第11話 ヒロイン攻略
あれから長い話も終わり、俺たちは次のレッスンへと移動していた。
貴族教育養成所の大広間で、老紳士の外見をした先生がパンッと手を叩く。
装飾品すげー、と眺めていたら耳を疑う言葉が流れ込んだ。
「それでは、男女二人組を作ってください」
男女二人組……だと!? ぼっち確定じゃないか!
一瞬、嫌な思い出が脳裏を過ったが振り払う。
だ、誰か俺と組んでくれる人……!
俺はキョロキョロと視線を動かすも、見知った顔は誰もいない。それどころか視線を逸らされる始末だ。
「私と組みましょ、ダーリン」
「ふふっ、可愛い奴め」
続々と周囲のパートナーが決まっていく中、焦りが積もる。
あっ、ぼっちの人いるじゃん!
ウキウキで近寄るも、目前でパートナーが決まる。
ぐぬぬっ……! 恨むぞ、貴様ぁっ!
貴族の中には従者をパートナーにする人もいて、その手があったか!と驚いた。
気が付けば、俺以外の貴族はパートナーが決まっていた。
「……お相手がいらっしゃらないのでしょう? ノア様」
「えっ! もしかして俺と組んでくれ……」
声へ振り返ると、そこには金髪美少女が居た。
優雅に笑みを浮かべ、俺に手を伸ばしている。
セシル・エドワード……か。
空気が静かになる。
先ほどまで浮かれていた貴族たちは、ノアとセシルに注目していた。
「……仕方ないか。お相手願います、セシル様」
「こちらこそ、ノア様」
ぼっちになるよりはマシだ。
お互いの手を取り、パートナーが決まった。
それと同時に、ダンスのレッスンが開始される。
比較的和気藹々とした雰囲気で、指導をされながら踊る。中には恋に落ちた男女もいるようで、かなり和む場なのだが……おそらく、この会場でむちゃくちゃ焦っていたのは俺ただ一人だろう。
(だ……ダンスの踊り方とか知らねーっ!)
貴族は生まれた頃から社交界でのマナーを教えられ、最低限の知識は持っているはずだ。
だが、ゲームのノアではなく日本人の俺だったノアでは、持っている知識はもちろん違う。
セシルは俺の顔を覗き込み、柔らかい口調で問いかけてきた。
「……ノア様? ダンスはあまり得意ではないのですか?」
「えぇまぁ……っあぶね」
危うくセシルの足を踏みそうになってしまった。
き、気を付けろ……踏んだらセシルに嫌われる。そしたら俺は勇者の敵になって、破滅ルートまっしぐらだ……。
ゲームの世界的にはそれが正しいのだろうが、俺にとったら堪ったもんじゃない。
「ノア様。先ほど、私の名前を聞いてから態度が一変しましたよね? 私、何かしましたでしょうか?」
「うっ」
足を踏み外しかける。
やめろぉ! 俺は必死に集中してダンスしてるんだよ!
もう……『並列思考』発動。
集中力が安定する。
「いえ、セシル様は何もしていらっしゃいませんよ。気のせいかと」
「あら、あらあら。そうなんですの?」
「えぇ、だから今はダンスに集中を」
正直、セシルとは関わりたくない。
こうして会って、話している時点でゲームシナリオ的に非常に不味いんだ。
いっそ、この場で嫌われるか……?
そう思い、ゲームのノアを想像する。
アイツならきっと……セシルのケツを触るな。うん、間違いなく。作中でもそれでビンタされてたし。
まぁ無理なので却下。俺、変態じゃないし。
「あの、セシル様は、この婚約に賛成なのですか?」
「え……?」
「親に決められた相手なんて嫌でしょ? セシル様にだって、好きな人はいるはずだ」
「……っ!」
常識的なことを言うと、セシルは目を見開いた。
僅かにダンスの足が止まる。
「……ノア様は本気で、仰られているのですか?」
「え、えぇまぁ……」
セシルがやけに真剣な面持ちになる。
変なこと言ったか?
「変わったことを仰いますね……ノア様は。私たち子どもに、相手を選ぶ権利なんてありませんのに」
酷く悲しそうな顔で、セシルは微笑んだ。
……そういえば、セシルは辛い家庭環境だったな。
セシル・エドワードは幼少期から冷たく育てられた。
エドワード家は子どもに恵まれず、正妻との間に子どもができなかった。結果、当主の愛人から生まれた子を、正妻の子として受け入れた。
それがセシル・エドワードだ。
父親はセシルに興味がなく、正妻も自分の子ではないと突き放していた。母親は大金を貰ってどこかへ消えてしまった。
愛された子であれば、クズ貴族と有名なフランシス家と婚約するはずがない。
貴族としての義務を全うする。ただそれだけのこと。
俺は目の前にいるこの少女が、生きるのが辛そうに見えた。
設定でこそ才色兼備、容姿端麗となっているが、その実は心に傷を抱えた少女だ。
だから、ふと言葉が漏れた。
「いや、そんなことはない。だって君は学園で勇者を──────」
そこで、叫び声が響いた。
「きゃっ!」
肩越しに振り返る。
少々容姿の悪い女の子が転んでいた。
「この! また僕の足を踏みやがって!」
「ご、ごめんなさい! ダンスは慣れてなくて……」
「だから僕はお前みたいな奴と婚約したくなかったんだ!」
何事だ?
