第22話 決着


「スキル『魔髪』、万髪蹂躙ロング・ショット!!」


 リサの髪がひらめいたと思った瞬間、俺は咄嗟に『瞬歩』で一歩下がる。


 無尽蔵にリサの髪が伸び、俺に向かって飛んできていた。


 速いな……。

 俺の頬を僅かに掠めると、リサが微笑む。


「逃がさないわよ!」


 狭い室内で遠距離武器は本来不利だ。髪を硬化させ、当たった相手に傷を与える。

 攻撃速度もありシンプルだが、この室内では使い勝手が……。


「曲がれ!」


 魔髪が壁に当たると、反射して跳ね返る。

 すごい……! まるで布みたいな動きをするんだな! 


 そんな動きができるなんて知らなかった!


 リサは【十二の魔法使い】でも、上位に当たる強さを持っている。単純な戦闘力では、かなり強い方だ。ただし、性癖が歪んでおり、かなりのサディストでもあった。


「ほらほら! 逃げないと死んじゃうよ! アハハハ!」


 『気配察知』の範囲を街全体から部屋全体に変更。魔髪の動きを把握する。

 『並列思考』で身体強化を維持しつつ、『観察眼』で相手の動きを見る。


 『瞬歩』で器用に攻撃を回避しながら、俺は思考を巡らせた。


 この狭さでは、リオン先生と習った剣術じゃあまり使い勝手が良くないな。


 元々、室内向けの剣術ではないしなぁ……。

 

 魔髪の速度が徐々に上がる。跳ね返るごとに速度を増して行き、もはや常人の目で追うことは不可能。


 実際、俺も目では追っていない。『気配察知』による攻撃の予測だ。


 すると、魔髪の数が増えていることに気付く。太く一本の線だったものを、細く何本もの枝に伸ばしていたようだ。


 いつの間にか数が増えていれば、そりゃ対応するのも遅れる……流石だな。


 ふふっ、面白い……! こういう動きは見たことがない!

 

「クソッ! なんで当たんないのよ……! フラマ! 私に合わせろ!」

「任せろ」


 フラマが手で印を組む。そうして「『空間魔法』」と呟いた。


「スキル『服従』、巨人の腕ギガント・アーム

「スキル『魔髪』、千本夜叉」


 同時に二人はスキルを発動する。


 その瞬間、バラけていた魔髪が一斉に集まる。

 そうして俺の八方を髪が塞ぎ、足元へ襲いかかった。


 足を軸に回避していることに気付き、リサは潰しに来た。


 でも……高く飛べば躱せる!


 俺が跳躍すると、頭上に位置指定された『空間魔法』が展開される。


 確か、フラマは空間魔法の中に服従した魔物を飼ってる……! こういう使い方もできるのか!

 

 ヤバっ! 


 フラマがニヤリとほくそ笑んだ。


「潰せ……巨人よ」


 本当に巨人の腕がそこから出現した。

 

 俺は心の中でつぶやく。


 ──────『空間魔法』

 

 その刹那、凄まじい衝撃が室内を走った。

 

 砂埃が酷く舞う。


「あー、やっと死んだわね……」

「姫の護衛の奴らと比べて、随分と強かったな。よく耐えたと褒めて良いだろう」


 突然、雄叫びが室内に響く。


「グガァァァッ!!」

「「っ!?」」


 人間の物ではない。明らかに魔物の物だ。

 しかし、この部屋に魔物はいない。


 その声の主は、空間魔法の向こう側から聞こえていた。


「この声は……巨人ギガントではないか! どうした!」


 ボトンッと鈍い音がしたかと思えば、血の匂いが部屋に充満した。

 砂埃が霧散する。


 『刀術』×『空間魔法』。

 

「一撃斬術」


 シュッと俺が刀を振り下ろすと、血痕が床に広がった。

 綺麗に両断された巨人の腕を見て、フラマが目を見開く。


「な、なんだお前は……!」

「嘘でしょ……!? 傷を負っているなら分かる……でも、無傷って……!」

 

 ダメージは筋肉でほぼ入らなかった。

 やはり信じるべきは筋肉だな……でも、あの巨人の腕に殴られても痛くなかったって……ちょっとヤバいような気がする。

 

