第31話 アーサー視点/揃ってしまった


 アーサー・ミリアムは、いつも一人だった。

 

 夜の風は少し冷たい。

 だが、船内のパーティー雰囲気と比べれば、アーサーはずっと気楽に過ごすことができた。


「ニャ~……」

「なんだデブ助、まだ拗ねてるのか? ほら、持ってきたから食べなよ」


 俺はデブ助を抱っこし、豪華客船から海を見渡していた。

 むしゃむしゃと俺の腕の中でデブ助がイカ焼きを食べている。


「なぁ、デブ助。俺、ずっと辛かったんだ。孤児の頃に村が魔族に襲われて、住む場所も生きる場所も失ってさ……正直、家族って居なかった。勇者だーって勝手に祀り上げられて、期待されて……」


 俺は幸運にも馬鹿だったから、責務とかそういう重い感情は分からなかった。


 どこまでも明るく、それで楽しく過ごせればよかったんだ。

 ある時、ゴブリンの群れから村を救った。それで感謝されたことが、凄く嬉しかった。


 そんな時、師匠に出会って強くなりたいと思った。


 強くあれば、人を守れる。感謝される。でも、少し寂しかった。

 

「それで、今はどうなのかニャ?」

「楽しい!」


 変な魔法使いと戦ったけど、その後にデブ助を捕まえて、一緒に旅をして、ノアと出会った。

 

 俺はフランシス家の屋敷で、初めて家族を知ったような気がした。


 それが俺にとっては心地が良い。


 視線を海に落とす。


 海に映る月明かりが反射して、少し眩しく思う。


 訓練はキツいし、周りの人間は化け物だらけだけども、それでも、自分を仲間として認めてくれている。


 そんな人、これまでどこにもいなかった。


 みんな、俺を頼りにしているだけだ。それでもいいと、俺は思っていた。

 お人好しだと、自己犠牲だって人に笑われるかもしれないけど。俺はそんな人生でも構わなかった。


「ふーん、良かったニャ」


 デブ助が優しい言葉を投げてくれるとは思わず、少し驚く。


「なんだ。くだらないって言われるかと思った」

「くだらなくないニャ。アーサー、あたしはずっと傍に居たから気付いてるんだニャ」

 

 デブ助はそう言って口周りがべちょべちょのまま、俺を見る。


「アーサー、出会った頃よりもよく笑うようになったニャ」

「そうか?」


 考えてみれば、長いことデブ助とは一緒にいる。

 デブ助はもう俺の家族も同然だ。


「そうだニャ。それはつまり、肩の荷が少し降りたからニャ」

  

 あぁ……そうかもしれない。

 ノアがいるから、つい俺はもたれ掛かってしまった。


 肩の荷が少し軽くなった。それだけで、こんなにも笑顔になるとは思わなかった。


「なら、ノアに感謝しねえとな……ハハ! 俺、フランシス家のみんな、大好きだわ!」


 その言葉を聞いて、デブ助が僅かに眉を顰める。


「あ、もちろんデブ助もだぞ! 大好きだ!」

「デブ助じゃニャァい」

「あっ……そういや、名前ちゃんとあるんだっけ……?」

「ふんっ、もうデブ助で良いニャ。あむあむ……」


 デブ助……俺、お前にずっと黙ってたことがあるんだ。

 お前、俺が食べ物をよく与えるようになってからさ……出会った頃より一回り太ってんだわ。


 でも、俺、ずっと黙っとくよ。


 デブ助がご飯食べてる時の顔、すげー可愛いんだもん。


「ふふっ」


 思わず笑顔を溢すと、風が止んだ。


 月が雲に隠れる。


 一瞬で暗闇が増し、冷気が肌をなぞる。


「随分と楽しそうな笑顔をするな。アーサー」


 ─────ッ!!


 咄嗟に俺は剣に手を伸ばす。


「ニャッ!」


 この声ッ! この張り付くような空気……!

