第8話 筋肉パワー!
俺がノアになってから約一年が過ぎた。
「筋肉パワー! やい、やい、やーい!!」
俺たちはあれから、ランニングの距離を増やすことにした。それに伴って走る速度も変わる。
これまでは街までは行かなかったのだが、自然と距離を増やしたらそこまで行くことになった。
街でどう噂されるのだろうか……それでなくとも、キアラからは『筋肉バカって言われて私は恥ずかしいんです!』と言われているんだ。
だが、走った分だけ筋肉が喜んでいる。
背に腹は代えられない。許せ、キアラ。
リオン先生はあれから、訓練中は毎回機嫌が良かった。なにやら街で良い事があったらしい。
ただ魔物を討伐して帰ってきただけなのだけど……あ、村の人たちからは感謝された。ほとんど放置されてて、危なかったみたい。
新しいスキルも欲しいし、ステータスを上げるためにもやることは多い。
*
フランシス領土の街並みを突っ切る筋肉集団に、ドン引きした男が居た。
「えっ、さっきの『筋肉パワー!』とか叫んでた奴の指導してんの……?」
リオンが呼んだ人物は、王国騎士団長のカインという人物だった。
カインは一人で他国の王国騎士一個中隊に匹敵する。本物の実力者のカインは、わざわざ友の呼びかけに応じてやってきていたのだ。
「素晴らしいと思わないか?」
「えぇ……? 俺と肩を並べたお前はどこ行ったんだよ……」
「私は変わってないぞ。カイン、それでどうすればさらにノア様は良くなると思う?」
カインはノアと直接会っても良いのだが、あくまで今回は私事としてやってきていた。それにノアの師匠はリオンだ、と思って会うことは避けていた。
だからこうして、朝のランニングを見て身体つきと人物を確認する。
「……刀、だっけか。アイツの使う得物は」
「そうだ。私たちの師と同じ」
カインは腕を組んで、悩む素振りを見せる。
しばらくすると、口を開いた。
「俺と手合わせをした方が早いが……アイツの師匠はお前(リオン)だ。それに俺には勇者がいる。下手に指導すると嫉妬されそうだしなぁ……」
カインにとって、リオンがどうしてそこまでノアに執着するのか分からなかった。
(まぁ……何か理由があるんだろうけどよ)
「もう一周するんだっけか?」
「あぁそうだ。ノア様は毎朝五十キロから百キロに距離を伸ばして二周される」
「アハハハ……ほんと冗談みてえな数字……」
本当だ、とリオンから睨まれる。
はいはい……と言って、カインは少し待った。
そうして、二週目のノアたちがやってきた。
「……っ!!」
すれすれ違いざまに、カインは強烈な殺気を放つ。
(俺ならここで斬り込んで、ノアとかいう奴の頸を……)
「ッ!?」
(なんだ……!? 今確実に入ると思ったのに、躱されると思った……? それに、俺の頸が飛ぶ幻覚まで……)
カインは侮っていた。
ノア本人だけに意識を向けてしまい、一緒に走っている他のメンツを忘れていた。
リオンの問いかけに、カインは意識が戻る。
「どうだ、カイン」
カインは冷や汗をかきながら、首を横に振る。
「……分からん」
「どうした? カインが分からないなんて珍しいな」
後部を掻いて、カインはため息を漏らす。
朝の寒さで息が白い。
「はぁ……お前、化け物育ててるんじゃないだろうな……」
「何を言っているんだ……?」
「悪いがパス。師匠に相談した方が良いかもな」
「ちょっ、おい! カイン!」
カインは足早に帰る。
(若い奴の中だったら勇者が一番つええと思ってたのに……もっとつええのいるじゃねえかよ……周りも化け物だらけの、本物の化け物集団が……)
それから、ノアは一度足を止めて後ろを振り返る。
「なんだったんだ……? さっきの。いきなり殺気を飛ばしてきて、失礼な人だな」
「ノア坊ちゃま? 如何なさいましたか?」
「ああいや、さっきの人が気になっちゃって」
「ご安心を。ノア坊ちゃまを傷つける方がいらしたら、我々が首を刎ねますので!」
ノアが苦笑いを浮かべる。
「筋肉殺人集団って言われたくないからやめてね……」
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