第29話 デブ助と豪華客船の旅


 海だ。何年ぶりに見ただろうか。

 潮の香りと海の音を聞きながら、心地よい気分に浸っていると、声が聞こえた。


「旅行! 旅行! 旅行! ひゃっほぉ~!」


 フレイシアが出先で踊っていた。

 それにつられ、【十二の魔法使い】であるアルバス、リサ、フラマも踊る。


「フレイシア先輩! やりましたね! 俺たち、初の旅行ですよ!」

「リサ! シャンプーやトリートメントはあるわね!?」

「もちろんですわ! リオン先輩が隠していた砂糖菓子もおやつに持ってきました! フレイシア先輩!」

「流石は私の後輩! さ、行くわよ~!」


 楽しそうに四人は踊っている。上下関係をはっきりさせる辺り、フレイシア先生はしっかりしている。

 でも、遊びに行く訳じゃないんだけどなぁ……。


 隣にいたリオン先生が静かに彼らを睨んでいたのは、言うまでもない。


 わざわざ王都から離れ、こうして海岸までやってきたのは理由があった。


 これは入学後すぐに行われる親睦会であった。

 

「まさか、入学早々に豪華客船で海パーティーとは……凄いなぁ、貴族って」


 流石、お金持ち学園は違う。平民であっても参加が可能で、参加費は学園持ちだそうだ。一種のお祝いも兼ねているのだろう。


 中にはこれを利用した婚活もあるらしく、出会いの場としても使われている。

 

 でも……正装がキツい。


 俺の裾を引っ張り、セシルが言う。


「ノア、似合ってますよ」

「あ、あぁうんありがとう……」


 正直、この服を脱ぎたい。

 俺と一緒に付いてきたセバスたちもそう思っているようで、今にもスーツがはち切れそうになっていた。

 

 というか、背中が筋肉で少し破れてるし。俺はまだそのレベルに達していないということか……。


「ノア、私は……どうですか?」

「うん? あぁ、セシルも似合ってるよ」


 セシルは赤を基調としたドレスに身を包んでいる。

 素直に褒めるも「むー……」と睨まれてしまう。


 何か間違えた? 分からん……。


 リオン先生が言う。


「ノア様、これ立派な船ですね」

「そうですね……」

「私が調べた限りだと魔法教会が提供してくれたらしいですよ」


 何度か説明され、ようやく理解できたのだが、王都には『魔法』を信仰する組織がいるらしい。由緒正しく、古くから存在する魔法を守り伝える。それが魔法教会であり、かなり権力を持っている。


「ノア様、アブソリュート学園は魔法教会と深い繋がりがありますからね。それも一躍買っているのでしょう」


 まぁ、無料で旅行ができるのなら、それはそれでいい。

 だけど……この豪華客船、ちょっと変だ。


「『気配察知』に一切反応がない……」


 街の形や人の人数まで把握できるはずなのに、この豪華客船だけ何もない感じだ。『気配察知』からは海の一部として認識されている。


 するとリオン先生が教えてくれる。


「この船は魔妨害鉱石が船体に埋め込まれているんですよ。要人が乗る船ですから、海賊や悪人に特定されて襲われてしまうと、大変です」


 凄いなそれ!

 魔法の探知無効やスキルによる探知も防ぐのか!


 じゃあ、船内だと『気配察知』は使えないのか。


「ですので、特定の周波に合わせた魔力を定期的に王都へ流し、位置を報告してるんです」


 この船作るのに、一体いくら掛かるんだろうなぁ……。

 

「リオン先生詳しいですね……」

「何かノア様の訓練に使えないかな、と日夜勉強しておりますので」


 ありがとう! と思わず叫びそうになる。

 リオン先生はいつも俺のために行動してくれる。


 これがどれだけ有難いことか……。


 ふと、アーサーたちの声がする。


「デブ助、旅行なんて楽しみだな」

「ニャ~、美味しい物食べるニャ~」


 あいつ……もう自分が猫じゃないことを隠そうとしてなくないか?

 なんでアーサーも気付かないんだよ。そいつ、猫じゃないだろ。


「美味しい物かぁ、うん! 楽しみだ!」 

「あ、あのお客様……すみませんが、ペットは別の形で乗せて頂かないと。こちらのサービスで管理致しますので、一緒には」

「あれ、そうなんだ。じゃあ美味しい物、一緒に食べられないか……」


 猫の弊害が出たようで、デブ助はペット用キャリーに入れられる。


「にゃ!?」

「ごめんなー、猫とは無理だって……デブ助」


 まぁ、仕方ないか。

 本人も自分を猫だと偽っている訳だし、流石に食べ物で正体をバラすとも……。


「ま、待つニャ!」

「デブ助? お前、流暢に喋れるようになったんだな!」

「そ、そうだニャ! だから話を……」

「でもごめん! ルールはルールだから……! ペット用のサービス、お願いします」

「はい。船が安定し、甲板でしたら放しても大丈夫です」


 ペットの説明をされ、キャリーが持っていかれる。

 デブ助はゲージ越しに肉球を伸ばす。


「は、話を聞くニャ! 待て、待ておらぁぁぁっ!」

「じゃあなデブ助~!」


 アーサーが手を振って見送っている。

 デブ助は涙目になりながら、食べ物への執着を諦められていなかった。


「あたしは……あたしは……! デブ助じゃニャぁぁぁい! 食べ物ぉ~!」

 

 俺はその光景を見ていて、こう思った。

 なにやってんだろう、あいつら……。


 さらに気付く。


「えっ、ダンベル持ち込めないですと!?」

「そんな! 私たちの筋肉はどうすれば!」

「さ、流石に鈍器は……」

「違いますぞ! これはダンベルと言ってですな……」


 うん、あれは俺、関係ないな。

 ……『空間魔法』、取得しといてよかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る