どもがお前を狙ってるぞ」


 そう言われて、視線を向けると「ウィズちゃんに勝ったわあの坊や……」とか「素敵……凄い体」といった目が向けられていることに気付く。


 ……さっさと教えてもらったし逃げよう。


 じゃがいも聖女は一人で良い。


 俺は姿勢を正す。


「あの……ありがとうございました」

「……っんん。別に良いさ、俺にだって孫弟子の面倒くらい見る余裕はある」


 ウィズが首筋を掻く。どこか恥ずかしいようだ。


「だがな……ノア、これだけは覚えておけ」

 

 初めて、ウィズが俺の名前を呼ぶ。

 その真剣みを帯びた声音に、思わず背筋が伸びた。


 きっと、それは大事な言葉だ。


 そう……俺を想っての言葉だろう。


「あのな……服を着ろ」

「あ、すみません」


 そっちか。

 俺は空間魔法で服を取り出して着る。


「戦闘中にいきなり服は脱ぐわ、筋肉見せつけてくるわ……無茶苦茶だぞ」


 眉間に手を伸ばし、ため息を漏らす。


「あとな……あの部屋に置いてったダンベルとかいう奴、邪魔なんだけど。ベッド占領されたら女が抱け────」

「さようなら~!」


 俺は手を振って別れを告げる。

 楽しかったなぁ、リオン先生の師匠だけあって、やっぱり良い人だ。


 俺は空間魔法を使って、空を飛んでいく。


「おい! 人の話聞けよ!」



 その後ろ姿を見ながら、ウィズが舌打ちする。


「勝手な奴だ。みんなああやって育っていっちまう……だから嫌なんだ。弟子を取るってのは」


 そう言いながらも、育っててきた弟子たちに誇りを持っている。


 ウィズは部屋に戻り、大量に積まれた手紙を手に取る。

 それはリオンの物であったり、他の弟子たちの物もある。全ては自分を心配しての手紙だ。

 

「久々に会いに行っても……良いかもな」


 ウィズの女が言う。


「あら、ウィズちゃん、どこ行くの?」

「出掛けるのさ。王都へ」

「気に入っちゃったの? ノアって子」

「馬鹿言え、違げえよ」


 ウィズは満更でもない表情をする。


「馬鹿弟子どもが育ってるのか、見に行くのさ」


 元剣聖は、再び世界を歩く。

 その手に刀を持って。


 *


 俺たちは屋敷に戻り、リオン先生に手紙を渡す。

 

「ほお、お師匠様が私宛てに。珍しいですね、明日は槍の雨でも降るのでしょうか」

「さ、流石にそれはないと思うけど……」


 リオン先生がその手紙を開く。


『よう、リオン。元気にしてるか、お前の弟子と戦ったぞ。強かったな』


「ノア様、褒められてますよ」

「え、本当? どこどこ!」


 褒められるのは素直にうれしい。

 特に年老いた剣聖なんて、カッコいい肩書の人から認められたようなものだ。


 一緒に手紙を覗く。

 

『そういえば、また背中の傷が増えちまったんだ。これで百二十か所目だ、お前、あとで治療薬送ってくれよ』


 俺はその文字を見て驚く。


「もしかして、ウィズさんってああみえて凄い努力家だったんじゃ……」


 背中の傷がいっぱいあるなんて、明らかに普通じゃない。もしかしてああみえて、研鑽は欠かさず、常に超強い魔物と戦っているのだろうか。

 ドラゴンとか、ヘビーモスとか……。


「ノア様、勘違いしないでください。お師匠様の背中の傷は、全部女性に刺された物です」

「手癖の悪さだったかぁ……」


 一瞬でも偉い! と思った俺が間違いだった。


「違う女性と浮気して刺され、金を貢がせて刺され、心中しようと言われて刺され……最悪ですよ、あのクズ男」

「逆に才能ですね」

「だから私は約束したんです。次会った時に、その性分が治ってないのなら、斬り殺すと」


 スオが苦笑いを浮かべる。


「己の師を堂々と殺すと言える神経も凄いの……」


 リオンが手紙の続きを読む。


『あと、ノアが置いてったダンベル邪魔、むっちゃ重いしなんなのアレ。鈍器? てか筋肉筋肉って頭から離れ────』

「読み飛ばしましょう。よくやりましたノア様」

「はい!」

「さり気なく洗脳しとらんか?」


 最後の一文を読み上げた。


『王都に行くから、可愛い女の子を数十名ほど紹────』


 それを最後に、リオン先生が手紙を破る。


「以上みたいです。ノア様、お手数をおかけしました」

「ウィズさんが王都来るんですね」


 少しばかり嬉しい。

 まだ屋敷に部屋は空いているはずだから、そこに住んでもらうことも視野に……。


 そう思って俺はそこで詰まる。


「でも、ウィズさんを我が家に迎えたら女性の出入りが激しくなりそう……」

「それは困りますね……筋肉で洗脳してもいいのですが、お師匠様は元より脳筋な部分がありますし……あまり効果は期待できません。何かこう……もっと効果的な洗脳があれば」


 ふと、俺たちは顔をあげる。


 フランシス家の庭園で、必死にじゃがいもを植えている聖女が居た。


「じゃがいもを! じゃがいもを育てるんです! 一緒に育てるんです!」


 ……いた。もっと強い洗脳使い。


 そう、俺とリオン先生は意見が重なった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る