第27話 アーサー・ミリアム


 俺は入学式を終え、一緒に合格したセシルと歩いていた。

 でも、少々俺の内心は落ち込んでいた。


 合格したことは嬉しい。リオン先生も泣いて喜んでくれて、幸せだった。

 

 あまりに喜びに、俺はセシルの手を握ったが、なぜか顔を真っ赤にして視線を逸らされてしまった。


「ノア? どうかしましたか?」

「うーん……ちょっと、探してた人が見つからなくてね」


 俺は勇者の名前をなんとか思い出していた。

 彼の名はアーサー・ミリアム。辺境の村で育ち、勇者として覚醒した男だ。


 だが……合格発表の掲示板にアーサー・ミリアムの名前はなかった。


 その時「ゆ、勇者、試験に落ちたぁぁぁっ!?」と思わず叫んでしまった。


 流石にビックリする。学園で会おうと思っていたのに、それ以前に試験に落ちるなんて信じられなかったからだ。


 実際のところ、アーサーはどうやら迷子になっているらしい。


 あ、そうか……完全に繋がった。


 本当は勇者が王女を救うことで、一緒に王都に戻るのが正規ルートなのか。それで迷子にならず、無事に試験を受けられるはずだった。


 俺が王女を救ったことで、アーサーが一人で王都へ向かうことになった。


 その結果、迷子。


 何してんの勇者。お前、道くらい真っ直ぐ進めよ……。確か、フランシス領土から王都までの道って一本でしょ。

 迷う要素どこよ。


 全く、どうやったら道を間違えるのか……まぁ、『あ、ダンベルだ~』とかだったら確かに、道逸れるかもしれないな。


 うん、それならありえる。筋肉は負荷とタンパク質に釣られるってことわざにもあるくらいだし。俺は真剣にそう思う。


「……仕方ない。セバスに頼んでアーサー、探すか」

 

 うん、たぶん俺のせいだし。ちょっと可哀想だ。


 学園に入れないなら、せめて我が家に住んでもらおう。


 それがいい……ふふふ。


「あ、あの……! ノア!」

「うん?」


 セシルが足を止めて、意を決したように言う。

 どうしんだろ。この道を歩いて行けば、もうすぐ屋敷だけど。

 

「その……ノア、今日は訓練、お休みしませんか? 良かったら、このままデート……みたいな、合格祝いで二人で、買い物とか行けたら……」


 恥ずかしいのか、何度も俺の目を見ては視線を逸らしてくる。

 ふむ……まぁ、セシルには受験で何度もお世話になった。


 俺が落ちた~って喚いてた時も、傍に居て支えてくれた。


 うん、恩返しするべきだね。

 

「そうだね、お祝い品でも買おうか」

「はい! でもその前に……服着てください」

「ダメ?」

「怒りますよ」


 だって、王都ってフランシス領土と比べて人口多いから、横を通ると『すごい筋肉……!』って声がよく聞こえてくるんだもん。


 あれマジで気持ち良い。

 

 セシルが睨んでいるので大人しく服を着る。


「王都でずっと行ってみたかった商店街があるんです! ほらノア、行きましょ!」

「あっ、ちょ!」


 セシルが俺を引っ張って連れて行く。

 相当俺とのデートが楽しみだったらしく、もはや周りのことなど気にしていない様子だ。


 まぁ……俺のこと、今日くらい好きにしてもいいか。


 そうして、俺はセシルに連れられて商店街へ来ていた。

 貴族御用達のところばかりで、王都でも金持ち集団が多い場所だ。


 常に『気配察知』を使っていた俺は、顔を引き攣る。


「うーん、こっちの方が似合うでしょうか?」

「あの、セシル? 今日は俺のことを好きにしていいって言ったけども……」

「はい。なので、こうして服を見繕っているんです」


 俺は服屋へ連れられて、様々な衣装を着せられていた。


「ノアはとってもカッコいいんです! 自覚を持ってください! きちんとした正装をすれば、もっと魅力的になるんですから」

「いやぁでも俺……肉体美があるから、筋肉が服みたいなもんだよ」

「はぁ? 何言ってるんですか? 妻である私がどんな目で見られると思うんですか? 『婚約者はどなたなんですの?』って聞かれて、裸の男性を指さしたら私は一体どんな顔をすればいいのですか」

