第28話 王都の屋敷


 王都の屋敷へ、俺は戻った。


「あっ、ノア様。お帰りなさい」

「リオン先生! ただいま戻りました!」


 セシルが後ろで「デート……デート……邪魔者、許さない……」と落ち込んでいた。

 また今度ね、と約束したものの、やはり不満な様子だ。一緒に付いて来たアーサーを睨んでいる。


「ノア様、新しい魔力タンクですか?」

「違うよ。魔力タンクはこの前増えたでしょ」

「ですが、まだ満足されていないでしょう。魔力耐性に対する強度が前より上がっていますよ」


 うーん、それは感じている。【十二の魔法使い】の魔力タンクをもってしても、今はもう物足りない。数としても三人しかいないから、あと一人は欲しい所だ。


 すると、ゴソゴソとアーサーの服に猫が入る。


「デブ助、どうした? 俺の服に隠れるなんて」

「にゃ、にゃぁぁぁ……」

「デブ助……それは誰ですか?」


 リオン先生が反応する。

 アーサーの前へ立ち、ジーっとデブ助を見つめる。


 汗だくで、猫がニャンと鳴く。


「にゃ、にゃぁ”~ん、にゃんにゃん」


 うん、不細工だ。てか、この猫……やっぱり猫じゃないような気がする。

 猫っぽいが猫じゃない。だって、たまに仁王立ちしてるし。


 せめて猫と言えるのは、猫耳と尻尾、そして身体が小さいことくらいだ。


「この猫……」


 デブ助が息を呑む。焦点が合わないようで、必死に「にゃあ”あ”あ”」と鳴いている。

 リオン先生が口を開いた。


「可愛いですね」

「えっ」

「分かる!? あんたセンスあるなぁ!」


 か、可愛い……? この不細工な猫が?

 セシルも同様にそう思ったようで、「えっ」と少し引いていた。


 美的センスは人それぞれだと思うが、人型っぽい猫を可愛いと言えるのか。ある意味、人面猫だ。


 リオン先生が指でツンツンとデブ助を突く。


「私、動物は好きなんですよ。素直だし、言う事聞くし、忠実だし……何よりサボらない」

「デブ助サボらない猫ニャ~、にゃ~」

「ほぉ、サボらない猫とは……良い猫ですね」


 今喋らなかった!?


 ねえリオン先生! 普通に会話してなかったか?

 

 完全に惚れているようで、リオン先生はデブ助を撫でまわしている。

 

