第17話 ダンベル
屋敷の大広間に、ノアが『錬金術』で作ったダンベルが並べられていく。
「ノア坊ちゃま……! これ、これ素晴らしいですよ!」
俺がダンベルを数本作ってみると、セバスと料理長のアンバー、屋敷警備隊長のオルガがやってくる。
「オッフ……オッフ……筋肉が喜んでる声がする……」
「ノア坊ちゃま! いいもん作るじゃねえか! すげえよこれ!」
「分かってくれる!? これやっぱり良いよね!」
俺が作ったダンベルには、特殊な効果を施しておいた。
「まさかノア坊ちゃまが【付与魔法】まで習得してるとはなぁ! 凄いじゃねえか!」
「流石は我らのノア坊ちゃまだ! まったく、子どもの成長ってのは早いもんだぜ! まるで筋肉みてえだな! ハハハ!」
超硬化カチカチ魔石製のダンベルに【付与魔法】で十倍の重さを施しておいた。
もちろん、カチカチ×10みたいな重さだから、かなり負荷がすごい。
最大は十五倍で、それ以上はできなかった。使い易さ的に十倍がちょうど良かった。
「セシルもおひとつどうぞ! お昼のお礼!」
「あぁいえ……すみません……私は遠慮しておきます……」
あれ? さっきプレゼントなんて嬉しいって言ってたのに。
ダンベル、ダメだったかな。
デザインが良くないとかあるかもしれない。ほら、リボンを付けて見たら可愛くなるし。
リボン付きダンベル。うん、女の子向けっぽい。
「リボン付けたら……」
「ノアの考えそうなことは分かるのでリボンは結構です」
「そ、そっか」
断固拒否されてしまった。
ブツブツとセシルの小声が聞こえてくる。
「おかしい……普通、プレゼントとか言ったら宝石や花束じゃないのかしら……これまで私にプレゼントをくれた殿方が間違っていたの……? ダンベルって、完全に筋トレ用じゃない……しかも、ちゃっかし『錬金術』に【付与魔法】まで習得してるって……普通じゃない……」
「セシル?」
「私……ノアからプレゼントがもらえるって心の底から凄く喜んだのに……まさか、ダンベルだなんて……」
凄いショック受けてる……なんかごめん……。
すると、セバスが俺に耳打ちする。
「ノア坊ちゃまノア坊ちゃま……」
「な、何」
「これを使ってください」
そういって、隠すように指輪を渡してくる。
むっちゃ高そう……ダイヤモンドっぽいな、凄いキラキラしてる。
「女性にダンベルはやっぱり失礼です。ここはこの指輪で、機嫌を取らないと……将来、後ろから刺されても文句も言えませんし、一生恨まれるんですよ。女性っていうのはこういう小さいことも覚えてるんです……特に産後のことなんか執拗に……」
え、セバス……やけに具体的なの怖いんだけど。
真剣な眼差しで言っているから、おそらく実体験だ。
将来って……そこまで考えてはいないが、確かに今この場で機嫌を取った方が良さそうだ。後ろから刺されるとかシャレにならない。
「セ、セシル? 実はもう一つ、君に用意したんだけど……」
「……っ! これって……」
「気に入ってくれると嬉しいな」
指輪を受け取ってから、少しの間を置いて俺を見た。
「綺麗ですね……とても。良かったら、ノアが指に嵌めてくれませんか?」
「え、良いけど……」
女性の手を取るのはあまり経験がない。だから細くて柔らかい手に、ドキッとする。
自分から指輪を嵌めるのは、まるで結婚式をしているみたいで緊張するな……。
ごほんっ! と咳払いが響いてセバスが言う。
「そちらの指輪はご当主様がノア坊ちゃまとセシル様のために用意した”婚約指輪”でございます」
「なっ!」
「まぁ!」
おのれセバス!! 俺をハメたな!!
キッと睨むと、セバスは飄々とした態度で言う。
「ノア坊ちゃまがいけないのです。大事な婚約者となぜか距離を取ろうとし、あまり会おうとしない。ええ、ノア坊ちゃまがいけないのです。これほど美しい女性、この王国を探してもいらっしゃいませんよ?」
「それはそうだけど!」
俺にも理由があるの!
こちとら世界の命運と勇者のことどうするか考えてるのに!
別に……セシルが嫌いって訳じゃない。こんな綺麗な子だし、性格も……可愛いと思う。
俺に会いに来てくれたことも嬉しい。
だけど……本編だとセシルは勇者を愛するんだ。俺じゃない。
「ありがとうございます! 私、一生大切にしますね!」
「……っ!」
疑いようのない、心の奥底から出たであろう真っ直ぐな笑顔に、俺は目を見開いた。
「ノア? どうしましたか?」
「い、いや……なんでもないよ。ダ、ダンベルもっと欲しい人いる?」
その言葉に、筋肉ズが手を挙げる。
「ノア坊ちゃま! もっと欲しいな! ランニングで重りに使えそうじゃないか?」
「あぁ、それいいね。重りか……うん、アリだと思う!」
ノアは新しくダンベルを『錬金術』でどんどん量産していく。
その光景を眺めながら、セシルは微笑んだ。
すると、セバスが静かに謝る。
「セシル様、ノア坊ちゃまをお許しください。婚約指輪を渡すのが遅くなったこと、怒られていますでしょう?」
「いいえ、怒ってませんよ。ノアの性格は、少し分かってきたので。噂なんて、アテになりませんね」
「……噂通りの方でしたよ。昔は」
「え?」
セシルが思わず、視線を向けた。
噂通りだった、その言葉に疑問を抱くのは当然のことだった。
セバスは、ノアが作ったダンベルを手に持って愛に満ちた瞳をしていた。
「変わられたのです、ご自分のお力で……。とても立派な方ですよ、ノア坊ちゃまは」
「……そうなんですね。でも、ちょっと変わってますよね」
「ハハハ、それは同意します……」
苦笑いをセバスが浮かべる。
「ノアが凄いのは、私も分かります。だけどそれ以上に、誰かが支えてあげないと怖くて……」
「我々が支えれば良いのです。セシル様」
「ですね。ノアはきっと気付かないのでしょうけど」
ふふっ……と乾いた笑い声を漏らしながらも、その声音にはどこか愛おしさが込められていた。
「ノア坊ちゃま! これ投擲しても良い火力でますぜ!」
「鈍器だね! それアリ! どこまで飛ぶか一緒に競争しない!?」
うおおおおっ! と叫びながら、ダンベルを持って外に出て行く筋肉集団に、セシルは頬を引き攣らせていた。
「……さ、支える側は大変ですね」
「ですな、セシル様……」
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