第18話 女性陣


 屋敷の庭園で行われている優雅なお茶会に、男が割って入る隙はない。

 ノアがランニングから帰ってくるまでの間、暇を潰そうとしていたセシルは出会ってしまった。


 あまり仲の良くない将来の義妹であるキアラと。


 その結果、共にお茶を並べて座っている。


「へぇ、セシルお姉さまは婚約指輪を貰ったのですね。お兄様から」

「えぇ、そうなの。ノアったら、私のために用意してくれていたみたいで。渡すのが恥ずかしかったみたい」


 キアラは頬を引き攣らせながら、紅茶を口にする。

 セシルは「ふふっ、可愛いよね。そういうところも好きなの」と笑みを崩さず、婚約指輪を見せつけていた。


「でも、お兄様は女性の扱い方を知りませんよ。きっと、傷つく思いもされたかと思いますが」


(お兄様の悪口言え、悪口言え、悪口言え……! お兄様に言いつけてやる……!)


 恨みが籠った視線に、セシルは気づかない素振りを見せる。


「欠点なんてないわ。ノアはとても凄い人なの。ノアが将来の旦那様で、私は国一番の幸せ者なのよ」

「では、そのお兄様を持つ私はもっと幸せ者ですね」


 自分の方が幸せである。

 その証明のために、二人は躍起になっていた。


「そうかしら。やっぱり、ノアと結ばれた人こそが幸せだと思わない?」

「何を言うかと思えば。血で結ばれている私こそ、幸せです。お兄様は寝る時になるといつも傍居てくれますし、お願い事も聞いてくれます」

「私も胸板を触らせてもらっているし、ノアが私のことを女性として見ているのも何度も確認しているわ?」


 キアラは思わず、紅茶を噴き出す。

 

(なっ! この女、既に肉体関係まで持っているというの……!? 益々気に入らない……! 私のお兄様なのに!)


「私は昔のお兄様も知っています」

「過去よりも、今のノアを見ないと」

「あの筋肉バカをですか!?」

「そ、それは……」


 筋肉バカ。その言葉にセシルはため息を漏らす。


「確かに、それは言えてるかも……」

「この前お兄様、ダンベルを作ってからなにやら『できた! 爆発するダンベル!』 とか言って空に掲げてましたの……」


 キアラは、ふと数日前の出来事を思い出す。


 ……

 …


「見てみて! これ爆発するダンベル!」

「ノア坊ちゃま、また新しいダンベルを開発したのですか」

「うん! 【爆発鉱石】と一緒に作ったんだ! 投擲したら武器になるって連想から作ってみた」

「ほぉ……ノア坊ちゃまは相変わらず面白い物作るじゃねえか。どれ、さっそくやって見せてくれよ」


 そう言って開けた場所へ行き、ノアが爆発するダンベルを投げた。


「えいっ」


 バァァァァァァン──────。


 筋肉集団が叫ぶ。


「「「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」」」


 爆風が頬を通り抜けた。


「あっやべ……威力の調整ミスった……これ、封印行きだ」


 ……

 …


「お兄様……! どうして、頭がおかしくなってしまったの……!」

「あの爆発跡、それだったんだ……」


 そこへふと、一人の魔法使いがやってくる。


「あら、珍しいわね。女子会? キアラにセシルまで」


 どうも、と言ってセシルが答える。


「まぁそんな所です。フレイシアさんは?」

「……リオンから逃げてきた」

 

 フレイシアが視線を逸らしながら、「はは……」と苦笑いを浮かべる。

 それで二人はすべてを察した。


「「あぁ……」」


 フランシス家の男陣営は『頭がおかしい』という結論が出ながらも、やはり愚痴が止まらない。

 セシルはノアという結婚相手が決まっているが、フレイシアは年齢=彼氏なしの三十路だった。だから、余計に若くて美しい女性というものに嫉妬を抱いていた。


「あんたらは良いわよねー。貴族だし、結婚相手もちゃんと決まってるし」

「フレイシアさんは結婚したいんですよね?」

「当たり前よ、独り身って寂しいのよ。家に帰ると冷めきったご飯を食べて、一人で魔法書読んで……気付いたら、ふと『私、何してんだろ』って思うのよ。ええ、そう……どうせ私は一人なのよ」


 陰鬱とした雰囲気で、フレイシアは空笑いする。

 

 ((む、むちゃくちゃ話づらい……))


「で、でも、フレイシアは彼氏っぽい人作れそうじゃない?」


 キアラは距離が近いようで、ため口で話していた。


「そんな相手、どこにいるのよ。周りを見てみなさいよ、筋肉バカだらけじゃない」

「ほら、リオンとか──────」

「絶対ない」


 キアラの言葉を遮り、フレイシアは断言する。


「あんな人を人だと思っていないような悪魔みたいな……いえ、鬼よ! リオンは鬼なのよ! だってあいつ、この前『ノア様、魔力タンクが足りないのでもっと【十二の魔法使い】捕まえましょうか』って……アルバスがドン引きしてたのよ!」

