第9話 【フレイシア】side


「もうこんな仕事は嫌!!」


 フランシス領土にある街並みの酒場で、一人の魔法使いが酒を飲み干した。


「どうしたんだよ……フレイシア。あんなに『楽な仕事で最高!』って喜んでただろう?」


 酒場のマスターは、機嫌の悪いフレイシアに言葉を選びながら話す。

 他の喧騒に負けないくらいの声で、フレイシアは言う。


「最初は楽だったわよ? だって、馬鹿な貴族の子どもに魔法を教えるだけで良いんだもの!」


 フレイシアはノアの魔法講師を務めていた。

 フランシス領土で一番優秀な魔法使いといえば、【火炎のフレイシア】のみであった。


 炎系が得意で、水系が苦手な魔法使い。


「領主の息子の……ノアだっけか。魔法の才能がないから、気絶ばっかりして楽で良いんじゃないのか?」

「ええ、そうよ。”最初”はそうだったわ」


 フレイシアは酒を飲みながら、これまでの出来事を話し出す。


「普通、魔力切れまで魔法を使う初心者なんていないわよ。だから、ぶっ倒れるまで魔法使って、また起きてぶっ倒れてって……うわっ何コイツ……って思ったわよ?」


 徐々に最初の頃を思い出していく。


 ……

 …


 正直ノアがどういう評判でどういう奴でも、私はどうでも良かった。お金さえもらえればいいんだ。


 貴族は金よ金。羽振りが良いから喜んで受けたわ。

 

 最初に魔法の使い方を教えた。魔力の循環を教えた。


 そしたら喜んで魔法を使い始めた。


 普通、初心者ってのは一つの魔法を極めて行くものなのに、ノアはすべての魔法を使い出した。


 しかも必ず気絶する。


「ファイア!」


 ボッ


「ファイア!!」


 ボボッ


「ファイアアアッ!!」


 バタン。


 この繰り返しだ。


 正直怖かった。だって、気絶すると分かってるのに魔法を撃ち続ける人がどこにいる!?

 

 誰の目から見ても、ノアに魔法の才能が無いことはハッキリしていた。普通はそこで諦めるものでしょ!?


「フレイシア先生、どうすれば魔法の威力を上げられますかね?」

「えっ? そ、そうねぇ……正直、使い続けるしかないのだけど、魔力の元が少ないと威力が上がらないのよね」


 遠回しに才能がないから辞めた方が良い。身体に悪影響だよ、と伝えていた。

 だけど、その結果あのノアはなんて言ったと思う?


「なるほど! もっと多く気絶すれば良いんですね!」

「あぁうん……それで良いんじゃないかしら」


 私は唖然とした。

 こんな溌剌とした表情で何を言っているのかしらこの子どもは。

 

 魔法は生まれた時の才能によって左右されるもの。生まれた時から魔力が多くある子が魔法使いを目指すものだ。


 ただ、私のドン引きとは違って、確かに彼は徐々に魔法を使えるようになっていた。

 気絶する回数も減って行って、威力も確かに少しだけど上がっている。


 ちょっとは才能あるかもって私も思ったけど、その後の発言でまたドン引きした。


「ケツの穴をキッて閉めると威力が上がるんですよ!」

 

 言葉が出なかった。

 なにそれぇ……としか言いようがない。先生も試してみませんか? と笑顔で言われたがお断りした。


 女性に! ケツ穴とか言うな! と指導してやりたくなったが……あくまで魔法の先生と割り切って黙った。


 ある朝、少し早めに屋敷へ向かうと上半身が裸の男集団が居た。

 本当に怖かった。

 

 どうやら、彼らは毎朝ランニングをしているらしい。その後の日課で筋肉を確かめているのだとか。本当に貴族のやること……?と疑問を抱いたが、「先生も一緒にやりませんか!? 筋肉!」と言われたので丁重にお断りした。


 あの子……どこ目指してるの……?


 あまりにも方向性が見えなくて、指導に迷っていると……今いる酒場で剣術の指南をしているリオンと遭遇した。

 彼もノアの指導で悩んでいるらしく、どうすれば良いのだろうと言っていた。


 私はつい嬉しくなってしまった。


 やったわ……! 同じ悩みを持つ同志がここにもいた! やはりあの子は異常なのよ! この悩みは私だけではないはずよ!


「私は、自分が不甲斐ないのです。あなたも分かるのではありませんか? フレイシア」

「ええ、分かるわリオン。私も悩んでいるもの。ノアって変な子よね!?」

「はい? ノア様は完璧なお方ですよ? 弛まぬ努力と美しき心……あぁ、私は彼の行く末を見届けたい……」

「へっ?」

「ノア様の努力は素晴らしい……!」


 努力、と言われて私はノアが毎回気絶することを思い浮かべる。

 あれは努力とは言えない……気が狂った人の行動だ……。


 リオンは仲間だと思ったが、違った。狂った側の人種だ。


 あの屋敷の住民も大概おかしいし、あぁダメだ。ノアを筆頭にした狂った集団の屋敷にしか見えなくなってきた。


 筋肉、筋肉と言って毎日鍛えてるのもほんっと頭おかしい。


 ……

 …


「それが、辞めたいと思った理由かい? フレイシア」

「いいえ……昨日の出来事のせいよ」


 酒場のマスターが、追加の酒を渡してくる。

 話をつまみに、フレイシアは酒を飲む。


「魔法使い同士の戦いを体験したいって言うから、模擬戦をしたのよ。そしたらあの子……あの子……!」


 マスターが息を飲む。

 半泣きになりながら、フレイシアが叫ぶ。


「もっと痛みを感じたいから強い魔法を使ってとか言い出したのよ! その方が成長が早くなるからって!」


 そのままフレイシアが突っ伏した。


「もう嫌! 貴族に向かって魔法を放つだけでも怖いのに、もっと痛くしろって異常よ! 人道的にどうなのよ! しかも全然効いてなかったし! 私もうお嫁にいけないんだ~!」


 酔ってるのか、思考回路が少しグチャグチャなフレイシアにマスターが困る。

 

「お、お嫁に行けないかどうかは別の話じゃ……」

「ええそうよ。三十路一歩手前で男性経験のない私なんかじゃ、そりゃあ誰も貰ってくれないでしょうね!」


 やれやれ、と言った様子でマスターが溜め息を漏らす。

 

「あっ、居た」


 すると、入口から聞き覚えのある声がした。


「フレイシアさん、ノア様の訓練をすっぽかしてなんでここにいるんですか?」

「ギャッ! リオン!?」

「ノア様が困っておられましたよ。ほら、訓練の時間です」

「嫌よ~! また魔力空っぽになるまでノアの相手するんでしょ! 私は嫌~!」


 鋭い目つきでリオンがフレイシアを睨んだ。


「ノア様の礎になるんですよ、何が不快なんですか。素晴らしいことです。やるかやらないか、どっちですか?」

「ひゃ、ひゃい……やります……」

 

 涙目になりながら、フレイシアが引きずられていく。


「それに仕事なんですから、しっかりしてくださいね。まったく……」

 

 フレイシアはマスターに向かって精一杯助けを求めるが、静かに目を逸らされた。



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