第15話 【天秤の魔法使い】
その日の夜、フランシス家に一人の男が忍び込んだ。
「ふんっ、ぬるい警備だ……入り込むことなど簡単だったな」
フランシス家の屋敷は、警備は強固であるものの、魔法に対する侵入はあまり強くなかった。脳筋ばかりの屋敷に、魔法という言葉はない。
そこを突かれ、さらに隠匿魔法に忍び歩きスキル持ちの【天秤の魔法使い】にとっては、フランシス家はただの屋敷と相違ない。
黒いローブを深くかぶり、屋敷を見渡す。
(……子ども一人殺すのは容易いが、妙な気配を幾つか感じる。ノア・フランシスの下調べはしたが……警戒はしておくか)
子どもとはいえ、十五歳の代では最も強い少年だ。
【天秤の魔法使い】は魔石水晶という魔力を込めると探している人物を見つけられる物を持っていた。
「……フランシス家の悪逆は見過ごせない。死して償うべきだ、それが平等」
人を殺すことに罪悪感などない。
貴族ならば、なおのこと──────【天秤の魔法使い】はとある一室の前で足を止める。
「『キアラの部屋……お兄様は入室禁止!!』……? コイツは確か、ノアの妹……妹か」
僅かに逡巡したのち、口角を歪める。
俺は実に運が良い……!
「念には念だ。ノアの妹を人質に取っておいても損はないな」
【天秤の魔法使い】がドアノブに手を掛けた瞬間──────視界が暗転する。
「へっ?」
パァァァンッ!
油断していた【天秤の魔法使い】が、誰かの拳によって吹き飛ばされる。
い、今……何が起こった? 俺、吹っ飛んだよな……。
そう混乱している中、シィィィッ……と呼吸音が響いた。
*
俺は常時『気配察知』を使いながら『並列思考』で眠っていた。
センサーに引っ掛かったのは、謎の人物が屋敷に侵入した瞬間からだ。
『瞬歩』を使い、忍び足で人物を観察する。どうやら男みたいだ。
服装から魔法使いのオーラが出ていたため、おそらくセシルが言っていた【十二の魔法使い】であることは察せられた。
おかしい……ゲームでノアと知り合うのはまだ先のはず。本編で語られてないだけで、実は襲われたことがあるとか?
人知れず、セバスたちが守ってくれたとかも考えられるけど……。
『鑑定』……『鑑定阻害』で出来ない? そんな表示はこれまでなかったぞ。
ああいや、魔道具やアーティファクトの可能性があるな。ファンタジーの世界だ、そういった道具で相手のスキルを封印する物はある。
何もせずに帰ってくれないかなぁ……荒事は嫌なんだけど。
「念には念だ。ノアの妹を人質に取っておいても損はないな!」
そう男が言い、キアラの部屋に入ろうとした。
咄嗟にキアラの笑顔が頭に浮かび、その刹那、身体が勝手に動いていた。
パァァァンッ!
