第13話 ランニングの異常性


 その日の早朝、俺はセシル・エドワードを我が屋敷に招いていた。

 

 ゲームシナリオ的にも、彼女と会うのは危ないし、普通は会いたくないと思っている相手に対して、自ら会おうとするなんて常識的じゃない。


 だが、これにはちゃんと理由があるんだ。


 いつも俺は自画自賛はしないが、今日は思った。

 俺天才かも! って。


「ノア様、本日はお招きいただきありが…………とうござい……ます……え?」


 そう、俺は早朝のランニングに合わせてセシルを呼び出していた。

 これはキアラを見ていて思いついた案だった。


 キアラはいつも、俺たちを見ると何故かは知らないがドン引きする。おそらくはお嬢様気質で女の子だから、筋肉と叫ぶ男集団は狂気に満ちているのだろう。


 筋肉集団=女の人は怖がる。キモがられる。


 少し悲しくもなるが、この計算式が俺の頭の中で出来上がっていた。


 つまりだ、セシルを呼び出し、この筋肉集団を見せることで嫌われようということだ。


 これを天才と言わずして何という!


 あれ……でもこれ、ある意味セクハラに入るのかな。いやでも、別にお尻触ったりしてないし、セーフだと思う。


 よし、喰らえ! 俺の上腕二頭筋!


「筋肉!」


 上腕二頭筋を見せつける。

 どうだ! 俺の威嚇! 

 

「ハハハ! ノア坊ちゃま、今日は随分とやる気に溢れているな! よし、俺たちも続くぞ!」


 そう言って男集団がポーズを取る。


「「「筋肉!」」」

 

「……っ!」


 ムキムキマッチョの男集団が上半身裸で、女性に向かってポーズを取る。


 さぁどうだ! セシル! 

 女性にはキモイだろう! 


「……ノア様」


 僅かに俯きながら、セシルが俺の名前を呼ぶ。

 金髪が揺れて、目元を隠していた。


「な、なんでしょうか……セシル様」


 もしかしてビンタされるのかな。

 やり過ぎた……? 謝ったら許してくれるかな……。


「その筋肉、触っても……宜しいでしょうか?」

「なっ──────!!」


 全身に電撃が走る。

 な、何を言っているんだセシルは……俺の筋肉を触りたいだと!?


「え~いいなノア坊ちゃま~!」

「羨ましいですぞ!!」


 あんたら指を咥えてモジモジしながらこっちを見るな! 

 筋肉オカマっぽいんだよ!


「ダメ、でしょうか?」

「だ、ダメではありませんが……」


 「えっなんで?」と聞かずにはいられなかった。

 セシルは少し頬を赤らめて、チラチラと視線を外す。


 か、可愛い……! 外見が無茶苦茶良いから、ゲームで見るより美人なんだよ……。


 ま、待て。騙されんぞ俺は。コイツは俺を将来フるんだ。ビンタもされる。キックもされる。

 

「その……胸板のしっかりしている男性は、す……す……でして……」


 なんと言っているか聴き取れんが、とにかく触りたいらしい。

 どういうことだ……ゲームだとそんなこと書いてなかったぞ。


 フェチ、と言う奴だろうか。まぁ確かに、それだったら有り得るな。わざわざキャラのフェチまで記載しているゲームはないしな。


「ダメ、ですか?」


 セシルは上目遣いで俺に頼み込んで来る。

 ぐぬ……っ! 元々は嫌われようって気持ちで呼び出したのに、そんな純粋な目で見られると罪悪感が芽生える……!


 クソぅ……やるじゃないか、セシル・エドワード。俺の負けだ。


「で、では、どうぞ……」


 俺は胸板を曝け出す。セシルはゆっくりと近寄って、眺めるように見たのち……手を伸ばしてきた。

 あっ、なんだろう。凄い罰ゲームしてる気分になってきた……人から嫌われようって酷いこと考えた罰か。

 

 セシルの冷たい指先が俺の胸板に当たる。

 や、柔らかい……!


「わぁ……凄く……堅い……立派ですね」


 触られて胸板が驚く。


「わっ! ピクピク動かせるんですね……!」

「あの、ちょっと? もう少し言葉を選んでくれませんか……?」

 

 ヤバい、羞恥心で泣きそう。


「ふーっ」

 

 思わず身体が跳ねる。

 こ、コイツ……! わざと息を吹きかけてきやがった!