 威力が弱すぎただけかな。


 フラマの声が耳に届く。


「人ならば軽くペシャンコになるというのに……!」

「な、なんて危ない物を……! 人に向けていい物と悪い物があるだろ!」


 そう思ったが、爆発するダンベルを作った俺が言えることではないと思ってしまう。

 リサが激高したように、髪をかきあげた。


「何様よ……あんた! 子どもの癖に……私たち大人に説教するっての!?」

「説教じゃない。人殺しは良くないって話だよ。お金のためでもさ」

「はっ! グチグチうっさいのよ! どこのガキか知らないけど、大人の仕事を邪魔するんじゃないわよ!」


 仕事ね……。

 女の子を誘拐して、辱めることが仕事か。


 このまま押し問答をしていても、売り言葉に買い言葉だ。彼らとの会話に意味はない。


 リサが息を吐く。目つきが殺意に満ちていた。


「フラマ……スキルの準備しなさい」

「仕方ない……多少の巻き添えは覚悟だな。俺たちを守れ、『服従』ケルベロス」


 フラマが印を組むと、数体のケルベロスが現れる。

 魔物を守りに……? と俺は身構えた。


 フラマを攻めるのが厄介になるな……。


「ねぇ……あんた知ってる? スキルってね、組み合わせると……もっと強力になるのよ!」


 え……? それって、俺がよく使ってるスキル×スキルのことだろうか。

 フラマがリサの髪に触れた。


「スキル『服従』……付与できたぞ」


 リサは酷く顔をゆがめ、髪を呻らせた。


「『服従』×『魔髪』────黒蚖蛇スネイク・ヘッド

 

 リサの髪の毛が無数に飛び散る。

 

 これ……! さっきウサギを使役する時に使った髪と一緒か!

 

 しかも、嘘だろ! 一本一本が跳躍してる! 

 『観察眼』でも追いきれないな! 当たれば、髪の毛が身体に侵入して脳を乗っ取るって寸法か!


 一瞬、俺は筋肉で弾けるのではないかと想像した。俺の肉体はそんじゅそこらの身体とは違う。肉体はすべて筋肉集団と共に育ってきた。


 だが……いくら筋肉で弾かれようとも、口や目、耳までは防げない。そこから侵入される可能性がある。

 

 なにより、き、気持ち悪い……ウネウネ動きまわるのキモい!


 咄嗟に飛び上がり、壁を背にする。


「それでどうすんの!? 無数に飛んでる髪の毛を躱せるとでも!? 室内で残念だったわね!」


 そうか……ゲーム内だと勇者が戦った時は外だったもんな。

 コイツら、室内だと最強格だな……。


 ここからリサ達へ近づくには、少しばかり遠い。『瞬歩』じゃ届かない。


 仮に近づけてもフラマの『服従』させているケルベロスが邪魔だ。機動力があるから、対応される可能性がある。


 しかも、俺が魔法をぶっ放せば、捕らえられている少女も巻き込む可能性がある……!


 距離を縮めて不意を突く……それしかない。


 一撃で、それでいて高速。


 借りるよ、セシル。


 ……

 …


 少し前、フランシスの屋敷にて、俺とセシルは剣を合わせた。


「ノア、私と手合わせしたいなんて、珍しいですね」

「リオン先生が、セシルはかなり強いから練習になるだろうって」

「ええ、そうですとも。これでも王都だと王国剣術大会に出て優勝……エドワード流剣術一級の使い手なんですよ?」


 ハハ……流石は将来は勇者の右腕になるヒロイン。肩書だけでも強そう。

 

「手加減したら、許しませんからね」

「はいはい、もちろんしませんよ」


 かと言って、怪我させたら大変だ。

 怪我させないように気を付けないとな……身体強化は解除しとこう。


 それを見ていたリオン先生が半眼になる。


「ノア様……セシル様は本当に強いんですよ。知らないんですか? 王都では【星天】の異名があること」


 知ってるとも。だけど、実際に剣を見るのは初めてだ。

 

「そんなんじゃ、やられますよ」


 ハハ、まさか。

 そう俺は思っていた。


 セシルは剣を鞘に納めた。

 