 俺は知っている。


 心臓が早く鼓動する。


 本能が言っている。戦ってはならない。逃げろと叫んでいる。

 この声の主の強さを身をもって知っている。


 俺はこの男を、知っている。

  

「剣を抜くが良い。その不遜を我は許してやろう」


 黄金の瞳をし、上空で立っている男へ向けて、俺は視線を鋭くする。


「スオ……!」


 俺の村を焼き払い、のちに魔王の座を奪われた男だ。

 

「元魔王が、俺になんの用だ!」

「元……だと?」


 スオの感情が僅かに揺れたような気がした。

 

「我は今も魔王だ。その座を一時的に貸しているに過ぎない」


 嘘つきめ……お前は負けたから、魔王の座を奪われたんだ。

 だって、現魔王は……女だ。男じゃない。


 女を嫌うお前が、そんな屈辱的なことを許せる筈がない。


 それにしてもまずい……ここはノアやリオンさんたち、フランシス家のみんなが居る。


 いくら強くても、スオは元魔王だ。誰も太刀打ちができない。


「悩み、戸惑い、決断ができない。お前は昔から変わっていないな、アーサー」

「くっ……!」


 剣を抜けば、ここで戦闘が起こる。

 大好きなみんなを……巻き込めない。


「だが……我にとってはこんななど、興味がない」


 ヤバいッ!!


 頭上から巨大な影が走る。


「なっ────ッ」


 バァァァンッ! と衝撃が響く。


「スオ魔王様、下級魔族たちが到着しました」


 大柄な男は、体中に蛇のような模様が入っていた。角が生え、首元にチェーンを巻いている。


「カバルディ、いいタイミングで来た。命を下す」

「はっ、なんなりと」


 アイツは確か……スオの最も忠実な配下……! まだ生きていたのか!


「アーサーの相手をしてやれ。お前も、成長が楽しみだったのだろう?」

「ですが、殺してしまうのでは……?」

「構わん。どうせアンデット化させて配下に置くのだ」


 スオが空中で横になる。

 まるで動物との戦いを眺める王のように。


「アーサーよ。せめて、死ぬ前に踊ってみせろ」


 デブ助が戦う姿勢を見せようとした。

 逃げずに一緒に戦おうとしてくれるのは嬉しかったが、俺は咄嗟に叫んだ。


「デブ助ぇ! 逃げろ!」

「ニャッ!? で、でも」

「走れ!」


 俺の叫びで、デブ助が走っていく。


「スオ魔王様」

「放っておけ、ネズミ一匹。どうせこの船は魔妨害されていて、『気配察知』も効かん。我らにとって危険分子はアーサーくらいだ」

「御意」


 俺は少しだけ笑みがこぼれそうになった。

 でも、我慢する。



「はぁぁぁ……」


 アーサーは心の中で唱える。

 

 閃光流剣術──────。

 

 大きく目を見開き、瞬きをしない。相手を見たたま、身体を制止させる。


 口を開けたまま、深く息を吐く。


 そうして、息を止めた。


「『閃光』」


 *


「ニャッニャッニャ!」


 デブ助が船内の会場に飛び入る。

 勢いよく扉が開き、ノアのテーブルに突っ込んできた。


 ガタガタ!