「シィィィッ……」
常時身体強化による爆発的な速度と腕力。
覇気を極限まで高め、男を殴る。
屋敷の端まで飛んでいき、爆音が響く。間違いなく屋敷の従者は全員起きる音量だ。
ローブから男の素顔が見える。
目元に傷があり、堀の深い三十代の男だ。
「くっ……! 俺を吹き飛ばすとは、何者だ」
「そちらこそ何者ですか。勝手に人の家に上がり込んで……失礼ですよ!」
「その容姿……貴様がノア・フランシスだな! 獲物が自ら顔を出すとは……よほどの阿呆か」
そう笑顔を浮かべるが、ハッと男は気づく。
男とノアまでの距離に、冷や汗を流した。
「なんだ? なぜこんなにも遠くに……子どもの腕力で飛ぶ距離ではないだろう……これは」
男は違和感を覚えながらも、敵を目前にいつまでも呆けている訳にはいかない、と思ったようで立ち上がる。
俺は歩いて近づく。
「我が名はアルバス。【天秤の魔法使い】だ」
「天秤……」
あぁ、思い出してきた。
最初に勇者に挑んだ【十二の魔法使い】は二人居て、猫の魔法使いと天秤の魔法使いだ。どちらも勇者に斬り殺されて、経験値になる序盤のボス敵だ。
俺の思考を遮るように、アルバスは不敵に笑う。
「ノア・フランシス。貴様の命、頂戴する」
そう言って、アルバスは空に手を伸ばす。
「『空間魔法・収納』」
何もない所が歪み、そこから武器が現れる。
「武具、【閻魔剣・天の天秤】」
なるほど、剣と天秤か。
正直、序盤の敵だしあまり効果とか覚えていない。
ゲームでも苦戦した覚えはあまりなかったから、印象は薄い。
ただ……【十二の魔法使い】はかなり厄介な連中だ。
「スキル『天秤』か……」
「よく知っているな! スキルはごく一部の人間しか知らないというのに、凄いじゃないか」
上機嫌にアルバスは笑う。
どこまでも余裕そうに天秤をぶら下げる。
「効果までは知らなさそうだが……いや、知っている人間は皆、死んでいる」
……戦う他ないみたいだ。逃げたらキアラに危険が及ぶ。
運が良い事に狙っているのはキアラではなく、俺だ。
あとでセシルに感謝を言わないと。警戒しろって忠告してくれたお陰だ。
「大人しく帰ってくれれば……それにキアラを狙わなくてもいいでしょ」
「だからなんだ。クソ貴族」
「『空間魔法』」
「なっ!? まさか、その歳で『空間魔法』を取得して──────」
試してみるか。
刀術×空間魔法──────。
「無数斬術」
*
無数の斬撃が、何もない空間から出現する。
それはすべて、アルバスに向けられていた。
(なんだこの攻撃はっ!)
回避は不可能。魔法使いであるアルバスは唯一、身体強化でダメージを軽減させる。
だが、その斬撃は重く、深く身体を蝕む。
「『天秤』!」
天秤の効果は単純。
対象者に対して、代価と釣り合う物を消費し、望む効果を与える。
無数の斬撃が収まると、アルバスを残して土煙が舞う。
アルバスの懐からポロポロと金貨が落ちて、塵となって消えた。
「……あぁ、そういう効果か」
「随分と冷静だな……貴様」
ノアは思う。
(金貨を代償に傷を回復したか。分かりやすく言えば、消えた金貨は『受けた傷を治せる量のポーションを買う値段』ってことだ)
『空間魔法』で刀を取り出し、ノアはため息を漏らす。
(このアルバスって人……意外と厄介かもしれんな)
ノアの眼つきが変わる。
来る──────そうアルバスが思った瞬間には、ノアは視界に映っていなかった。
「フレイシア先生曰く、魔法使いは背後に弱い。実戦では積極的に狙え」
「くっ! 早い……!」
寸でのところで、アルバスは【閻魔剣】で防ぐ。
だが、無理な姿勢になり、大きく隙を見せた。
「リオン先生曰く、剣が弾きあったら、一歩踏み出せ」
ノアが力強く踏み出す。
(取った!)
先生たちの教えを忠実に守り、素直に従って来たノアだからこそ、ここまでの実力を付けることができた。
アルバスが、不気味に笑った。
「【閻魔・灼骨地獄】」
地面から、灼熱が湧き溢れる。
ドロドロと土が溶けるほどの高温、太陽の光とも勘違いするような地獄の炎に、ノアは包まれる。
「……ふふっ、フハハハハハ! 馬鹿な子どもだ! 魔法使いが接近をただ許すと思うか? 貴様のような愚か者を、真の馬鹿というのだ! 背後に魔法を仕込んでおかない筈がないだろう! ハハハ!」
勝利を確信し、高らかに笑うアルバスは……ふとこんな声を聞いた。
「足りない……」
「……ん? 誰だ?」
「火力が、足りない……」
【閻魔・灼骨地獄】から不意に手が伸びる。
「ひゃあああっ!」
アルバスが年相応らしからぬ叫び声をあげた。
その手は、アルバスの襟を掴む。
「殺る気あんの?」
アルバスは全身の毛が逆立つ。
(な、なんだこ奴はぁぁぁっ! 【閻魔・灼骨地獄】はAランク冒険者でも生身で喰らえば焦土と化す代物だぞ!! 化け物か!)
