第36話 愛している


ちょい真面目回です


────────────────



 バタン、と高級レストランの一角で男がテーブルに突っ伏した。

 それは俺の父であるアレクであった。


「む、無理……」


 王都を一望できる一流レストランに俺たちはいた。

 アレクはこの店を予め予約してあったらしく、俺とキアラ、それにセシルの席を用意していたのだ。


「ノア……普通、遊ぼうと言ったら『アハハー! 父上、ボールが早いですよー!』とか、『父上は力持ちなのですね! 尊敬します!』とかが普通じゃないだろうか。なぜ筋トレなんだ……」

「親子との遊びといえば、運動。運動といえば筋トレだよ」

「……絶対違うだろう」


 あの後、俺は父と共に筋トレをした。そこでいくつか分かったことがあるのだが、アレク……父は良い人だ。

 

 仕事で子どもとの時間を作ることができず、帰ってくるにしても距離がある。そんな中でも、必死に時間を作って帰って来て……子どもとの時間を大切にしている。


 ゲームのノアが、なぜあんな性格になってしまったのか。俺にはその原因が親にあると思っていた。


 でも、実際は少し違った。


 セシルが鋭い視線を向ける。


「ノア? お義父様に筋トレを……?」

「えっ、ダメ?」

「ダメです。今度やったら怒りますよ」


 うーん……父は体力不足だし、座り仕事が多いはずだ。身体の為にも、と思ったがやめろと言われたら仕方ない。


 お土産にダンベルでもプレゼントするか。それなら許されるはずだ。


 アレクが突っ伏しながら、顔を横に向ける。


「キアラ……帰ったら、お前との時間も作るからな……!」

「大丈夫、いらない。お父様」


 アレクが唖然として口を開く。

 か、可哀想……。


「キアラ~……」

「おじさん臭いからお父様は嫌」


 テーブルクロスが涙で濡れ、セシルが必死に「そ、そんなことありませんからね! お義父様!」と宥めていた。


 俺はのんびりと景色凄いな~、と眺めていた。


 すると、アレクが真剣な声音で言う。


「ノア……お前は変わったな」

「え? そうかな」

「あぁ、変わった。昔のお前は、酷く横暴な人間だった……ただ、私はお前の父だ。暴力で教育することも、恐怖で教育することもしたくはなかった」


 俺は僅かに視線を落とす。

 ゲームのノアが、どうして性格最悪だったのか。


 その原因は……親にあって、親にはない。


「たぶん、だけど。昔の俺は、父上に構って欲しかったんだと思う」

「私に、か?」


 俺がノアに転生して、数年が経った。その中で徐々にノアの気持ちが分かるようになってきた。

 

 俺も、ノアだから。分かってしまうんだ。


「父上は仕事で忙しい。家に帰ってくることもないし、代理当主みたいな立場にノアはいた」


 その責務を果たす必要はなかったとしても、屋敷の人間はノアと当主のように扱う。長男だから。


 キアラはまだ子どもだったし、親代わりに甘えてくる。それを快く受けて入れていたノアは、意外と優しい子だったんだ。


 ただ……構って欲しかった。


「悪いことをすれば、父上が叱ってくれる。帰って来てくれるんじゃないか……そんな子どもじみた考えだったんだよ」


 見て欲しかったんだ。アレクに自分を。


 仕事よりも自分の事を優先して欲しいと思うのは、子どもなら当然のこと。


 だけど、大人から見ると、仕事だから……と子どもに我慢をさせてしまうのも仕方がない。ダメなのは、それが行き過ぎると子どもが壊れてしまうことだ。


「……すまない。私はダメな父だ」


 アレクが酷く後悔したような面持ちをする。

 父は悪くない。家のため、家族のために頑張って仕事をしている。そのお陰でフランシス家は繫栄し、お金持ちになった。


 それをダメだ、とは誰も言えないだろう。


「今後はもっと、お前たちの元へ帰るようにする……すまない」


 また反省の色だ。

 アレクはずっと、俺たちに会ってから申し訳なさそうにしている。


 ずっと……そんな父が、ノアは気に入らなかったのかもしれない。


 ノアは謝ってほしかったんじゃない。

 