 なんのつもりだろう……。


「エドワード流剣術─────」


 俺はその時、身体強化を解除したことを後悔した。


 ……

 …


 俺は刀を空間魔法にしまって、剣を取り出す。

 そうして、剣を腰に据えて構えた。


 『観察眼』×『コピー』。


 ──────完全模写パーフェクト・コピー


「エドワード流剣術──────七星歩」


 *


 セシルの【星天】の異名は、星を象った技から由来していた。

 その剣術は、とても美しく……予測不可能な動きをしていた。


 リサは目を疑った。 


 リサの足元に、影が走る。

 七つの踏み込みで、ノアはあっという間に距離を縮めていた。


(えっ、なんで──────? あの攻撃を躱してきたの? どうやって? てか、速……あれ、私、斬られる?)


 爆発的な速度と、身体強化による跳躍力。ノアの強すぎる筋肉だからこそできたごり押しだった。


「ケルベロス!!」


 フラマの声が響いたかと思えば、魔物が現れてリサを突き飛ばす。


「きゃっ!」


 ノアが剣を振り下ろした。魔物が両断される。

 スパッと、心地の良い音が耳に届く。


 ザザザッ……とリサは突き飛ばされた勢いを殺した。

 

「クソッ、油断した! ……へっ?」


 自身の髪が大きく切られ、短くなっていることに気付く。

 その影響か、飛び回っていた髪が全て床に落ちた。


 ノアは冷静に分析する。


(なるほど……切れ端と繋がっていないと意味がないのか。なら、あの髪はもう脅威じゃないな)


「あの、ガキ……っ!!」

「落ち着けリサ。あれはただの子どもじゃないだろう」

「……チッ、ええ、そうよ」

 

 その認識は、リサにも分かっていた。 

 

 二人の意識が合わさる。


((この子ども、普通じゃない……‼︎))


「なんとしても、ここで潰すぞ。我らの脅威になる」

「うっさいわね……あんたに言われなくても、この髪を切った代価は支払ってもらうわよ……死んでね!」


 フラマとリサは、気付いていなかった。

  

 今までノアは、防御に徹していた。


 初めて、七星歩で攻めたのだ。


 そのたった一手で、リサは『魔髪』にダメージを負った。


 自分たちがどれだけ攻撃しようとも、ノアにダメージを与えられてはいないことに、気付いていない。


 その筋肉の前には、無力であった。


「リサ、まだ『魔髪』は使えるだろう?」

「私に禿げろって言うの!? これ以上使いたくない!」

「お前の髪などどうでもいい……! 私が距離を詰め、触れさえすれば、『服従』で無理やり支配する! 援護しろ!」

「チッ……もういいわよそれで!」


 フラマが地面を蹴った。印を組み、『空間魔法』と言ってノアの背後と頭上から魔物を出現させる。


 ノアは静かに目を瞑る。


(エドワード流剣術の神髄は、守りにある。セシルは言ってたんだ)


『私は、人を傷つけるよりも守る剣術の方が好きなんです。だから、エドワード流はとても合っていたんです! ノアも守れますしね!』


(人を守る剣ってのは、凄く良いと思う。俺も好きだ)


 ノアの耳にこんな声が届く。


「『魔髪』万髪蹂躙ロング・ショット!」

「全方位からの攻撃! 今度は躱せないぞ!」


 ノアが剣を横に構える。

 刀身を目線まで上げ、鋭く……そして、「シィィィ……」と息を吐いた。


 七つの星が揃う時────エドワード流剣術は真価を発揮する。


「エドワード流剣術・大星天守護」

 

 ノアはカウンター型の、大技を放った。


 バァァァンッ!! と、爆音が街へ響いた。


 地下室の天井に穴を開け、瓦礫が空を舞った。

 筋力を上げ、威力を最大限にして全方位を吹き飛ばす。


 土煙が収まり、ようやく姿が見えると……ノアが立っていた。


「なん……なのよ……あんた……っ!」


 フラマは気を失っていたが、リサはなんとか意識を保っている。


 上半身が裸のノアは、静かに名を告げた。


「ノア・フランシス」


「はは……すっごい筋肉……」


 そう言って、リサは気を失った。

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