第14話 訓練後


 午前の訓練から戻り、セシルが屋敷にいることに驚いた。

 俺が招待したのだから、待たせる方が失礼なのは分かってるけど……帰らずに待っていてくれたのか。


 少し申し訳ないな。


「セシル様、すみません……俺から招待したのに」

「構いませんよ、ノア様の姿を見られただけでも十分です。あと、敬語はやめてください」

「そうですか……? わ、分かったけど」


 実際、俺も敬語はあまり得意じゃない。

 貴族っぽい口調を意識しようとしたらセバスに『なんかダサくなりましたね』って言われたし。セバス、距離が近くなったせいか、最近言う事が直球なんだよな。


 ……でも、仲良くなれたのは嬉しい。

 

「ふふ、素直でよろしい。ノア、ちゃんと汗は取らないとダメです。風邪引いちゃいますよ」


 そう言って、セシルは俺の汗をタオルで拭う。

 どこか楽しそうにしながら、急に真剣な面持ちで言う。


「ノアは、【十二の魔法使いウィザード】を知ってますか?」

「【十二の魔法使いウィザード】……?」

「ええ」


 ふむ……【十二の魔法使い】か。ゲームで見たことがある。

 確か、王国の裏側、魔法使いの殺し屋集団だ。十二人からなる至高の魔法使いと言って、学園で何度も勇者を殺そうとする。


 入学前にも接敵したことがあって、そこからはっきりと敵として扱われるようになった。


「奴らは間違いなく、トップクラスの魔法使いの殺し屋集団……衛兵じゃ太刀打ちもできません」

「なぜ急にそんな話を?」

 

 と聞くと、セシルは俺の頬をムニュッと両手で包んだ。


「ふんごっ!」

「ノアが狙われているかもしれないからです」

「ほ、おれが?」


 ど、どうしてそんなヤバい連中に俺が狙われてるんだ。

 悪い事した……過去しかないな。ノアだもん。

 

「奴らは金で動く……最近も官僚が【十二の魔法使い】に一人殺されました」

「物騒だね」

「フランシス家は国の貿易を一手に担っている貴族、ノアたちが居なくなれば後釜の権力を欲する人はたくさん居ます」


 なるほど……甘い蜜を吸うためには、俺たちが邪魔と。

 ちょっとしたお金で俺たちが死ねば、もっと莫大な富を得ることができる。


 それを考えたら、手を出してもおかしくはない。


「でも、大丈夫。私が守りますから」

「へっ……?」

「そのために呼んだのでしょう? エドワード流剣術使いの私を」

「いや別に……」


 セシルは下唇を噛んで、僅かに半泣きになる。

 すぐに俺は取り繕った。


「あぁいや! そうなんだ! 実はセシルに守ってもらおうと思ってさ!」


 はっ……! ここで追い返してしまえば、俺は嫌われたのではないだろうか!

 素の性格がでちまった……クソぅ……。


「でも、セシルが心配するほどの事はないと思うよ」

「そう……ですか?」

「うん。ほら、あそこに俺の先生たちもいるし。心配なら泊って行ってもらうよ」


 視線の先には今日もスッカラカンになるまで魔法を撃ち続け、真っ白になったフレイシア先生が居た。


「あの魔法使いの方……ずっとネガティブですよね」

「でも、リオン先生が来ると元気になるよ。あっ来た」


 リオン先生が半眼のままバケツを持って、フレイシア先生の前に立つ。

 咄嗟にフレイシアが立ち上がり、荒ぶる鷹のポーズを取る。


「なんですかそのポーズは……」

「け、警戒してるのよ……! リオンは私が少しでもサボるとすぐにでも『働けこのウジ虫魔法使い』って言うじゃない! あれちょっと傷つくのよ!」

「今は休憩中、そんなこと言いませんよ」


 ホッとフレイシアが胸をなでおろす。

 いつもリオン先生に何言われてんだあの人……。


 俺の前だと普通に見えるんだけどな。


「今日も魔力を空っぽになるまでお疲れ様です」

「あら、珍しいわね。私を労ってくれるなんて、結婚してくれるの?」

「な訳ないでしょう……魔力回復ポーションを持ってきたんです。魔力が空っぽだと、倦怠感があるでしょ」

 

 フレイシア先生、頬を赤らめるな。

 ちょっと優しくされただけで惚れる中学生男子か。うっ、嫌な思い出を自分で蘇らせてしまった……。


「リオンあなた……」


 リオン先生の優しさに心に染みているようで、目つきが優しくなっていた。


「ほら、どうぞ」


 ドガッ。


「ほえ?」


 フレイシアの間抜けな声が漏れた。

 バケツ一杯の魔力回復ポーションに、フレイシアが目を丸くする。


「生徒がまだまだ元気なのに、先に倒れる先生が居ては困るんです。午後の訓練に備えて、飲んでください」

「…………サイズ間違ってない?」

「間違ってない、飲め」

  

「…………ひぐっ」


 目尻に涙を貯めながら、バケツに口を付ける。


「こんな仕事やめてやるぅぅぅっ!」

「おやフレイシア先生、本当にこの仕事をやめて良いんですか? 最近あなたが買った超高級魔法杖の返済、終わってないでしょう?」

「リオンが『これ買ったら、男性からモテて結婚できるかもしれませんね』とか言ったからでしょ!? うわぁぁぁん! もう飲みたくないこれぇぇぇっ!」


 泣きながらポーション飲んでる人なんて珍しいな。

 魔力回復ポーションか……飲んだことはないけど、美味しいのかな。


「な、なんか変な関係なんですね……」

「俺もとても仲良しだと思う」

「仲良しとは言ってないんですけど……」


 あれ、何か違っただろうか。

 

「屋敷にはセバス達もいる。この屋敷に入って来て俺たちを殺そうとする馬鹿なんて、いないと思うよ」

「ノア様は強いと思いますが……相手は【十二の魔法使い】。最強とも名高いんです」

「ありがとう、セシル。気を付けるよ」

 

 うーん、まぁ確かに警戒はしておくべきか。

 キアラに危険が及んだら嫌だし。


 『気配察知』は『並列思考』を使いながらなら……寝てても問題があれば気付く。


「午後の訓練、始めますよ。フレイシア」

「ひゃい……」


 首根っこを掴まれ、フレイシアが連れて行かれる。


「ごめんセシル……もう訓練の時間だ」

「大丈夫ですよ。夫の努力を応援するのも、妻の役目ですから」


 おぉ……おぉ! なんかすげえ嬉しいけど、シナリオ的に超危ない感じの台詞だ!

 てか、セシルって俺のことを案外嫌ってないな。


 今朝の胸板触られた事件から、俺は察し始めていた。自分から嫌われに行こうとすると、俺が恥をかく。


 チャンスはジッと待つ……嫌われるシナリオは必ず来るはずだ。


 それまではこのちょっと嬉しい気持ちを大切にしよう。


 あぁ……未来のことを考えると胃が痛くなる。

 今は考えないでおこう……。

 

 でも、来るのかなぁ……暗殺者。

 だってゲームだと学園までノアに接触したことはないはずだ。


 だから俺はそこまで心配してない。警戒はするけどね。


 それに筋肉集団しかいないフランシス家の屋敷に入り込んでくる馬鹿は、流石にいないだろ。



 その日の夜……黒いローブを羽織った謎の男、【天秤の魔法使い】がフランシス家の屋敷へ侵入した。


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