 俺は立ち上がって、テラスに近寄る。

 この王都を一望できる場所に立っていると、心が自然と晴れた。


「違うよ、父上。俺たちは謝ってほしいんじゃないんだ」


 ノア、お前恥ずかしくて言えなかったんだろ。


 俺は振り返り、父へ伝える。


「愛してるって言って欲しかったんだ」


 お前たちを愛してると、きちんと口にして伝えなきゃ……伝わるものも伝わらない。

 どこへ居ても、どれだけ離れていても、その言葉があればきっと……不安なんか感じない。愛されていると思える。


 そうだろ、ノア。




「……ノア」


 アレクが目を見開き、ノアを見つめた。

 自分の言葉が間違っていたことを、ノアに諭された。


 アレクが『お前たちを愛している』と、その言葉を、何年も言っていなかったと気づく。


(忘れていた……謝ってばかりで、私は……その言葉を……)


 最も大切な言葉は、口にしなくちゃいけない。黙っていても伝わらない。


 伝えなくちゃ、何も始まらない。


 アレクの脳裏に、昔の小さなノアとキアラが蘇る。


『父上! キアラと一緒に花を積んでまいりました!』

『お父様! 私が花の冠にしてみたんです! 私たちのプレゼントです!』

 

『おぉそうかそうか! うん、頭に乗っけてくれないか?』


 とても、とても幸せな記憶だ。


『父上! また仕事なんですか……?』

『すまないノア……キアラのことを頼んだぞ』

『……はい』


(兄が妹を守るのは当然だと、ずっとノアに頼っていた)

 

 自分の目の前にいる我が子が、成長したこと、その成長を見られなかったこと。


 それを酷く悔いている自分にアレクは気づく。


 震える手を目元に当て、必死に隠す。


「あぁ……忘れていたよ。簡単なことなのにな……」


 声までもが、自然と震えていた。

 唇を噛み締めて、アレクが言う。


「私はお前たちを、愛している」


 *


 翌日、ノアはセシルと共に居た。

 屋敷の庭園で腰を据えて、休む。


「父上、仕事行っちゃったな~。またしばらくは帰ってこないか、寂しくなるね」

「ノアから貰ったダンベル、凄く嬉しそうにしてましたね……プレゼントとしてはどうかとは思いますが、ハハ……」

「あれで筋トレするんだ! って張り切ってたから、また帰ってきた時が楽しみだね」


 あれからアレクは筋トレにハマり、貿易交渉の際にその筋肉で威圧することで、交渉が上手く行くようになるのだが……それはまた別のお話であった。


「お義父様まで筋肉になってしまったら、私は肩身が狭いです……」

「そんなことないよ。セシルもどう、筋肉」


 セシルがやんわりと苦笑いで誤魔化す。

 

 そうしてノアの顔を見ながら、セシルは考える。


 私は一目あなたを見た時に、驚きました。


 ノアの周りだけ、誰も近寄ろうとしない。怖い人なのだと、私も噂では聞いていました。


 覚えてますか、ノア。

 あなたと一緒に初めてやったダンスの時に、人を助けたこと。虐められている少女を見捨てられず、助けたことです。


 きっと、ノアは困っている人を見捨てられないのだと思いました。

 もちろん、あなたは『自分のため』と言い訳するのでしょうけど、でも……私にはそれが優しく見えるのです。


 あなたは……とても優しくて、暖かくて、心がある人なんです。

  

 だからきっと、ノアでしたら、多くの人を救うことができます。それは必ず、私たちの世界を救ってくれるのだと思います。


 ノアは、とても凄い人だから。誰よりも強い人ですから。

  

 ……これからも、共に横を歩きたい。

 そして、あなたが、それを許してくれるのなら──────。


「ノア、訓練も終えましたし、今日は何をしますか?」

「うーん。久々に、二人でご飯でも食べようか」

「ふふっ、筋肉の話はなしですからね」


 私はどこまでも、一緒に。

 あなたの傍に……あぁ、なんて私は我儘なんでしょうね。


 だって、こんなにも幸せだと思ってしまうんですもの。


「ほら、行こう。セシル」


 ノアが伸ばした手を、私は迷いなく掴んだ。

 セシル・エドワードは……心から、ノア・フランシスを慕っております。



 

────────────────


一章完結です。ラノベで言うところの一巻です。


先月から投稿を始めて、ここまで突っ走ることができました。

本当にありがとうございます。感謝してもしきれません……ありがとうございます。


コメントを読んでたくさん笑わせて頂きました。同じように他の読者さんもコメントで爆笑……という凄い連鎖が起こってますw

 ありがとうございます。


普段はここまでギャグには寄らないのですが、こういう感じの作品を書く作者であると知って頂けると幸いです。作者フォロー(ボソッ


ぼちぼち続きも書いていきます


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る