「フレイシア先生の方が、もっと火力あるよ」
「な、舐めるなクソ貴族がぁぁぁっ! 『天秤』!!」
天秤の対象者は、己以外にも選択することができる。
それゆえに、アルバスは対象者を『ノア』と定めた。
ノアの手を振りほどき、懐からいくつかの鉱石を取り出す。
「貴様は世界最高密度の超硬化カチカチ魔石で押し潰される……!」
アルバスの持っている天秤が、大きく傾いた。
すると、ノアの頭上に大きな四角い塊が出現する。
「物を出現させることもできるのか!」
「もう遅い! 押し潰されて死ね!」
落下してくる黒く、重い塊を見ながらノアは頭の中で閃いた。
「ふんぬっ!」
「はっ!?」
ノアは落ちてくる超硬化カチカチ魔石の塊を受け止める。
「な、なぜ受け止められる!? 大人五十人ですら動かすのがやっとの、超硬化カチカチ魔石の塊だぞ!! 負荷で押しつぶされるものだろう!」
「負荷……上下運動……重い物……ダンベル!」
「な、なんなんだお前はぁぁぁっ!」
ノアはまたしても閃く。
「そういえば、ダンベルとかないな! ベンチプレスとか……そっか、異世界だからすっかり忘れていた……! 作らないと、あー『錬金術』だと簡単に作れるかもしれないな」
「何を訳の分からないことを……ふがっ!」
その時、アルバスが吹き飛ぶ。
リオンが膝蹴りをかましていた。
「ノア様! お怪我はありませんか!」
「リオン先生! 大丈夫です!」
目をこすりながら、フレイシアも出てくる。
「むー……何よ、夜中にうるさいわねー。起きちゃったじゃない」
「フレイシアお前! ノア様が危ないというのに、なぜ寝ていた! 先生としての自覚が足りないんじゃないか!?」
「良いじゃない。護衛って言っても貴族の屋敷に泊まれる機会なんて早々ないんだから! ふかふかのベッド最高なのよ!」
あっ……始まった、とノアが思う。
「ノア坊ちゃま」
「セバス、ありがとうね。キアラの事守っててくれて」
「命令は絶対です。もしも屋敷に敵が入ってくれば、真っ先にキアラ様を守る……」
「ありがとう」
他にも、筋肉集団がいつの間にか集まっていた。
よっ、と超硬化カチカチ魔石の塊をノアは普通に置く。
「ば、化け物集団……!」
アルバスは鼻血を押さえながら尻餅をつく。
既に勝負は決している。
出来れば、人殺しは避けたい……。
それよりも、早くダンベルを作ってみたい。
「で、ノア坊ちゃま。コイツが侵入者ですかい?」
料理長のアンバー、屋敷警備隊長のオルガが腕を組んでやってくる。
二人が揃うと壮観だなぁ……筋肉の壁みたい。
「ひ、ひぃぃぃっ! 来るなマッチョ!」
「マッチョとは、失礼な侵入者だな」
「筋肉と呼べ」
違いがよく分からん……。
「セバス、ダンベルっている?」
「ダンベル……? なんでしょうか、それは」
「こう、筋トレに使う器具。負荷が凄くて鍛えたい部分を調整できるんだ」
こう動きを見せると、セバスの目が輝く。
「ぜひ!」
ダンベル、たくさん作らないとな。
アルバスが叫ぶ。
「嫌だ来るな! 筋肉来るなぁぁぁっ!」
あっ、気絶した。
──────────
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