第16話 被害者

※名称を変更しました。

 めっちゃ重い石のやつ

  魔テリアル→ 超硬化カチカチ魔石


─────────────────



「負荷欲しい!」

「ダンベル欲しい!」

「筋肉欲しい!」


「はぁ……はぁ……し、死ぬ……」


 早朝のランニングに、一人メンバーが加わった。

 彼の名前はアルバス。元【十二の魔法使い】で、『天秤』のスキルを持っている。


 バタンッ……と倒れる。


「どうしたアルバス! 走れ! まだ半周もしていないじゃないか!」

「この筋肉ども、に、人間じゃない……」


 顔が真っ青になっており、死にかけている。

 

 ようやくその日のランニングが終わり、アルバスが何時間も遅れて帰ってくる。


「はぁ……はぁ……もう、やだ……」


 外見は三十代後半見えるが、その実はもう少し若いのだそうだ。

 屋敷に入った時に『鑑定阻害』と出たのは、『阻害』魔道具を持っていたからだそう。丸くて赤い装飾品だった。


 アルバスの装備品はすべて没収した。よって、今のアルバスはそこら辺の人と変わらない。


 魔法使いは道具を奪われると無力だな……。

 

「あ、あのノア……? なんで【十二の魔法使い】が走ってるんですか?」


 またも遊びに来ていたセシルが、頬を引き攣らせながら問いかけてくる。

 俺も正直、痩せ細ったおじさんが今にも死にそうに走っているのはかなり怖い。心配にもなるが、これも彼の為だ。


 あれ、そこじゃないんだけど……って目でセシルに見られてる。


「最初は警察……衛兵に突き出して裁いてもらおうと思ったんだけどね?」

「いや、そこからじゃなくて……襲われたんですか!?」

「まぁうん。で、撃退したんだけどね?」

「あの……さり気なく撃退って……」


 そこへリオン先生がやってくる。

 アルバスを屋敷で飼おうと言ったのは、リオン先生の提案だった。


「アルバスを突き出してしまうと、待っているのは死罪か口封じに殺されるか、です」

「確かに……」


 と、セシルが納得する。

 そうなのだ。彼らには言っちゃ悪いが、ゲームでは【十二の魔法使い】を救うルートは存在しない。

 必ず【十二の魔法使い】は全員死ぬ。かと言って、見殺しにするのも夢見が悪い。


 こうしてフランシス家の屋敷で助けてしまえば、死ぬことは絶対にない。

 

「ならば、ノア様の屋敷で飼うのが一番手っ取り早いかと」

「危なくありませんか?」

「大丈夫です。魔道具はすべて没収しましたし、彼には追跡の魔道具を埋め込んであります。魔法も許可がなければ使えないようにしました。それに……今の状態のアルバスが、この屋敷の誰に勝てるというのですか」

「キアラの傍には常にセバスがいるからね」


 「はぁ……はぁ……し、死ぬ……」と息も絶え絶えに倒れているアルバス。

 セシルは完全にドン引きしていた。


「腐っても【十二の魔法使い】。ノア様のためにも飼うべきだと判断しました」

「か、飼う……」

「衣食住は与えています。ですが、体力不足ですぐにへばってしまって」

「ならってことで、俺が筋肉集団に迎え入れたんだ。鍛えればいいだけだしさ」


 セシルはふと、キアラの言葉を思い出す。


 『本当にお兄様があなたのことを嫌っているなら、ランニングに連れて行っている』


(あぁ……はい。確かに……)

 

 妙に納得してしまう。


 そうして、セシルは一人の人物が目に入る。


「で……あの上機嫌な魔法使いなんですか?」

「ひゃっほー! 私は自由よー! パーリーピーポー! ふぉ~!」

「あぁ……あれは、後輩が来て自分の負担が大きく減ると思って喜んでいるフレイシアですね」

「冷静に分析しないでください……」


 リオン先生は「はぁ……はぁ……」と倒れているアルバスを抱え、フレイシアに近づく。

 やはりリオン先生が近づくと、フレイシア先生は警戒するようで、今度は荒ぶる虎のポーズを取っている。


「何よリオン! もう私は不要でしょ! ふふっ、また楽な仕事に逆戻り~。あっ、ごめんなさい。リオンはまだまだ大忙しなのよね」

「ノア様がもっと火力を上げて欲しいと言っていたじゃありませんか」

「ふふん! でも、もう魔法使いは既にいるじゃない? アルバスって言う」


 喜びが抑えられないようで、表情は満面の笑みになっている。

 おい、喜びのダンスするな。

 

「お、俺……ま、まだ働かせられるの……?」

「はい。ノア様に魔法耐久をつけて頂きたいので、魔法をぶっ放すのに手伝ってもらいます」

「ひぃぃぃっ! カハッ」


 あっ、また気絶した。

 入るのは容易くても抜け出すのが難しい。それがフランシス家だ。


 なんか蜘蛛の巣みたい。


「あ~、今日は何しようかしら。やっぱり暇って最高だわ」

「何言ってるんですか。アルバスは魔力タンクにするので、あなたが魔法をぶっ放すんですよ」

「……へっ?」

「先ほども言いましたが、ノア様には威力不足なんです。ですので、アルバスの魔力を使って極限まで火力を高めてもらおうかと」

「う、嘘でしょリオン……そんな非人道的なことしないわよね……?」

「またポーションバケツが良いんですか?」


 「どっちも非人道的よ~!」と言って、フレイシア先生は連れて行かれる。


「……えぇ」


 セシル、なんかうちの屋敷に来てからドン引きしかしてなくないか?

