第33話 交わる線と点


「す、スオ魔王様ぁぁぁっ!!」


 下級魔族たちが叫んでいた。 

 すると、スオが海中から出てくる。


 おぉ……! 気絶してないなんて、すごい硬いんだな。

 しかもノーダメっぽいな……ちょっとショック。


 そうして、スオが大声で叫んだ。

 

「き、貴様ぁぁぁっ! 殴るなんて卑怯だぞ!!」


 俺は困った顔をする。

 何言ってんだコイツ。


「えっ、だって殴っても良いって」

「我は魔法か剣術を見せろ言ったのだ!! 殴れとは言っていない!!」


 いや……見せてみろって言われたら、普通は筋肉を見せるだろ。

 筋肉といえばパワーだ。パワーといえば暴力だ。


 暴力はすべてを解決する! 俺は正しい!


「意味がわからないことを言うな! 頭がおかしいのか!?」


 おっと、口に出ていたようだ。


「むっ……失礼だなお前! 人に向かって頭がおかしいとか言うな!」

「仮にも貴様は剣士ではないのか!! 誇りというものは持ってないのか!」

「ない! あるのは筋肉だ!」


 「な、何を言っておるのだ……? あぁうん? え?」とスオが混乱した様子を見せる。

 少し離れた場所でセシルが眉間に手を当てて「はぁ……」と呆れていた。


 何。なんでみんなして、そんな『コイツ、ダメだわ……』って顔してるの。


「雰囲気というものを……少しは考えぬか戯け……!!」

「いや……刀で攻撃するより、殴った方が早いなって」

「はっ! まさか貴様! 虚槍を素手で触れたのは、肉体が強すぎたからか……!?」


 勝手にスオが納得すると、そこへリオン先生がやってくる。


「ノア様、一匹捕まえました」

「カバルディ!?」

「スオ魔王様……この者は、鬼です……お逃げを……我々を、魔力タンクなどと……」


 リオン先生は少し怪我をしているが、流石だ。 

 スオが頬を引き攣らせる。


「か、カバルディがやられるとは……! フフッフハハハハハッ!」


 あっ……スオ壊れちゃった……。

 リオン先生が俺の傍へより、指をさす。


「あれ、どうしたんですか」

「さぁ……叩けば治るかな」

「ノア様が一回殴ったから壊れたのでは?」


 えっ、俺のせい?

 下級魔族たちが騒ぎだす。


「お、おい……流石にヤバくね? カバルディ様がやられたなんて……俺たちが勝てる相手じゃねえよ……」

「スオ魔王様もさっきふっ飛ばされたしな……」

「逃げた方が良いんじゃ……別に俺たち、スオ魔王様に忠誠誓ってねえし……」


 スオが手を上げる。

 魔力の渦が集中し、風が吹いた。


「使えぬ……どいつもこいつも、使えぬ……! 消えてしまえ、消えてしまえ……ッ!!」


 あいつ、船まるごと、仲間も殺す気か。

 

「『虚空魔法』────虚絶奈落タルタロス


 スオの頭上に、巨大な灰色の塊が出現する。

 それは虚槍と同じ性質で、触れた物を消滅させる魔法だった。


 下級魔族たちが逃げ出す。


「お、俺たちは死にたくねえ……!」

「逃げるぞ‼︎」


 俺にはスオが、『昔は凄い人だったけど、年老いてダメになった人』に見えた。


 過去の栄光に縋って……威張ってるだけの嫌な人だ。


 力が衰え、自分の思い通りにならない世界に苛立ちを覚える。昔と同じような生き方ができない。

 スオは、時代の流れに追い付けなかったんだ。


「ノア様?」


 俺は歩み寄る。


 誰かが、スオを受け止めてやらねばならない。

 対等の立場として、目の前に立って、教えてやらねばならない。


 伝えなくちゃいけない。


「『瞬歩』」


 『瞬歩』×『空間魔法』。


 足元に薄い透明な膜を展開する。

 それを足場に、俺は空を飛んで距離を縮めて行く。


 それを見たフレイシアが叫ぶ。


「ノアが空走ってる! すご! でも、えっ……? なに、あの速さ……」


 スキル────『身体強化(特殊)』。


 俺は姿勢を低くし、さらに速度を爆発的に上げる。


 グギギッ……! 足を踏み込むたび、酷く骨が軋む。

 身体の限界値を超えた状態を維持するだけでも、精一杯だ。


 風の輪っかが俺を包む。

 時間制限のある、俺が今使える最大限の力を引き出す。


 世界が思い通りに行かないなんて、当たり前。

 世界は自分を中心に回っている訳じゃない。変わっていってしまうものなんだ。


 ノアに転生したことで、俺を信じてくれる人がいた。


 俺のことを好きになってくれる人がいた。


 救われなかった人が救われた。


 家族ができた、仲間ができた。


 世界の変化は仕方のないこと────それを納得できない人もいる。


 それでも、変化を受け入れなくちゃいけない。

 俺がノアに転生したことを受け入れたように────。


 カチャ……ッ、刀の柄に手を置く。

 

