第32話 第33代魔王・スオ


「誰だ貴様は」


 スオは不遜な態度を崩さず、不愉快そうにノアを見下した。


 ノアが思う。

 

(空中で浮いてるな。どうやってんだろう、あれ。まぁ、魔族で敵だってことは間違いない。なんか強そうだし……)


「あなたこそ誰ですか、うちの大事な勇者を傷つけて」

「貴様が名乗れ」

「あなたが名乗れ」


 どちらも譲らず、静かに見つめ合う。

 その光景はまるで、強者と強者のぶつかり合いであった。


 二人の距離はおよそ数百メートル。その二人の距離に、割って入ろうとする人物は誰も居ない。


 彼らの間合いに入れば、死を意味することくらい、その場にいた誰もが理解していた。


 カバルディが震えたまま止まっている。


 その光景を見た満身創痍のアーサーは、かすかに笑う。


「ハハ……リオンさんが言ってた……ノアが一番強いって……すげえや……」


 そうして、アーサーは静かに目を瞑り気を失う。


「カバルディ、首を刎ねよ」

「リオン先生」


 お互いに名を呼び合うも、リオンの方が動きが速かった。


 剣戟による火花が散る。


 カキィィィン……ッ!!


 剣が弾き合う。


「アーサーは親友の弟子なんですよ。勝手に殺されると、私の会わせる顔がない」

「邪魔をするな! 人間!」


 リオンが踏み込む。

 リオンは手首を捻り、小手先の剣術で翻弄し、カバルディの横っ腹を蹴り飛ばした。


 カバルディが吹っ飛ぶ。

 リオンが息を吐いた。

 

「最近は鬼と呼ばれていたので、人間と呼ばれるのは久しいですね」


 スオの頬が僅かに動く。


「不愉快だ。実に不愉快だ」


 パチンッとスオが指を鳴らす。

 すると、海底の底から数百もの魔族が現れる。


 フレイシアが叫んだ。


「何よこの数……! 私たちの倍いるじゃない!」


 空を覆い尽くすほどの下級魔族の群れに、フレイシアや【十二の魔法使い】たちも息を呑む。

 普通の冒険者であれば、足が竦み逃げ出しても、誰も文句は言わないだろう。


 下級魔族の一人が叫んだ。


「殺せぇぇぇっ!」


 ノアの目前に数体の下級魔族が迫る。


 三つの影がノアの前を走った。

 執事のセバス、料理長のアンバー、警備隊長のオルガが飛び出していた。

 

「数が多いだけで……我々筋肉の前では」

「意味ねえよなぁ? オルガ」

「あぁ、ねえな」


 数体の下級魔族は筋肉の圧力に潰され、気絶する。

 甲板が大きくへこむ。


 ノアが頬を膨らませる。


「こら、船壊すなよ。高いらしいんだから」

「あっ、すみません。ノア坊ちゃま」

「まぁ弁償すればいいんだけどさ……それにしても」


 ノアが数歩前に出る。

 歩を進めるごとに、スオがその歩みを注視した。


「ちょっと数が多いな」


 ノアとスオの距離はまだ遠い。


 されど、一瞬で詰めることはできる。


 スオは考える。


 幾千もの戦いを経て、人間の何世代にも渡るほどの人生を生きてきた。全盛期は魔王とも称され、魔族からも神からも恐れられた。

 その中で見てきた人間に、このような……我を威圧させるであろう人間はこれまで居ただろうか。


 否────不快ではあるが、そんな奴は……現魔王しかいなかった。


 それに届き得ると、並ぶというのか。


 このような小僧が。


 実に……不愉快だ。


 刃を交えずとも、スオは分かってしまった。

 ノアが自身に匹敵する敵であると、自ら手を下すに相応しい相手であると。


 空を飛んでいた下級魔族たちが、ノアに飛び掛かる。


「筋肉は無理でも、人間の小僧ならやれるぞ! 行けぇぇぇっ!」

「「「うおおおおっ!」」」


 飛び掛かる魔族たちを見て、スオが目を細める。


「愚か者共が……敵の力量も分からんか」


 ノアが刀を構える。


 『刀術』×『空間魔法』×『炎魔法』。

 

