第34話 『虚空魔法』


「お兄様……? どうしてランニングに行かれようとしているんですか?」

「き、キアラ……? いやね、そろそろ身体を動かさないと鈍っちゃうから……」


 俺は王都の屋敷で、またも監禁されていた。

 キアラは俺の看病と言って、付きっ切りで傍にいる。


 俺がしばらくの間、キアラをほったらかしにしていたことに怒っているようだ。


「全身包帯巻きで、ミイラみたいな人がどう体を動かすんですか? お兄様」

「うぐっ……」


 そう、俺はスオとの戦闘で傷を負っていた。大袈裟だが、ミイラのように包帯を巻いて絶対安静と言われている。


「そうですよ、ノア坊ちゃま」


 セバスたち筋肉集団が見舞いに来てくれる。

 料理長のアンバーが物を置いた。


「ノア坊ちゃま、ここに、お見舞い品のダンベル置いときまっせ」

「助かる……」


 そう言って、アンバーがダンベルを横に置く。


 俺と同じように包帯グルグル巻きで、横に寝かせられているアーサーが言う。

 

「お見舞いでダンベルかぁ。そういうこともあるんだなぁ」

「普通はないニャ……」


 アーサーが後ろに手を組む。


「スオも消息が分からないし、どこ行ったんだろうなーあいつ」


 パタパタ……。


 一匹の鳥が羽ばたいて窓から入って来る。

 その鳥が俺の頭に乗っかる。


 キアラが呆然と、その鳥を眺めていた。


「不細工な鳥……」

「キアラ、そんなこと言っちゃダメだよ」

「ですけどお兄様……こんな気持ち悪い鳥に懐かれてるのに……嫌じゃないんですか?」


 うーん、まぁ分かる。

 俺の頭に乗っている鳥は、丸々と太っていてふわふわした毛並みだ。全体的に紫っぽい色合いに小さな翼が生えている。


「本当に、どこ捕まえてきたんですか?」

「………………そこの森」


 視線を逸らして、俺はそう答えた。


 アーサーが顔を覗かせる。


「へぇ! ノア、デブ助みたいなペットを飼ったんだな!」

「ニャッ!? あたしはペットじゃないニャ!」


 ベチャッと、デブ助が食べていたアイスクリームが落ちる。

 ……おい、食べ物で病室を汚すな。


 てか、デブ助はもうペットだろう。

 

「なんていう動物なんだ?」

「きゅ……九官鳥?」

「すげえ! 九官鳥か!」


 アーサーが九官鳥を指で突く。

 そのたびにペシッペシッと弾き返される。


「お兄様。九官鳥だったら、喋ったら真似するんじゃ?」

「あー……かもねー……ハハハ」


 俺が歯切れの悪い口調で言うと、キアラが九官鳥を抱っこした。


 そうして、語り掛ける。


「こんにちは」

「コンニチワ!」


 いいぞ! 頑張れ九官鳥!


「お前ばーか」

「オマエバ、なんだとこの……!」

「え?」


 抑えろ! 抑えろ九官鳥! 

 キアラにバレるぞ!


「オマエバーカ」

「は?」


 キアラの理不尽と戦いながら、「キョエ―! キョエー!」と言って九官鳥がその場を凌ぐ。


 薄々感づいているのではないかと思われるようなやり取りに、俺は汗を流す。

 アーサーは一切気付いていなようで、興奮している。


「凄いな! なぁ! 俺の言葉も真似してみてくれよ!」

 

 九官鳥にとって、相手はアーサーの方がやり易いはずだ。


「筋肉! 負荷! タンパク質!」


 アーサーの言葉を、九官鳥が翼を羽ばたかせながら再現する。


「キンニク! フカ! タンパクシツ!」

 

 ただ、言葉選びが非常に悪かった。


 お見舞いにちょうど来ていた筋肉集団たちが『タンパク質』に反応してしまったのだ。


「タンパク……質?」

「鳥……肉……?」

「ササミ……」


 っ!?

 まずい……! 

 