 セシル、リオン先生、フレイシア先生、セバス……俺が強くなれたのは、一人の力じゃない。

 支えてくれたみんなが居たからだ。その想いを、この一刀に……この一刀で証明する。


 魔法を放っても、中途半端な斬撃を与えても、殴ってもスオは倒れない。


 吹っ飛ばすだけではダメージを与えられない。

 スオの自信通り、俺では攻撃を与えられない……!


 だから、重く、それでいて絶対の一撃────。


 神速抜刀。


 クソッ! 刀が重い……! 空気抵抗か!!


 神速ともいえる速度による空気抵抗で刀が抜けずにいた。その重さはお手製ダンベルの比ではない。


「来いッ!! ノア・フランシス! 貴様ごと消滅させてやろう……!」


 刀を振り抜け……抜け! 重さなんか無視しろ! 動け、動け!!

 

「きん……にく……筋肉ッ!!」


 神速によって、海面が割れる。

 スオの巨大な魔球が待ち構えた。


 二人の言葉が重なった。


「神速抜刀……」

虚絶奈落タルタロス……」


 そうして、技が衝突した。


「斬れろ!!」

「堕ちろ!!」


 線と点が交わる。

 

 一瞬の煌めきがしたかと思えば、虚絶奈落タルタロスが収束する。

 音が消える。


 無音が続き、突然にして暴風が吹き荒れる。その余波で船が大きく揺れ、船内の人々が悲鳴を上げた。

 

 それが静まると、セシルたちが呟いた。

  

「すごい……」

「ヤバいわね……」


 その衝撃を肌で感じ、この戦いが人知を超えたことを悟る。

 セシルが気付く。


「っ! の、ノアは!?」

「海の中……?」

「わ、私探しに行きます!」


 セシルが飛び出して行ってしまう。

 セバスが言う。


「わ、我々も探さねば!」


 *

 

 ここは、海か。

 沈んでいる……我は、負けたのか。

 

 ノア・フランシスか……ふんっ、我の身体を両断するとは、やるな……。


 思い返せば、我の人生は退屈だった。魔王となり、自身より強い者が消えた。


 退屈で自堕落に生活していて、気付いたら……力が落ち始めていた。

 まさかこの我が、老化で力を失うとは思わなかった。


 我が現魔王と戦った時には、既に全盛期の半分しか力はなかった。戦闘のセンスも衰え、敵に対する興味もない。


 自惚れ、感情のままに魔法を振るった。


 そのような状態では、負けるのは見えていた。


『我を殺せ……! 敗北者を殺すことは、魔王を引き継ぐ仕来りだ……ッ!!』

『断る。お前を殺して、どうなるという。魔族は今、勢力が弱まっている。私の下で仕えろ……共に魔族を繁栄させるのだ』


 我はこの時、侮辱だと思った。


『ふざけるなぁ!! 我に生き恥を晒せと申すか!!』

『そうだ。生きろ』


 負けた魔王に存在する価値はない。

 後ろ指をさされ、旧魔王などと罵られる。


 お前の時代は終わったのだと、馬鹿にされる生き方を選べというのか。


 許さぬ……許さぬ! いつか必ず、その座を取り返す……!


 だが……我の力はそれから弱っていく一方であった。


 ノアと戦った時にはもう、全盛期の残りカス程度の力しかなかった。


 ようやく、死ねる。戦いの中で。


 ふと、誰かが我の腕を掴んだ。


 ……貴様は、ノア・フランシス。

 フフッ、貴様まで、現魔王のように『生きろ』というのか。

 

 我は、必要とされているのだな。死ぬことばかり考えていたが……そうやっと思えた。


 うん? 何をパクパク口を動かしている……?


『つ・か・ま・え・た?』

 



────────────────────


近況ノートでリオンVSカバルディの戦闘掲載してます。

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