第39話 恋人/夜這い


 それからノアたちは数多くのハプニングを装い、リオン先生とフレイシア先生をくっ付けようとした。無理やりにではなく、チャンスを作るようにしていた。


「さささ、フレイシア先生はこっちに」

「リオンさんはこちらですね」


 ノア達は食事の席で必ず二人が隣に来るようにだったり、あえて買い出しを二人に頼んだり……二人になる機会を増やしていた。


「ねぇリオン。最近、ちょっと変だと思わない?」

「はい。おそらく……ノア様たちの仕業でしょうね」

「やっぱり? あ~……絶対私たちをくっ付けようとしてる」


 フレイシアが空を仰いだ。

 だが、ノア達の気持ちは嬉しいようで、嫌がる様子は見せていなかった。


「あの、じゃがいも聖女が来てから様子が変だったものねぇ……」

「結婚したいと相談したのは、フレイシアでしょう?」

「そうだけどさぁ……リオン、あんた何歳だっけ」


 リオンが剣の手入れをしながら、答える。


「私はまだ二十五歳です」

「そうよねぇ……私はもう三十だし……歳の差があり過ぎるわよねぇ」


 フレイシアが気持ちを完全に向けられないのは、年齢の差があったからだった。

 同い年であれば、そんな気持ちもなくアタックしたのかもしれない。


 日頃の行いがどうであれ、お互いに気の知れた仲であることは間違いない。


「ノア様はあなたのためを思ってやっているんですよ」

「分かってるわよ……そんなこと……」


 呟くようにフレイシアが言う。


「私だって、結婚したいっていうのは本気よ。でも……婚活パーティー行っても『酒癖が悪い人はちょっと』とか『高級杖とか買う浪費家は……』って遠慮されて離れて行くし。私悪くないもん」


 頬を膨らませ、不貞腐れる。


「無理に結婚する必要ないと思いますよ」

「リオンは若いから良いじゃない! ふんっ、好き勝手言えば良いのよ」

 

 そう言って、フレイシアが歩いて行ってしまう。


「どこへ行くんですか」

「酒場! お酒飲んで来るのよ」

「はぁ……まったく」


 後ろ姿にリオンは、やれやれと視線を向けていた。


 その日の夜、リオンが屋敷の玄関を開ける。

 

「あっ、リオン先生。またお迎えですか」

「はい、フレイシアを迎えに行ってきます」

「アハハ……また飲んでるんですね」

「すぐに戻ります」


 そう言って、リオンが歩いて行く。


 影で見ていたキアラが、走ってノアへ近寄った。

 

「お兄様も、少しはちゃんと言ったらどうですか? 付き合っちゃえばって」

「もう言わなくても大丈夫だよ」

「どうしてですか?」

「リオン先生は……口には出さないけど、フレイシア先生を大切にしてる」


 リオンは毎日、夜遅くになる前に必ずフレイシアを迎えに行く。

 本人は仕事のためだと言っているが、それが嘘であることをノアは知っていた。


 *


 王都の少し治安の悪い酒場で、フレイシアが酒を飲む。


「プハァ~!」

「初めて来るのに良い飲みっぷりじゃねえか! フレイシア!」

「そうでしょ!? さぁ、もっと寄こしなさい!」


 しばらくそうして飲み干すと、バタンッとフレイシアが酔い潰れる。


 数名の男が集まってきた。


「へへっ……やっと酔い潰れやがったか。すげえ飲むなこの女……まぁいい。良い装備品に、こいつ生娘だぞ、お前ら」

「そりゃいい……」

「店主、ここで起こることは黙っとけよ」


 野盗のような男が、カウンターに金を投げる。

 それに納得し、店主が目を瞑る。


 薄汚い男が、フレイシアに触れようとした。


 その時、閃光が走る────。

  

「失礼、手が滑りました」


 キィィン……と壁に剣が突き刺さり、男の鼻を掠めていた。


「だ、誰だてめえ!」

「その女性の上司みたいなものです。回収しに来ました」


 リオンが淡々と告げ、フレイシアをおんぶする。


「やぁ~! リオン嫌い~!」

「暴れないでください。全く……」


 リオンが投げた剣を回収する。

 野盗が指をさす。


「お、お前がフレイシアの言ってた、鬼のリオンか! その愚痴だけで五時間も聞かされたんだぞ!」

「そうでしたか。なら、あなた方を斬るのはやめておきましょう」

「てめえ……! ふざけんなよ!」


 若い男が襲いかかろうとした。

 それをリーダー格の男が静止する。


「やめとけ、相手が悪すぎる」

「で、ですけどよぉボス」

 

 リオンが少し驚く。

 

