第21話 魔髪のリサ
「キュッ! キュキュ!」
フランシス領土にある街の地下室で、一匹のウサギが押さえつけられていた。
【服従の魔法使い】、フラマは冷淡な声音で言う。
「リサ、髪を寄こせ」
「え~、私、髪の毛綺麗にしたばっかりなんですけど」
「早く寄こせ」
ため息を漏らしながら、【魔髪の魔法使い】ことリサは自身の髪を一本千切る。
黒く美しいただの髪。だが、どことなく禍々しさを含んでいた。
リサの髪をウサギへ近づけると、ニョロニョロと動き出した。そうして、ウサギの体内へ侵入する。
「うげぇ、何度見てもキモい」
自分の髪だというのに、その動きを良く思っていないリサは視線を逸らす。
その視線の先には、青髪をした少女が居た。
カチャカチャ……と金属が掠れる音が響く。
鎧をまとい、奥歯を噛み締めて二人の魔法使いを睨む。
手錠をはめられ、両手を固定された状態のクレー・レオウルスが居た。
「くっ……! 殺せ!」
「やだ! 見てよフラマ! 殺せですって! この馬鹿なお姫様何言っちゃってるのかしらアハハハ!」
リサは高笑いし、クレーの顎を掴んだ。
「あんたの護衛は全滅。街へ運ぶのにちょっと手間取ったけど、それだけ……早く王国の情報吐いちゃいなさいよ、楽になるわよ?」
「……妙な魔法を使う卑怯者に、私は屈しなどしない!」
「アハハ! 分かんない訳? 自分の強さに自惚れて、あんたは負けたのよ! ほら!」
そう言って、クレーの鎧では隠しきれない豊満な胸に手を掛ける。
ブチブチ! と勢いよく引きちぎり、リサが口角を歪める。
「やめろ見るな! 見るなぁぁぁっ! このっ! このっ……」
クレーは怒りと同時に、反抗できない自分に苛立ちを覚える。次第にそれは羞恥心へと変わり、目尻に涙を貯めていた。
その反応に、リサは喜ぶ。
「アハハハ! ほら見なさいってフラマ! この初心な反応! コイツ、生娘よ!」
「はぁ、このサディストめ……勝手にやっていろ」
リサは舌撫でして、妖艶な笑みを浮かべた。
「どうせ、あんたも『服従』するけど……その前に楽しませてもらってもいいわよね?」
クレーが下唇を噛み締め、目を細めた。
王女の中ではかなりの実力者で、生粋の騎士として誇りを持っていたクレーは、いともたやすく【十二の魔法使い】に敗北した。
彼らの持つ特殊なスキル。それに対応することができなかった。
その結果、クレーは今、誇りを穢されようとしている。
「アハハハ! いただきまーす!」
「ふん……奴より狂った人間は、まず居ないな。さっさと、捕まえたことを報告せねばな……」
ウサギを『服従』する理由は、連絡用途としてだ。
「スキル『服従』」
フラマがスキルを使うと、ウサギの頭部に紋章が発生する。
それが『服従』の紋章だった。
そうして、聞き慣れない声がした。
「へぇ~、それどうなってるの?」
「これか? ふん、私の崇高なるスキルによるものだ。対象に『服従』をかけても良いが、精密な操作はできない。リサの髪の毛を脳に植えて魔力共有することで、体内から『服従』で支配する。そうして記憶を抜き取り──────っ!?」
自身の真横に、知らない少年が居た。
フラマは焦りのあまり、魔法を早口で唱える。
「こまきょけきちょあふちょ『ファイア』!」
炎を象った塊が、少年へ直撃する。
バァァァンッ!!
爆風が部屋全体を覆う。
「なっ、ちょっと! フラマいきなり何してんのよ!」
「馬鹿者ッ!! 侵入者だ! よく見ろリサ!」
「はぁ!? この部屋は私の髪で覆ってるのよ!? どうやって入って来れるって……」
爆風が収まると、そこから一人の影が見えた。
「服がちょっと破けたな……」
その者の名を、ノア・フランシスという。
*
範囲を拡大した『気配察知』に引っかかった存在が気になり向かうと、二人の魔法使いが居た。
どうやら捕らえられているもう一人は、俯いて顔を真っ赤にしている。
うーん……よく見えないな。あと、鎧を脱がされてすごい淫らだから見づらい……。
なんかヤバそうな雰囲気なのは分かる。
でも……下手に大暴れして筋肉集団に見つかったら、俺はまた牢獄行きだ。それでは脱走してきた意味がない。
穏便に済ませるために、仲良くなろうと思ったのだ。
それにはまず……と『服従』とか、やっていることが興味深かったので声を掛けた。
そしたら、魔法をぶっ放してきた。
「あの、いきなり人に魔法をぶっ放すなんて失礼ですよ!」
「勝手に部屋に入ってくるお前の方が失礼だろ!」
正論を言われてしまった。
気になって勝手に入ってきたことは確かに俺が悪い。
でも、女の子を監禁して悪さしようとしているあなたたちも悪いと思う。
「へぇ……どうやったか知らないけど、あんた追手の割りに良い体してるじゃない」
追手……? なんのだろう。
でも、身体を褒められたことは凄く嬉しいな……!
中途半端に服が破けていたため、俺はそれを脱ぐ。
「ふぅ……」
息を吐いて筋肉をより見せるも、追加の褒め言葉は来ない。
男が言う。
「なんだこいつ……!」
すると、俺の存在に気付いた女の子が叫んだ。
「逃げろ!! 相手はあの【十二の魔法使い】だ! 私のことは放っておいて良い! その気になれば舌を噛んで……! むぐっ!」
「は~い、お姫様は黙ってて! チュッ」
……え、凄いわ! 女の子同士でチューしてる……!
キスによって黙らせられた子が、気を失う。
キス魔……黒髪……魔法使い、それで【十二の魔法使い】って。
【魔髪の魔法使い】リサか!? ってことは、男の方は【服従の魔法使い】フラマか!
どっちともゲームの中盤で登場する敵だ。しかも、連携攻撃がかなり厄介だ。何度かゲームオーバーになった記憶がある。
だが、それだけ俺は奴らの能力を把握している。
「ふふっ、ご馳走様……さて、さっさとあんた死んでよね! 私は続きをしたいんだから!」
「リサ……やるぞ」
「だから私に、命令すんじゃないわよ!! フラマ!」
リサが薄く笑い、姿勢を低くした。
手を床につけて、黒髪が扇のように広がる。
空気が凍りつく。部屋の気温が一気に下がった。
「スキル『魔髪』」
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