第38話 第七聖女
フランシス家の屋敷にて、フレイシアが両手をあげていた。
「じゃがいも!」
その光景をリオンが冷めた目で見る。
「チッ……どこかで洗脳されてきたか」
少々苛立ったように舌打ちし、鋭く睨む。
すると、後ろから声を掛けられた。
「失礼致します。こちら、ノア・フランシス様のお屋敷かと存じあげます」
リオンが振り向くと、白髪の胸の大きい女性がいた。
どこかお淑やかで、口調も柔らかい。
非常に良い所の娘であると悟ることができた。
「私、魔法教会の第七聖女を務めております。ミネルバと申します」
リオンは知っていた。魔法教会に選ばれた聖女は、それぞれ聖遺物を持っている。それらはすべて、人間社会において革命をもたらしたものだ。
農作物を司る聖女、文字を司る聖女、道具を司る聖女……それら七つの聖女。
そのうちのひとり、農作物を司る聖女がミネルバであった。
「……聖女様ですか、ノア様にはどういったご用件で?」
「実はフレイシアさんが結婚したいと相談されまして、その件でございます」
リオンが少し構える。
(……なぜか、このミネルバさんからは筋肉集団たちと同じ気配を感じますね)
洗脳、とその単語が頭を過る。
「申し訳ありませんが、フレイシアの洗脳を解いて頂けませんか? うちの大事な魔法使いなんですよ」
「洗脳などしておりません。わたくしは、愛を教えてあげたのです」
「愛……?」
ミネルバが頷く。
「愛です。何かを愛すれば、人は自然と幸せになるもの」
ミネルバが懐から聖遺物を取り出す。
「一緒に愛しましょう、じゃがいもを」
リオンが鋭く、足を踏み込む。
「残念ですが、私は既にノア様を愛しておりますので」
「あら……そうでしたか」
お互いに、鋭く瞼を細め……膠着する。
「では、お聞きいたします。ノア・フランシス様はどちらにおいででしょうか」
ぷちん、とじゃがいもから芽がでていた。
*
客室にいる俺はその時、初恋の相手を思い出した。
聖女ミネルバ。彼女は母性に溢れ、人々を広く愛する。
特に男性と関係を持った際には、格別に甘やかしまくり、大金を貸したり、食べ物を与えている。
それがダメ男製造機とファンの間では言われていた。
そうして、農作物を司る聖女だ。
「じゃがいもです」
「あ……はい……どうも」
元気な笑顔で、俺にじゃがいもを渡してくる。
自然と視線が下へ向く。やはり胸がデカい。
おっとりした雰囲気も凄く魅力的だ。
隣に居たセシルが睨んでいるような気がするが、俺は気にしない。胸を見る。
「フレイシアさんの相談に乗っていましたら、アーサーくんもいらっしゃると聞いたので、ご挨拶をと」
「ど、どうも……ご丁寧に」
ちょっと緊張するな……ゲームで見るより美人。
じゃがいも狂人であることは知っているが、それを差し引いてもこの人は魅力的なのだ。
俗にいう、俺はおっとり系女子が好きなのだ。
ほら……幼児退行したいって誰だって一度は思うでしょ。実際、それを施したサービスとかもあったりするし。
それをミネルバは体現しているようなものだ。
「ノア? 先ほどから鼻の下が伸びていますよ?」
「へっ、いやいや……違うよ」
もちろん、初恋と言ってもそれは昔の話。
今は恋心を抱いていない……少しはあるかもしれないが。
転生してきた頃は『初恋の人と会うんだ……!』と息巻いていたが、筋肉にハマってからその感情は薄れてしまった。
ミネルバはキョトンすると、視線を自分の胸へ向けた。
「私の胸が気になるのですか? 気になるのでしたら、触りますか?」
「なっ!」
忘れていた! こいつはそういうキャラなんだ!
羞恥心というものが欠片もなく、貞操観念が低い。
だから、そういう一面からも男性人気が非常に高い。
ノアにそこを付け込まれ、襲われかけた。それが例の未遂事件だ。
「ノア、せっかくだから触りましょうよ」
「えっ、セシル……?」
「触ったら、何か斬り落としますけど」
何を斬り落とすんですか!?