「おや、その様子だと私のことをご存じなのですね」

「知らねえ訳ねえだろ……元剣聖の弟子、【影法師のリオン】だ。その弟子に当たるノア・フランシスはもっとやべえ……【十二の魔法使い】を撃退したとも聞いてる」


 周囲がざわつく。


「賢明です。ノア様は……私よりも圧倒的に強い」


 野盗たちが息を呑んだ。

 軽く笑い、リオンが酒場を後にする。


 夜風が冷たく、フレイシアが息を吐くと白く染まった。

 人通りもなく、静かな道を二人が歩く。


 リオンがおんぶし、少し怒る。

 

「お酒を飲むなら、もっと治安の良い所にしてください」

「あい……すびばぜん……」


 ちゃんと反省しているようで、酔ってはいるが受け答えはできるようだった。


「ねぇ……リオン。聞きたかったんだけど、どうして毎日迎えに来てくれるの?」

「あの、明日も仕事があるって分かってるんですか?」

「分かってるわよ。でも、知りたいの。どうして……?」


 数分ほど、静かな時が過ぎた。

 二人にとってはその時間がまるで答え合わせのようだった。


「……フレイシアは自分から距離を取りますから、私が迎えに行った方が早いでしょう」

「え?」

「これ以上は言いません」

「はぁ!?」


 ポコポコとフレイシアが頭を叩いた。

 半眼でムッとしながら、リオンが歩く。


 すると、フレイシアが腕を回した。


 しっかりと抱き着き、リオンの耳元で囁く。


「……ノア達が気を遣ってるし、結婚しちゃう?」

「あなたが断るんでしょ、フレイシア」

「そりゃあ、そうよ……雰囲気ないんだもん」


 なぜかフレイシアは、いつも断っていた。

 そして、その理由も分かっていた。


「本来、結婚は恋人から始まるものです。その過程をすっ飛ばして結婚しても、当然雰囲気がない」

「……そうよねー、やっぱそういうもんよねー。でも、恋愛経験とかないし」


 では……とリオンが告げる。

 

 その言葉を聞いて、フレイシアが固まる。


「恋人から始めて見ましょうか」

「え……」

「嫌なら結構です」


 フレイシアがボソッと呟いた。


「嫌じゃ……ないかも」

「なら、成立です。いい加減、ノア様に気を遣われるのも嫌でしたし、仕事にも支障が出ます」


 フレイシアが頬を膨らませて、リオンの首を絞める。だが、一切効いている様子はなかった。


「仕事の鬼ぃ! リオンなんか嫌い!」

「……そうですか」


 徹頭徹尾、リオンは感情が揺れない。

 あくまで淡々と、傍から見れば冷徹な人間に見えるだろう。


 しかし、おんぶされていたフレイシアは気づいていた。


 リオンの心臓が早くなっていることに。


「……ふんっ、歳の差あるけど良いの?」

「本当は気にするような人じゃないでしょう、フレイシア」


 小さく微笑み、フレイシアが言う。


「うん」


 *


 同時刻、俺が寝室へ入ると……一人の女性が居た。

 キャミソールに身を包み、妖艶な視線を向けている。


「えっ、何してるのミネルバさん」

「何って……夜這いです」

「は、え? は!?」

 

 俺は頭が混乱して現状が呑み込めずにいた。

 どういうこと、そもそもどうやって屋敷に入ったんだろう。


 俺の『気配察知』を潜り抜けてきた? どうやって……あっ、もしかして豪華客船と同じ奴を使ったのか。『気配察知』に引っかからない奴!


「じゃがいも、一緒に作りましょう?」

「いやいや! 作りません! 俺は筋肉に身を捧げているので!」


 そのために侵入してきたとは思えず、さらに混乱する。


 そんな夜這いされるほど好感度を稼いだつもりはない。


「ノア様が初めてなんです。私のじゃがいもに敵対心を抱かず、素直に私を見てくれた」


 いやそれは……元々知ってたから。

 じゃがいも狂人で、じゃがいも聖女であることも。


 だから言うほど警戒心も抱かず、俺は彼女をすんなり受け入れられた。


「そんな人、今まで居なかったんです」


 俺の腕を引っ張りベッドへ押し倒してくる。


「ちょっ!」

「逃がしません。一緒にじゃがいも作るんです」


 いや、流石に怖いわ!

 かといって、無理やり振り払って怪我をさせたら大事だ。


 ど、どうしよう……胸デカいな。


「気になりますか?」

「いやいやいや! なりません! それよりも早くどけて……」


 部屋の扉がゆっくりと開く。


 目をゴシゴシとさせながら、キアラがやってきた。


「お兄様……寝付けない。一緒に寝て……え?」


 じゃがいも聖女を目撃し、キアラが抱き枕を落とす。


 アッヤバイ、俺死んだ。


 拝啓、筋肉様……と俺は手紙を読み始めた。


 

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