「うぐっ……」


 笑えば良いと思うよ、って言ったら絶対殴られそうな気がしたので黙る。


 妻って言葉を最近やけにセシルは多用するよな。

 まだ婚約だから正式に結婚したわけじゃない。でも、それを指摘することができなかった。


 だって……こんな楽しそうにしてる子に対して、まだ結婚してないから妻じゃないよとは言えない。

 

 こういう所は、俺の甘さなんだろうなぁ……まぁ、セシルが楽しそうならそれで良いか。


「これの方が良いでしょうか……。キアラちゃんも誘えばよかったかな……いやいや、私とノアの二人っきりのデートなんですから、邪魔はさせたくありませんね」


 セシルは俺に試着させたまま、少し離れてしまう。

 俺に似合う服をかなり考えているらしい。


 正直、動きやすい方が好きなんだけども……まぁ、セシルが満足行くまで待つとするか。


 そう思っていると、『気配察知』に反応がある。

 俺は顔をあげる。


「ど、泥棒!」


 視線を窓の外に移すと、ひったくりに遭った老婆が居た。犯人は中年のようで、金持ちが集うこの商店街を狙ったようだ。


「セシル、ちょっと行ってくる」

「あっノア! 速っ!」


 ────『瞬歩』。

 

 店を高速で出て犯人を追うと、こんな声が耳に届いた。


「デブ助、ちょっと離れてろ」

「にゃあ”あ”あ”」


 この特徴的な不細工な猫の鳴き声……。

 すると、雷撃が走る。


「────『閃光』」

 

 誰だ? ……まぁいい、先に犯人を捕まえるか。

 

 俺が犯人を背中から蹴り飛ばすと、正面から一人の男が飛んで来る。


「ん?」

「え?」


 犯人を挟むような形で、俺たちは衝突する。

 コイツ……良い動きするな。『閃光』のような動きで距離を縮めたのか。

 

「カハッ……」


 ひったくり犯が気を失う。


「あぁっ! やべ、大丈夫かあんた!」


 青年は犯人に気を使い、俺はその間にひったくられた財布を老婆へ返した。

 「ありがとうございます」と深々と頭を下げられたが、あとのことは衛兵に任せることにした。


 それよりも……この青年、普通に強そうだな。


「衛兵を呼んどいた。あとは任せればいいよ」

「そうか……まさか、あんたも止めに入るとは思わなかったよ。サンキューな!」


 やけに溌剌とした輝かしい笑顔、無限に続きそうな陽気さ。

 すげえ陽キャだ、この人。


 眩しい……。


「って、うおい! あんた、筋肉集団のリーダーじゃん! どおりで俺より早いし強い訳だわ! すげー早かった!」

「あ……あぁ! 君は観光客の!」


 なんだ! 凄い偶然だ!

 フランシス領土に居る時、筋肉を触りたいと言ってくれた人だ。


 むっちゃ良い人だった。


「ちょうど良かった。なぁ、アブソリュート学園ってどこにあるんだ? 迷子になって来るの遅れちまったんだよ」

「えーっと、それならあっちの道を……え? 迷子?」

「おう、迷子」


 あれ……『閃光』って技名に、どこまでも明るい主人公並みの元気さ。

 正義感が強く、困っている人を見捨てられない……。


「も、もしかして君……アーサー・ミリアム? 勇者の」

「うん? なんだ、知ってたのか。そうだぞ、俺がアーサー・ミリアムだ。よろしくな!」

 

 アーサーは笑顔のまま、俺に手を伸ばしてきた。

 ……ふふっ、見つけた、アーサー。


「うん? なんか怖い顔してどうしたんだ?」



───────────────────


次回話はリオン先生と愉快な魔法使い達が出ます。

頑張って今日出します。


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