第20話 ノア、脱走


 フランシス家の屋敷に、ノアは閉じ込められていた。

 あまりにも勉強を拒否し、筋トレばかりしていたせいでセバスに怒られた。


「ノア坊ちゃま! ここできちんと勉強が終わるまで出すことは許しません!」

「セバスの鬼ぃ! せめてダンベルくらい置いといてよ!」

「ノア坊ちゃま……ここ一週間、一度も勉強していないではありませんか! 許しませんよ!」


 バタンッ! と鉄のドアが閉まる。

 普通のドアでは俺が壊して出てこれてしまうため、かなり分厚い扉になっている。


 流石に良識を持っている俺は、部屋をぶっ壊して脱走しようとは思わない。直すの大変だし、アルバス吹っ飛ばした時に壊した壁でだいぶ怒られた。


 セシルの授業は教えるのは上手だと思うのだが、女教師の衣装をしているせいで、正直気が散る。本人も俺が意識しているのを分かっている癖に、チラッと胸元を見せようとしてきたり……絶対わざとだよな。


 女教師と男子生徒の禁断の情事……うん、なんかエロい。

 でも、俺は流されないぞ! 勉強は嫌いだし、セシルとも一線を超えるつもりはない!


 すると、鉄の扉がゆっくりと開く。

 

「ノア坊ちゃま……すまねえな、セバスの旦那には逆らえねえんだわ」


 料理長のアンバーが、俺のために食事を持ってきてくれる。

 なんだろう……すごく囚人気分なんだけど。


「良いんだよ、セバスも勉強させたいって気持ちは分かる。俺のことを心配して言ってくれてるんだよね」

「ノア坊ちゃま……分かってるじゃねえか……! おらぁ感動するぜ……!」

「あっ、そうだ。アンバー、前にもっと重いダンベル欲しいって言ってたよね」

「おう! そうだぜ!」


 俺はセバスにバレないように持っていたダンベルを『空間魔法』で取り出す。 

 へへっ、俺がこれを使えることをセバスは知らない。


 この中に大量の筋トレ器具があることもな!


「はい、これダンベル限界値の十五倍の重さ」


 ズドンッ! と鈍い音が部屋に響いた。

 メキメキ……とアンバーの足元がへこんでいる。


「うおっ! こ、こりゃあ重いな!」

「ほらほら、もっと上下に上下に」

「フンヌ……オウフ……! 筋肉が喜んでるぜ……!」

「もっともっと!」


 スタタタ……!


 アンバーがダンベルに集中している間に、俺はこっそりと部屋を出る。

 ふふっ、精々ダンベルに集中しているが良いさ。筋肉共はダンベルさえ見せれば、チョロいもんよ。


「『気配察知』『並列思考』『身体強化』『観察眼』」


 スキルをできる限り使い、筋肉の屋敷から出る。

 ここに居たら、すぐセバスに見つかってしまう。それではまた牢獄行きだ。そんなの御免被る。


 街……うん、フランシス領土の街へ行けばバレずに筋トレできるかも。

 

 うーん、だけどちょっと動機が不純かな。ここは街の視察とか、良い感じのにしとこう。


 そう言って、俺はスタタタ……と街に来る。


「わー! 屋台とかいっぱいあるな! いつもランニングだと一瞬で通り抜けるから、あんまり眺めたことないし!」


 牢獄からの解放に、叫びそうになるが我慢する。

 とりあえず、今日は満喫するか!


「おじさん、一本焼き串ください!」

「うん? 随分と元気の良い子だな。よし、今焼き立て準備してやるからな!」

「ありがとうございます!」


 フランシス領土の人々って、意外と活気があって良いなぁ。

 ふと、かなり前にリオン先生との課外授業で一緒になった、ハッシュバルトが居た。


 陰で『ノアのことを殺っちまおうぜ』って言ってた人だ。今はそんなこと言わないし、殺気も感じなくなった。


「ハッシュバルトさ~ん!」

「げっ……! やばい逃げろ! なんでアイツ一人なんだよ……!」


 手を振るも、全力ダッシュで逃げられてしまう。 

 ……むー、酷いな。今度会ったら追いかけてやる。


 筋肉集団はとにかく足が速い。とっくに俺の脱走に気付いて、追手が来ていてもおかしくないんだ。

 

「うーん、もっと範囲を広げておくか『気配察知』」


 街全域にまで距離を広げると、妙な反応が引っ掛かる。


「……? なんか、アルバスと似たような感じの気配が二つ……どこの地下室だ、これ。気になるな……」


 ノアは屋台で購入した串を頬張りながら、感知した場所へと向かった。


 *


 フランシス家の屋敷で、セバスが叫ぶ。


「ノア坊ちゃまが脱走した!?」

「す、すいやせん……ダンベルに夢中になってる隙に……」

「くっ……! 策士ですね……!」


 セバスが苦虫を噛み潰すような顔をする。

 ちょうどやってきていたセシルは「ダンベルで……?」と言うが、首を横に振って現実を直視する。


 セバスが言う。


「ノア坊ちゃまが……まずいですね……アンバー! オルガも連れて探しに行きなさい! 他の筋肉集団も総動員です!」


 やけに焦った様子を見せている。

 セシルは来たばかりで現状を把握しきれていないが、セバスを宥めた。


「まぁまぁ、ノアなら強いですし、心配するほどのことでも……」

「強いから心配なのです! 爆発するダンベルを作るような方ですよ! セシル様は世界を滅ぼしかねない魔王が逃げ出したら、どうしますか!」

「そ、それはヤバいですね!」


 セバスは申し訳なさそうに、軽く頭を下げた。


「すみません、毎日ノア坊ちゃまのために来ていただいているのに」

「あの、良いんです。私が好きでやっているので。ただ……今日はノアに私の友達を紹介しようと思ってたんです」

「お友達……ですか?」


 セシルは楽しそうに微笑む。


「はい! 第二王女、クレー・レオウルス様です! 私のノアを紹介して欲しいと言われたので!」


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る