 動物に甘いなんて……知らなかった。


「へぇ! 動物に優しいなんて、あんた良い奴なんだな! あっ、あそこにも人いるじゃん! おーい!」


 アーサーが手を振るも、彼ら【十二の魔法使い】ズは反応しない。


「今彼らは魔力切れで動けませんよ」

「へぇ~、なんの仕事なんだ?」

「魔力タンク」

「え?」


 アーサーが笑顔のまま固まる。

 少し経ってから、自分の中で答えが出たのか口が動いた。


「あぁ! 魔力タンクか! 変わった仕事してるんだなぁ!」


 セシルが目を見開いて驚く。


「納得した!? ねぇノア! 今この人納得しませんでしたか!? そんな職業ないのに、勝手に自分の中で補完しませんでしたか!?」

「セシル、魔力タンクは重要な職業だよ。ほら、彼らも楽しそうに仕事してる。見てごらん」


 捕まえた【十二の魔法使い】が視界に入る。


「わ~、蝶々だ~」

「アハハ……アリさんこんにちは。今日は良い天気ですね」

「太陽は良いな! うん! 太陽は良い!」


 完全に疲れ切っている様子で、庭園で各々休憩している。


「性格が変わってます!!」

「いいえ、彼らは単純に魔力切れで疲労しているだけです。すぐに回復ポーションを持ってくるので、大丈夫です」

「へぇ~、じゃあ、あっちの筋肉は?」

「あれはあなたが将来なる姿ですよ」


 アーサーは思考をやめたようで、何を見ても「へぇ~」としか言わなくなってしまった。


 そうしてリオン先生が回復ポーションを取りに行くとき、俺たちは気づいてしまう。


 首輪に繋がれ、引っ張られているフレイシアが居たことに。しかも、『私は仕事をサボりまくって小説を読んでました』と看板を付けられている。


 アーサーが自然な口調で言う。


「色んな人がいるもんだなぁ! 世界は広い!」


 アーサーの適応力凄いな、流石勇者だ。

 俺が感心していると、リオン先生たちの会話が聞こえてくる。


「リオン……そろそろ反省したから、この首輪取ってよ~」

「まぁ……そうですね。客人の前ですので、やめておきましょうか」


 そう言って、リオン先生が首輪を取る。


「今度から気を付けてくださいね」

「あい……気を付けます……でも! 時にはサボりながら仕事をするのも大事だって、魔法教会でも言ってたじゃない!」


 解き放たれた瞬間に元気さを取り戻し、なんとかリオン先生を説得してサボる時間を作ろうとする。


「確かに、時に人はサボって仕事をした方が効率は上がります。息抜きは必要ですから」

「なら────」

「フレイシア。あなた、小説に夢中になりすぎて寝ずに仕事してましたよね。しかも、私が隠していた砂糖菓子まで勝手に食べて」

「げっ、バレてる……」


 軽く睨みつけられて、それ以上の反論をフレイシアはやめる。


「サボり方にも限度があるんです。はいこれ、サボって読んでた小説です……全く」

「やった! 返してもらえると思ってなかったわ!」


 喜んでフレイシアが飛び跳ねる。

 そんな様子を無視して、リオン先生はポーションバケツを持っていった。


 しかし、小説を開いたフレイシアが震え出す。


「……リオン、リオンあの野郎ぉぉぉぉっ!」


 そこには小説の台詞に『※この場面ですが、こうしたらもっと笑えるのではないかと思います。あ、でもこうしたら……いやでもこう……』と無限に書かれていた。


 リオン先生らしい……。


「で、ノア様。その方の目的は?」


 ポーションバケツを【十二の魔法使い】に飲ませ、ひと段落したところでリオン先生が問いかけてきた。

 どうやら、アーサーを連れてきた意味を知りたいらしい。


「あぁ、そうだった。良かったら、一緒に訓練させたいんだ。それに本人も住む場所がなくて、困ってるからさ。なら、うちはどうだって」


 ふむ……と顎に手を当て、リオン先生が悩む。

 

「あなた、名前は?」

「アーサー・ミリアム!」

「生まれた場所は?」

「わかんない!」

「特技は?」

「剣と魔法!」


 リオン先生は悩む姿勢をやめて、俺を見る。


「ノア様、こいつ馬鹿ですよ」

 

 うん……知ってる。俺も薄々感じてた。

 

 だけど、性格が良いからなぁ。間違いなく善人だ。


「はぁ……言うタイミングを逃していましたが、正直私は無理です。アーサーは私の友人の弟子なんですよ。勝手にやったら怒られます」

「あれ、そうだったんだ」


 じゃあ、リオン先生って間接的には勇者の知り合いだったんだ。


「あ! あんた師匠の友達か!」

「ええ、そうです。カインとは兄弟弟子ですよ」


 それは知らなかった……!

 でも、そうか。確かにリオン先生が勝手に育てたら、怒られちゃうよな。


「なら、俺が育てれば良いのか」

「まぁそれなら……問題はないと思いますが」

「任せてください! アーサーをしっかり筋肉集団の一員に育てて見せます!」


 そうと決まれば……と俺は振り返る。


「アーサー、俺の家住む?」

「住める場所ならどこでも良い! しかも強くなれるんだろ? 最高じゃん!」


 アーサーの承諾を得て、一人と一匹をフランシス家に迎え入れた。

 こうして、王都における筋肉集団のメンバーが全員揃った。


「まずいニャ……あたしの存在バレたら、非常にまずいニャ……魔力タンクだけは嫌ニャ……」


 それから数日後、セシルは目撃してしまう。


「筋肉! 負荷! タンパク質!」

 

 アーサーがそう叫びながら、屋敷内を走り回っているところを。


「もう……洗脳が完了してる……!」

 

 その日の夜、ノアと一通りの訓練を終えたアーサーは用意してもらった部屋で寝転ぶ。


「ふえー、キッツイなぁこれ。ノアってこれの倍なんだろ? 本当やべーな」

 

 回復薬を持ってきてくれたリオンに、感謝を述べる。


「あっ、そうだリオンさん。聞きたいんだけどさ、リオンさんって何の剣術使うの?」

「私、ですか? 私は、影魔法流剣術ですよ」

「なんか名前かっこいい……! じゃあさじゃあさ! リオンさんから見てこの屋敷で一番強いのって誰なの?」


 アーサーは興味津々と言った様子で問いかける。


「強さですか。なら、ノア様かと」

「いやいや、そういう弟子贔屓じゃなくてさ」

「贔屓などではありませんよ。あぁ、アーサーは知らないのか……ノア様に勝てる者は、この屋敷には存在しません」


 アーサーは僅かに眉を顰めた。


「ノアが強いのは分かるけど……そんなにか?」


(うーん、ノアって良い奴すぎて怖いって想像できないな。だってほら、強い奴らって怖いし)


「すぐに分かりますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る