「落とす────無数爆炎斬術」


 魔光が走る。無数に広がった斬撃が爆発し、連鎖的に空を覆いつくす。

 パタパタと魔族が落ち、海へ沈んでいく。


「少し減ったけど……『気配察知』使えないから、正確な数が特定できないな」


 随分と派手な攻撃を使うのだな、とスオが思う。

 

(ふんっ、下級魔族では相手にならんか)


 ノアはなお、歩を一歩ずつ進める。

 こちらへ、着実にスオの元へ。


「時間の無駄だな」


 スオは少し、気だるげに息を吐いた。


「良いだろう。名乗ってやる……それに、貴様を配下に加えるのも一興だ」

「配下?」


 ノアの問いに答えることなく、スオは立ち上がる。

 それだけの行為、軽く魔力を放っただけのスオの気配。


 セバスが、目を見開く。


「この者……私よりも、強い……!」


 スオが空から降りてくる。

 カツン、カツンと一歩ずつ。


 その金属のような足音に、その場にいた誰もが目を離せない。


「我が名は第33代魔王・スオ」

「フランシス家次期当主ノア・フランシス」


 スオにとって、目の前の敵はイレギュラーそのものだった。


 我はなぜ、少しばかり感情が高ぶっているのだ────と、スオは心を落ち着かせる。

 だが、出来なかった────。

 

「フフッ、フハハハァッ! どこまで我に通用するか、試してみろ。ノア」


 内側から込み上げてくる熱を、スオは我慢できなかった。


 スオが手をあげる。

 濃厚な吐き気を催す魔力に当てられ、視界が歪む。


 セバスが叫ぶ。


「────ッ!! ノア坊ちゃま!」


 スオが指を弾いた。


「『虚空こくう魔法・虚槍』」

 

 ノアの頭上に三本の槍が出現する。


(なんだこの魔法……空間魔法にすげえ似てる……)

 

 冷静にノアがそう思う。


「堕ちろ」


 三本の槍が、ノアを直撃する。

 バァァァンッ!! と砂埃が舞う。


「ほぉ……! やるではないか」


 ノアは『観察眼』で虚槍を見切り、『瞬歩』で冷静に回避した。


「躱す判断良し。それに当たった者は虚空間へ消える」


 『虚空魔法』、それはスオにのみ許された魔法だった。


「貴様らが使う『空間魔法』の最初の発現者は、我だ。我の下位互換でしかない貴様らに、我は倒せぬ」

 

 『空間魔法』の上位魔法、『虚空魔法』。

 触れた対象をそのまま虚空へと消し去り、空間を歪める。


 スオにとって、空気、大気そのものが武器であった。


「フフッ……貴様ら人如きが、始祖の力に勝てるとでも? 勝機があるとでも思ったか」

「そうか……」


 ノアが虚槍に触れ、折る。

 スオが違和感を覚える。


(ん? こやつ、今素手で虚槍に触れんかったか?)


 スオが考える間もなく、ノアが刀を握る。


「ほぉ、面白い。貴様の攻撃を一撃くらいは受けてやる。どこまで通用するか、やってみろ」

「えっ、良いの?」

「構わん、やってみろ。貴様の剣術……いや、魔法でも見せてみるがいい」


 スオは思う。

 

(我の身体は最強の魔法耐性がある。普通の魔法では傷一つすらつかん……しかも、こ奴は剣士……!! 刃など通らぬ!)


 スオが深く笑う。


(我への恐怖を植え付け、闘争心を殺す! 所詮は人間……!)


 ノアが服を脱ぐ。


「は? 貴様、なぜ服を脱いで────ブヘッ」

「せいっ!」

 

 スオの頬を、ノアの拳が貫いた。

 甲板からスオが吹っ飛び、海水面上に何度も身体を打ち付けた。


 バァァァンッ!!


 大きな水柱を立て、船に雨が降る。


 下級魔族たちが叫んだ。


「「「ス、スオ魔王様ぁぁぁっ!」」」

 

 その光景を見ていたセシルが溜め息を漏らす。

 

 下級魔族の一人が呟いた。


「あ、あいつ……! 剣士なのにスオ様をぶん殴りやがった!」 


 それを聞いて、ノアが首を傾げた。


「剣士でも殴るだろ。筋肉あれば」


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