ほ、本気の目だ。怖いよセシル……。
セシルがヤンデレ属性なのすっかり忘れてた……。
ミネルバが爆弾を投下した。
「私はノア様のことが好きなので、構いませんよ? クレー様を救っていただいた恩もございます」
「せ、聖女ミネルバさん……よく私、いえ、妻の目の前でそのようなことが言えますね……」
「外国では一夫多妻制というものがございます。一人の殿方が複数の女性と関係を持つことはおかしな話ではありません」
ミネルバが両手を合わせる。
「お話によれば……ノア様は豪華客船で多くの人を魔族から救ってくださった大英雄。私も女でございます。そのような英雄に恋焦がれ、会ってみたいと思うのは仕方のないこと」
思わず頬が引き攣る。
なにこれ、どういうこと。
えっ、もしかして俺、今好きって言われてる?
あれ、なんかよく見ると眼にハートマークが見える。
「ノア様も、じゃがいも、どうですか」
「いえ……結構です……」
「想像してみて欲しいのです。私と一緒に畑を耕し、じゃがいもを育て、子だくさんに恵まれる人生……良いとは思いませんか?」
うーん……悪くはないのだろう。一応初恋の相手だし。
だが、俺はじゃがいもではなく筋肉に人生を捧げている。
ふと声が聞こえてくる。窓の外を見た。
「じゃがいも! 筋肉! あれ……どっち……筋いも? じゃが肉? あれ……?」
「誰かと思ったら、アーサーかよ……」
どうやら道中で洗脳されたらしく、「じゃが……肉……肉じゃが!」と、最終的に肉じゃがで落ち着いていた。
相変わらず馬鹿で羨ましい。
「お兄様ぁ……? お客様、ですかぁ?」
「き、キアラ……」
客室の入り口で、メキメキとドアを握っている。
あの馬鹿力はどこから出てきているのだろうか……。
「あら、可愛い妹さんなんですね。こんにちは、じゃがいも、要りますか」
「要りません!! ふんっ!」
キアラが俺の横へ座る。
セシルとキアラに挟まれるような形となり、俺は縮こまる。
勘弁してください……やめてください……こういう状況、苦手なんです……。
「胸がデカいだけじゃ、ねぇ? セシルお姉さま?」
「ええ、そうです。キアラちゃんの言う通り、胸がデカいだけの女性じゃダメです。ね、ノア?」
えっ、俺に振るの。
「お、俺は胸がデカい方が……好きかな……?」
「は?」
「え?」
二人に睨まれる。
怖い……なんで素直に言っただけで怒られてるのさ、俺。
うう……理不尽だよ。
ミネルバが笑う。
「ふふっ、実際に会ってみると、とても可愛らしい人なんですね」
か、可愛いとか言われると普通に照れるな。
セシルが少しキレながら言う。
「本題に移ったらどうでしょうか、聖女ミネルバ」
「あぁ……そうですね。実は、フレイシアさんの結婚についてなのです」
フレイシア先生は、結婚ができずに悩んでいて、魔法教会へ相談しにいったそうだ。
そこでミネルバと出会い、じゃがいもになった。
「お話を聞く限り、リオン、という方がお似合いだとは思うのですが……」
俺も正直、そろそろ二人がくっ付いてもいいのではないかと思っていた。
だが、無理やり俺たちがくっ付けるのも何か違うようで、見守っていた。
「ですが無理やり、という訳にも行きません」
ミネルバも同じような考えを持っていたようだった。
「私なりに頑張って、じゃがいもで二人をくっ付けようとしたのですが……リオンさんは随分と凄い精神をお持ちなようで……じゃがいもが効かなかったのです」
そりゃあ、うん……リオン先生だし。
「あと、ノア様にもですよ」
俺にもちゃっかしかけてたんかい……。
油断も隙もないな、この聖女。
「そこで……ノア様にどうすれば良いかご相談をと」
「なるほど……」
俺は悩む素振りを見せる。
正直、恋愛事情というものは俺は疎い。
どちらかといえば、女性陣に任せたいところだが……と目線をあげる。
「やってやりましょう……セシルお姉さま」
「そうね、キアラちゃん……あのじれったい二人を、くっ付ける時が来たのよ……」
凄いやる気に満ちていた。
そして、俺だけが気付いていた。
ミネルバが執拗に、俺を見て……下唇を触っていたことを。
「ふふっ……」
えっ、もしかして俺が狙われてる?
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