子ども同士の喧嘩にしては、ちょっと太った男の子が強気すぎるな。
「坊ちゃま、抑えてくださいませ。人目がございます」
「うるさい! この僕に指図するな!」
従者の制止を振り払い、転んでいる女の子を指さす。
「どうせ、コイツは僕に逆らえないんだ」
その言葉に、少女が顔を暗くする。反論ができない様子で、擦りむいた膝を隠す。
よく見ると、頬にいくつか殴られた跡がある。
この太っちょは女の子を殴ったのか……。
「僕との婚約がなければ、下位貴族の君の家は没落していた癖に……! 僕の邪魔ばかりしやがって!」
拳を振り上げ、少女を殴ろうとする。
俺は咄嗟に『瞬歩』で動き、その手首を掴んだ。
「何してるの? 君」
「なっ! 誰だよ、僕の邪魔を──────ノア・フランシス!?」
俺のことを知っているようで、振り向いた瞬間に口を開いていた。
徐々に力を加えて行く。
「いだっ! いだだだっ! な、なんだこの馬鹿力……! お、折れる……!」
「もう一度、俺は問うよ。君、何をしようとしたの?」
「な、何も……! 何もしようとしてません!」
パッと手を離す。
俺は女に手を挙げる男が、この世で最も嫌いだ。
転んでいる少女に手を伸ばす。
「大丈夫?」
「は、はい……ありがとうございます」
俺は懐からフランシス家の紋章が入ったハンカチを渡す。
「嫌なことがあったら、ちゃんと嫌と言うべきだよ。黙ってたら、やられっぱなしだ」
「……! はい!」
少女は何かに気付いたようで、表情を明るくした。
「あと、次もしも殴られたらノア・フランシスに言うといい。次は折るから」
「ひっ──────!」
太っちょの少年は、尻餅をついたまま固まる。
「……言わせて頂きます」
少女はハンカチを力強く持って、口にする。
「あなたとの婚約を解消させてください!」
「へっ?」
あ……マジか。周囲が一気に凍りつく。
太っちょ少年はまさか自分がフラれるとは思ってもいなかったようで、泣きそうになってしまう。
そこで俺は気づいてしまう。
これ、将来の俺の姿だ……セシルにフラれて、俺こうなるんだ……。
自分の姿と重ねてしまい、太っちょ少年に申し訳なくなる。
ごめん、と心の中で謝る。
少々やり過ぎた気もするが……上位貴族であるフランシス家に手を出そうと考える人物は少ない。
それこそ、相手が同等か王族でなければ……とセシルを見る。
セシルは呆然とした様子で立ち竦んでいた。
「あっ……すみません」
俺はそう言って、そそくさとセシルの元へ戻る。そのまま手を取って、一緒に踊る練習を始めた。
こ、こうかな……と頑張って振り付けを加えるも上手くできない。
ぐぬぬっ……ノアめ、ダンスの才能もないのか。
俺の不器用なダンスが可笑しかったのか、セシルが軽く笑った。
「ふふっ……変な人」
「え? なんて?」
セシルが俺の手を強く握る。
堅さが少し抜けたようで、セシルは優しく微笑みながら言う。
「ダンスがお下手だと言ったんです。だから次も、私が相手して差し上げます」
「えっ、それはちょっと……」
「あら、嫌なのですか?」
だって、俺のことフるじゃん。
傷つきたくないよ、俺。
「嫌っていうか……」
「なら、良いじゃありませんか。ノア様」
とても、とても楽しそうにセシルは笑っていた。
ノア・フランシスは気づいていなかった。
『瞬歩』を使った高速移動。それを目撃した人物は、セシルだけではない。
護衛を担当していた従者、雇われた手練れの冒険者たちが口を揃えて言う。
「お、おい……さっきの子ども。動き見えたか?」
「いや、まったく……瞬間移動してるように見えた……ちょっと速すぎるな」
「何者だ?」
見れば分かる人には分かってしまう──────。
既に、ノア・フランシスの噂は広まりつつあった。
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