 俺が羞恥心に耐え、顔を真っ赤にしているのが面白いようで、セシルが微笑む。

 そうして耳元で囁いた。


「ふふっ、やっぱり面白い人」

 

 計算高く、それでいて聡明なセシルの設定を俺は完全に忘れていた。

 手玉に取るつもりが、いつの間にか手玉に取られていた。


 メキメキ……と木が砕けるような音が聞こえる。

 そちらへ振り向くと、キアラが睨んだ形相で隠れていた。


「おんどらぁ……あの女……! お兄様に色目使いやがって……!」

「キ、キアラ……?」

「っ!! はい! お兄様?」


 あれ、いつものキアラだ……。

 さっきのは幻覚か。いやいや、絶対幻覚じゃない。


 お、女ってこえぇ……。


「お、俺たちはもう一周するから……」

「あっ! ノア様もう行かれるのですか?」

「はい。すぐに戻りますよ、今日は短めに済ませるので」

「じゃあ私も……」


 そう言って、セシルが長い金髪を一つにまとめて、ポニーテールを作ろうとする。

 うん? ついて来るつもりかな。


「いえいえ! セシル様はやめといた方が良いかと」

「何を仰いますか! これでも王都でエドワード流一級剣術を取得してるんですよ! 身体はかなり丈夫です!」

「いえ……そういう話じゃなくて……」

 

 セシルが強いのは知っているが、これは初めての人にはお勧めしない。

 

「ノア坊ちゃま~! 遅れてますぞ~!」


 既に筋肉集団は進んでしまっているようで、遠くから声を掛けられた。


「あ、じゃあ行ってきます。すぐ戻るので」

「あっ、ちょっと!」


 ノアはそのまま走って行ってしまう。

 それに不満を抱いたのか、セシルは頬を膨らませていた。


「もう! お手紙でも私の誘いを断りますし、せっかく会えたと思っても妹さんがいらっしゃって……全然ノア様のことを知れませんね。もしかして……嫌われているのかしら……」


 セシルの横へ、キアラがやってくる。


「……本当にお兄様があなたのことを嫌いでしたら、ランニングへ連れて行ってます」

「え……? ランニングくらい、そんな」

「今日は一周五十キロの高速ランニングですよ?」

「……は?」


 信じられない、と言った様子でセシルは驚愕する。

 

(な、何言ってるの……? 五十キロなんて、数時間で走り切れるものなの……?)


「う、嘘でしょう……?」

「いつもは百キロです」

「はぁ!?」


 セシルは口調にそぐわない驚き方をする。


「本当です。だから私はキモいと思っているのに……お兄様は、一体なにを勘違いしているのやら……」


 自分たちが人間の範疇を超えていることに、筋肉集団は気づいていない。

 それが異常であると気づいているのは、屋敷の女性陣とキアラだけであった。


「ダ、ダンスの時に一瞬だけ消えたから、強いお方だとは思っていたけど……」


 もしかして、とセシルは思い始める。


「ノア様は私が思っている以上に……とんでもない方なのかしら」

 

 その日も訓練を終えたノアは、あることに気づく。


※ステータスの魔力が上昇しました。

 『空間魔法』が使用可能になりました。


 *


 とある王都の地下室。

 そこでは数人の魔法使いが集まっていた。


 水晶に向かって魔力を込める。


「鏡よ鏡。十五歳で最も強い者を映しておくれ」


 そう言うと、一人の少年が写り込んだ。


「ほぉ……コイツが勇者か」

「あんた馬鹿ニャンじゃないのぉ? どう考えても絵と違うニャ」

「じゃあ誰だというのだ、コイツは……場所はフランシス領土?」


 はぁ……と猫声の女が言う。


「十五歳で一番強い奴が勇者、って言い出したのはお前ニャ。【天秤の魔法使い】」

「違うと言うのはお前だろう」

「もういいニャ。あたしは自分で勇者を探す」


 声が一つ消える。


「チッ……クソ猫め。どうする、依頼者よ」

「……若き強い者は殺せ。それが依頼だ、【十二の魔法使いウィザード】」

 

 依頼主が魔族であろうとも、【十二の魔法使い】は金で動く。

 



──────────


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