 九官鳥も驚き、俺の頭で巣作りを始める。


「カクレナキャ! カクレナキャ!」

「た、食べちゃダメだからね! 大事な魔力の鳥なんだから!」

「まぁ……ノア坊ちゃまがダメって言うならなぁ」

「仕方ねえよなぁ……」


 不満げな様子で納得してくれる。

 危機を脱したことに安堵しつつ、俺はアーサーへ問いかける。


「なぁ、アーサー。もしもスオが生きてたたら、怒るか? アーサーの村燃やしたんでしょ、確か」


 そう、あの戦闘の後、スオの行方は分からなくなっていた。

 アーサーがスオをどう思っているのか、俺は知りたかった。憎しみで包まれているのなら、俺は決心をしなければならない。


「うーん、スオは嫌いだけど。別に恨んでなかったしなぁ」

「えっ……」

「俺、孤児だったんだよね。住んでた村って言われても、ほぼ奴隷みたいな扱いだったし」

「じゃ、じゃあ……」

「恨んでないよ! 燃やしてくれてサンキューって感じだった! でも、人を殺したのは許せないから怒ってた。人殺しはよくないよ、うん、良くない」


 何度も頷き、納得した様子を見せる。

 奴隷みたいな扱い受けてて、よく勇者として覚醒したなお前……。


「だけど、あいつ超強いからさ! 死ぬかと思った。ノア、助けてくれてありがとうな!」


 アーサーが満面の笑みを浮かべる。


 逆にその明るさが、俺には羨ましく思えた。


「気にしなくていいよ」


 凄い奴だよ……アーサー。


 俺がそう思っていると、九官鳥が静かにアーサーを見つめていた。


「お兄様、やっぱりその鳥、変ですよ」

「いやいやいや! 普通の九官鳥!」

「キョエー! キョエー!」


 いつまでこの誤魔化しが効くのやら……。


 俺が内心で疲労してそう思う。


 それから数日後、俺はトレーニングに復帰した。

 庭園で大声がする。


「スオ魔王様ぁぁぁっ! おいたわしやぁぁぁっ!!」


 カバルディが大声で泣いていた。


「し、静かにせぬか! 大声を出すでない!」

「ですが……ですがそのようなお姿になるとは……! 九官鳥など!」

「ふんっ、我とて好んでこの姿になったのではない。魔力の消費が激しすぎて肉体を維持できなかったのだ」


 俺は二人のやり取りを眺めていた。

 カバルディはリオン先生が管理し、スオは俺が捕まえてきた。


 王都では魔族の襲撃だと大騒ぎになったが、フランシス家と勇者アーサーと共に撃退したことになった。

 その功績が認められ、フランシス家の地位は格上げ、多額の報奨金が送られた。


 肝心のアーサーにも多くの褒美が与えられることになったが、本人はすべて蹴り飛ばして『アブソリュート学園に通いたい!』と申しでた。


 どうやら、『ノアと学校行きたい! 楽しそうだから!』という理由らしい。


 もちろんそれは通り、特別学生として入学が許可された。


 入学後に備えて、筋トレと勉強を行っている。


 セバスが勉強を担当し、ここからでも見える位置で勉強を教えていた。


「これで九回目ですがいいですかな、世界には神々の聖遺物がありまして。それを管理している代表的な組織に魔法教会があって……ここまでは分かりましたかな?」

「……わかんない!」

「うぎゃぁぁぁっ! ノア坊ちゃま私この仕事降りて良いですか!?」

 

 俺はふと、『あいつも知能:筋肉なんじゃ?』と思ってステータスを確認したことは言うまでもない。

 素であれはヤバい……。


「スオ様……やはり、全盛期の力の1/3しかなかったため……敗北を」

「ふん。我から見ればその程度は残りカスだ。敗北も悔しくはない」

「それは残りカスじゃないと思うんだけど?」

 

 おっと、つい口を挟んでしまった。

 まぁ、本人が自分の力をどう思っているかは価値観次第だ。


 スオが半分以下……具体的にどのくらいかは知らないが、それを残りカスというのなら、そうなのだろう。


「だが、不思議なことなのだが……我の力の減少がなくなったのだ」

「老化が止まったのですか!?」

「かもしれぬ……ノアとの戦いでさらに魔力が減ったとはいえ、これならば……再起も夢ではないぞ」

「おぉぉっ! ここを足掛かりに、我々旧魔王軍が……!」


 俺は二人の正体を知っているが、傍から見れば大柄な男が、九官鳥のような生物と会話をしている。


 九官鳥であっても、俺にはスオっていう魔王をゲットしたかった理由があった。


 俺は近寄り、気さくに声を掛ける。

  

「ねぇ、スオ……『虚空魔法』、教えて?」

「はっ! 『虚空魔法』は我にのみ許されたもの。『空間魔法』を支配した者のみが扱える! 我もこれを取得するのに苦労した」


 そう、スオはこの世界でたった一人の『虚空魔法』の発現者だ。

 どうやってそれを取得したのか、俺は知りたい。


 それに、『空間魔法』はMasterしている。ならば、俺にも使える筈だ。


「頼むよスオ! 俺にはスオだけが頼りなんだから! 凄いスオに教えてもらいたいんだ!」

「わ、我が……凄い? ふ、ふんっ! ならば仕方あるまいな! 教えてやろう!」


 スオが凄く喜んだ様子を見せた。


 やはり助けて正解だった。

 魔力もあり、世界の知識もある。


 俺の不足分を、しっかりと補ってくれる存在が欲しかった。


 そうして、俺は取得してしまった。


───────────

 New!!

『虚空魔法』Lv1


───────────


 それを見て、笑う。


「フフ……フハハハハハッ!」


 魔王のような笑みを浮かべるノアに、スオが驚嘆する。


「わ、我は……なんという化け物に、『虚空魔法』を教えてしまったのだ……!」


 *


 その馬車は、王都にあるフランシス家の屋敷へ向かっていた。


「子どもたち……ノア、それにキアラよ」


 その男は軽く鼻を鳴らす。


「今、父が会いに行くぞ」

 

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