「うおっ! デブ助どうしたの!?」

「ニャ、た、大変なんだニャ!」


 デブ助は先ほどの出来事を説明し、徐々に涙を目尻へ溜めていく。

 自分の無力さと、どれだけ自分がアーサーを好きになっていたかを自覚してしまったからだった。


「お願いだニャ……アーサーを、助けて欲しいニャ……あいつ、みんなのこと大好きだって……」


 話を聞いたノアは、静かにデブ助の頭を撫でた。

 近くにいたリオンも、セシルも、全てを把握する。


 敵襲だ、と心の内側で叫ぶ。


 ノアが笑顔でデブ助へ言う。


「大丈夫。こんなこともあろうかと、各々準備はできているよ。だから俺たちは鍛えてきた訳だしね」


 他に参加していたパーティーの生徒たちが、ざわつき出す。

 先ほどまでなかった異様な雰囲気が、会場を包み込む。


 ノアが『空間魔法』で刀を取り出した。


「セシル」

「はい」


 名前を呼ぶと、セシルが横に並ぶ。


「リオン先生、フレイシア先生」

「どこへでも」

「え~……面倒ねぇ……」


 リオンが剣を握る。フレイシアが杖を手に取る。


「セバス」

「御意」


 他の筋肉集団も、ノアの後ろにつく。


 王国に一度はその名を轟かせた者、これから名を馳せるであろう人材たちだった。


 王都の剣術大会優勝者────【星天】の異名を持つセシル・エドワード。

 Aランク冒険者にして、その実力はSランク並み……影法師のリオン。

 伝説の暗殺者とまで王国に名を馳せた老兵、セバス。


 ノアと共に体を鍛え抜いた筋肉集団。

 そして筋肉集団に紛れ、十二の魔法使いとして悪名高き、天秤の魔法使いアルバス、服従の魔法使いフラマ、魔髪の魔法使いリサの姿もある。


 フランシス家の総力である。


「行くぞ」


 ノアの歩みに、人々は自然と道を開ける。


 その光景を見ていた第二王女クレーと、アブソリュート学園の試験官を務めたシノは苦笑いを浮かべた。


 クレーの護衛が言う。


「魔族が……! 王女様、我々も同行した方が良いのでは?」

「いや……逆に彼らの邪魔になるだけだ」


 すると、シノが傍に近寄る。


「そうそう。任せときゃええねん、あの筋肉集団に。もう王都へ救難信号は送りましたんでね……すぐにでも助けは来まっせ。儂らの役目は、それまでこの会場を守ることじゃろ、そうじゃろ?」

「……あぁ、そうだ」


 だが……とクレーはフランシス家の一行を見る。


「私にはノアが、魔族より恐ろしく見えてしまうのは気のせいだろうか……」



 ───────────────────

 【ノア・フランシス】 レベル:101 年齢:15 性別:男


 体力 :SS

 攻撃 :S+

 魔力 :S+

 素早さ:S

 知能 :筋肉

 

【スキル】スキル

『鑑定』       Lv10

『瞬歩』      Lv Master

『気配察知』    Lv Master

『並列思考』    Lv Master

『刀術』      Lv Master

『空間魔法』    Lv Master

『錬金術』     Lv9

『魔力耐性』    Lv10

『観察眼』     Lv7

『コピー』     Lv4

『身体強化(特殊)』 Lv1

爆発物ダンベル』     Lv7

『脱衣』      Lv5


 ───────────────────



 バァァァンッ!!


 豪華客船の側面にアーサーが吹き飛ばされる。


「カハッ……」


 もはや気を失いかけ、剣を握る力すら残っていない。

 アーサーは辛うじて意識が残っており、致命傷を避けて戦っていた。


「もう終わりか。カバルディ、首を刎ねよ」

「御意」


 カバルディは自身と同じ大きさの大剣を持ち、近寄る。

 頸を跳ね、死体を持ち帰る。その目的を達成しかけていたスオが溜め息を吐く。


「アーサーよ、お前は変わっていない。弱いままだ……だから、我の元で強くしてやる。アンデットとしてな」

 

 スオの剣の形をしたイヤリングが風で揺れる。

 カバルディの大剣が月明かりによって輝いた。


「さらば」


 その刹那、強風が吹く。


 キィィィン……。

 アーサーの首を刎ねにかかったカバルディの刃が、寸での所で止まった。


「……カバルディ。何をしている、なぜ手を止めた」

 

 カバルディの手が震え、汗を流している。


「も、申し訳ございません……スオ魔王様……ですが、手が……身体が恐怖で動かないのです……」

「は?」

「アーサーの首を斬れば……私の首が飛ぶ……気がしたのです……」


 その時、足音が響いた。


 カツン、カツンと傍へ近寄り、次第にそれは姿を現す。


「間に合ったかな。殺気だけ飛ばしてみたけど、うまく行ったみたい」

「そのようですね、ノア様」


 筋肉集団が到着した。

 




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