「そんな、虫ホイホイみたいに【十二の魔法使い】は捕まえられないと思うんですけど……」

「でしょー!? 少なくとも凶悪でかなり強い連中らなのよ!?」


 フレイシアは過去、リオンに結婚できるかもと言われて、超高級魔法杖を買ったことがあった。その返済もまだ半分も終わっておらず、しばらくはフランシス家の仕事をするしかなかった。


 フレイシアが紅茶を飲み干す。

 そうして喋ることに夢中になり、周囲の警戒を怠った。


「リオンは鬼よ! ポーションバケツを笑顔で出すような人間が、この世で居るもんですか!」

「そうですか。私は鬼ですか」

「そうよ! リオンは鬼! 地獄へ行けばいいのよ……へっ?」


 肩越しに振り返ると、リオンが立っていた。

 青ざめた表情で、フレイシアは「あ、いや……言葉の綾っているか……」と紡ぐ。


「今仕事、サボってますよね?」

「こ、紅茶休憩……アハハ……」


 フレイシアは首根っこを掴まれ、引きずられて行く。


「嫌ぁぁぁっ! 私のことをまた魔法製造機としか見てないリオンなんか嫌いぃぃぃっ!」

「あなたに好かれようと思ってこの仕事はしてません。ノア様のためです」

「そ、そうだ! そうよリオン! 私と結婚しましょ!?」


 傍観を決め込んでいたセシルとキアラが顔を上げる。

 結婚……その単語に反応するのは女子であれば当然のことだ。

 

 目の前で何が起こるのか、注目してしまうのは無理もない。


 リオンは手を離し、腕を組んでフレイシアを見下ろした。


「結婚ですか」

「そうよ! 私と結婚してくれたら、絶対にちゃんと働くから!」

「ふむ……」


 リオンが悩む素振りを見せる。

 

「す、凄いことになってきた……」

「そ、そうですねセシルお姉さま……これはもしかして、凄い場面が見られるかも」


 緊張が走る。

 しばらくして、リオンが口を開いた。

 

「良いですよ。ちゃんと働いてくれたら」


「なっ──────!!」

「まぁ!」

「おぉ!」

 

 フレイシアは呆然と立ち上がって、目尻に涙を貯める。


「やっぱ今のなし~……」

「分かりました。じゃあちゃんと働いてください」

「あい~……」


 トボトボとした歩調で、フレイシアは歩いて行く。

 お茶会どころの騒ぎではなくなり、セシルたちが駆け寄った。


「え、えーっと……リオンさん、今のは良いんですか?」

「結婚の話ですか? 今回に始まったことじゃありません」

「そうなんですか!?」

「はい。前にも何回か『結婚してくれたら頑張る!』と言われたので断っていたのですが、いい加減ウザくなって『良いですよ』と言ったら、やれ雰囲気がないだとか、リオンは意地悪だとか言ってなかったことにするんです。本気じゃないなら、最初から言わなきゃいいのに」


 いつものことなんだ……とセシルが思う。

 

「ま、別に私もフレイシアが嫌いではありませんし。結婚にも興味はあります。ただ、今はノア様の成長が見たい……そう、ノア様の素晴らしさを世界に伝えなければ。いつかノア様の実力が日を浴びる瞬間をこの目で見たいのです……」


 リオンは両手を空に掲げ、天使を迎え入れるような表情をする。

 

「アハハ……凄いやる気」

 

(この人も狂ってる人か……ノアは確かに凄く好きだけど、リオンさんの場合は信仰対象みたいになってるよね……)


 キアラは気にしていない様子で、フレイシアの後ろ姿を眺める。


「フレイシア、美人なのにねー。勿体ないなー……リオンは好きな人いるの?」

「居ますよ」

「誰!?」

「ノア様」


 キアラが頬を膨らませた。


「お兄様以外です!」

「なら、居ませんね」


 ガヤガヤとノア雑談をしている横で、セシルは気づいていた。


(でも……さっき、リオンさんの話をしている時のフレイシアさん。凄く楽しそうだったのになぁ……気のせいかな)


 セシルはふと、ノアの『いつも二人は楽しそうだね』と微笑んで見ている光景を思い出す。


(あれってもしかして、ノアは気づいてたってことなのかな……この屋敷の、誰も気付かなかったことなのに……それって、かなり凄いことなんじゃ……)

 

 化け物集団の中で、誰よりもノアは人を見る洞察力を持っていた。

 そのことに、セシルは初めて気づいた。



 

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