 こんなの日常だと思うんだけど……セシルは違うのかな。


「時間か……お昼ありがとう。美味しかったよ」

 

 セシルがわざわざ手作りのお弁当を持ってきてくれた。

 それを食べて終えて、俺は席を立つ。


「あの、ノア? 訓練後にお時間はありますか?」

「うん? うーん、あるけど……」

「もう少しノアのお側に居たくて……」


 そうか~……まぁ、せっかくお弁当作って来てもらったしなぁ。

 このままご飯ありがとう、でさようならも失礼か。


「少しやることあるけど、それも一緒で良いなら」

「もちろんです! では、訓練を見学とかしてても?」

「良いよ」

 

 ひたすらノアに魔法を放ち続けるフレイシア。それを生身で受けて防御力を高める訓練を見て、セシルは『私、ヤバい人を好きになっちゃったかも……』と内心思う。


 *


「フレイシア……これが、地獄か」

「先輩って付けなさいよ……敬語も使いなさいって……」

「はい、フレイシア先輩……」


 上下関係がはっきりとし、上の者には逆らっていけないと植え付けられたアルバスは従順になっていた。

 二人とも灰色になり、その場で倒れている。


 そこへリオンがやってくる。


「お疲れ様です、二人とも」

「もう魔法撃てないわよ……リオン」

「ええ、今日はおしまいですよ。いつも頑張っていますね、偉いです」

「あ、あんたの励ましの言葉はなんか怖いのよ……」


 そう言って、リオンが二人の前に座る。


「いつも本当に、ノア様のためにありがとうございます」

「な、何よ改まって……良いのよ、仕事だもん」

「だから、せめてもの労いにと思って、私の方でご褒美を用意しました」


 ご褒美……その甘美な響きに、フレイシアとアルバスは起き上がる。

 食べ物……! 美味しい食べ物……! 甘い物……! と呟いていた。

 

「ご褒美! ご褒美ちょうだいリオン!」

「お、俺にもください……!」

「そんなにもご褒美が欲しかっただなんて! 分かりました、どうぞ!」


 ドカッ……!


「どうぞ、ポーションバケツです」

「…………」

「明日の訓練に響いてはいけませんからね。魔力をしっかりと回復してください」


 あっ、二人とも黙っちゃった……。

 リオン先生、なんか最近厳しさが増してるような……いや、言うのはやめておこう。俺には甘いし! 俺、リオン先生好き!

 

 セバスは厳しいから最近ちょっと嫌。


「リオンの鬼! これのどこがご褒美よ! こんなのただの罰ゲームじゃない!」 

「何を言うんですか。ほら、見てください。アルバスはしっかり飲んでますよ」

「明日の……走りに……響く……死ぬ……飲まないと、死ぬ……」

「これはもう恐怖なのよ! 私にまでこうなれっていうの!?」

「ダメですか?」


 平然とリオン先生が言うと、フレイシア先生は涙目になりながら「チクショー! 前と何も変わってないじゃない!」と言って飲みだす。


「楽しそうだよね、やっぱり」

「ノア……その感覚、私にはちょっと分からないです……」


 うーん、ここの感性は人それぞれか。

 そう言って、俺たちは屋敷に戻る。


「ノア坊ちゃま、準備の方はできております」

 

 よし、セバスに頼んだことはできてるみたいだ。

 不思議そうに、セシルが俺の横に立つ。


「いっぱい鉱石がありますね。なんの鉱石なんですか?」

「これ全部、超硬化カチカチ魔石だよ」

「超硬化カチカチ魔石!? レア鉱石じゃないですか! しかも世界一硬くて重いっていう……!」

「うん、セバスに国中の超硬化カチカチ魔石を買い占めて来てもらったんだ」

「でも、普通の鉱石に見えますね」


 確かに。普通の鉱石にしか見えない。

 分かりやすくするため、俺は鉱石を手に取る。


「これが普通の魔石、こっちが超硬化カチカチ魔石」


 どちらも色は黒だが、僅かに黒光しているのが超硬化カチカチ魔石だ。


「ふんぬっ!」

「ノア!?」


 二つの鉱石をぶつけると、ただの魔石が粉々になる。


「ほら、こっちの傷ついてないのが超硬化カチカチ魔石だよ」

「あ、あの……今素手で魔石壊しませんでしたか……?」


 さて……実践して見せたわけだし。


「やりますか」と言って、俺は腕を捲る。

 これからすることは、かなり異質だ。


「何を作るんですか……?」

「ダンベルだよ。そうだ、セシル。一つプレゼントしてあげるよ!」

「まぁ……! ダンベルが何かは知りませんが、初めてのプレゼントですね! 嬉しいです!」

 

 屈託のない笑みで、セシルは喜ぶ。

 うん! 女性にプレゼントを贈るのは初めてだけど、お昼に食べたお弁当のお礼だ。


 きっと喜んでもらえる!


「スキル『錬金術』」

「「っ!?」」


 俺はスキルを使って、ダンベルを作り始めた。

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